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【プロレス小説】『その男、藤原につき』⑥

 1983年9月18日。
 "会社"全体にいやな空気が漂う中でも巡業は続いていた。この日は、関東西部…小田原での試合だ。関東近郊の試合は、道場に集合して"会社"のバスで会場に向かう。
 会場に到着すると、控室のドアに「今日のカード」が張り出されていた。自分の名前を探す。

『第5試合 星野・藤原VSローンホーク・寺西』

 対戦カードは、サカグチさんとタカハシによって決められていた。ホシノさんはレスラーとしては小柄だが、向こうっ気が強いケンカ屋だ。その昔、まだ反日感情が残るアメリカ各地を渡り歩いて来ただけあり、肚も座っている。ホシノさんとのタッグで組まれたローンホーク戦は、つまりそういうことなのだ。

この試合で"やれ"…

 所々に水溜りがある原っぱにリングが組み立てられ、どこからか虫の鳴き声が聞こえていた。
 小田原の試合会場は、屋外の特設リングだった。特設リングで行われる地方巡業の、まるで年に一度のお祭りのような雰囲気は決して嫌いではなかった。客入り前のリングで練習を始める。秋が近付き夕暮れの風は、少し涼しくなっていた。陽が沈み、リングがライトに照らされる。

カーン…カーン…カーン!

 18時30分。一番太鼓かのようにゴングが鳴らされ、第一試合で対戦する若手の二人が客席の中を走ってリングに向かう。初めて見る本物のプロレスラーに目を輝かせる少年、あるいは力道山時代からプロレスを見てきたであろう老人が品定めするかのように二人を見ていた。お祭りの始まりだ。

 期待と興奮の高まりを感じながら、本来は会社の会議室である控室でパイプ椅子に腰掛けじっと目を閉じていた。ローンホークの実力はすでに見切っている。何の恐怖も緊張感もなかった。ローンホークのパートナーであるテラニシさんもすでに何かを感じ取っているはずだ。もし観客に見せられないような試合になった場合、テラニシさんが終わらせるだろう。

「フジワラさん…出番です」

 ヤマザキが呼びに来た。第4試合が終わったようだ。

「おう…」

 羽織っていたジャージを脱いで通路に向かう。ホシノさんが待っていた。気合が入りすでに臨戦態勢だ。やはりタカハシから何か聞いているのだろう。通路のドアが開く。ライトに照らされたリングに向かう。ローンホークとテラニシさんが待ち受けるリングに上がった。

「フジワラ~!」

 TVの影響は絶大だった、会場で名前を呼ぶ声が聞こえたのは初めてと言ってよかった。リング中央で4人が向かい合う。タカハシが意味深に「二ヤリ」と笑うと、夜空にゴングの音色が響く。
 どこかひんやりした風が吹き抜けた。

『その男、藤原につき』つづく

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