【プロレス小説】『その男、藤原につき』③
1983年、9月。
組み立てられたばかりのリングの上では、道場と同じようにグラウンド中心のスパーリングが繰り広げられていた。TV局のスタッフが中継の準備をする体育館に、時折うめき声とギブアップの意志を示すタップの乾いた音だけが響く。
TV中継があろうがなかろうが、それがいつもの光景だった。それは客入りが始まってからもしばらく続いた。入って来たばかりのお客さんがリングを囲む。通常のプロレスとは違う"極め合い"に、誰もが固唾を呑み静かに見守っている。若手のタカダの腕を極めると、座礼して練習を終えた。この試合前と道場での練習こそが"ストロングスタイル"の原点だと信じていた。
ゴングが打ち鳴らされ、第一試合が始まった。
TVには写らない無名の若手同士の試合では歓声が上がることもなかったが、それでも徐々にお客さんの目はリング上の闘いに惹きつけられ、やがて静かだった会場に熱が帯び始め、しだいに湧いてくる。その雰囲気が控室にも伝わってくると、気持ちが昂ってきた。
だが、いつもならバカ話をしながら出番を待つ控室も、どこか居心地が悪かった。それは久しぶりに"上"で試合をするからではなかった。
誰もが、疑心暗鬼…
決して心から笑える雰囲気ではないのだ。プロレスラーは良くも悪くも、人に見せる職業だ。控室がこんな雰囲気で、お客さんにいったい何を見せるというのだ。
くだらねえ
どこにぶつけていいのかわからない、沸々と湧き上がる怒りをぐっと抑え、控室を出て通路で体を慣らし始める。
試合で、ぶつければいい…
TV中継が始まったのか、館内から聞こえる歓声が一段と大きくなった。いや…ただの歓声ではない、リングで何かが起きている。控室から試合を終えた若手が次々と飛び出し、リングに向かっていた。
しばらくすると試合に出ているはずのマエダが、若手に肩を担がれ戻ってきた。
「どうしたんだ」
「長州にやられました」
どうやらマエダは入場した直後に、対戦相手の長州とキラー・カーンに襲撃され試合前にKOされたようだ。
「試合は」
若手のヤマザキが答える。
「タカダさんが」
「タカダが…」
急いで控室に戻り、モニターの前に立つ。
TVのモニターには、リングサイドの"社長"とタカダが映し出されていた。"社長"が、試合に出ろと言っているようだ。突然タカダの頬を張り、気合を入れる。
タカダがTシャツを脱ぎ、リングに上がった。闘志が漲っている、"社長"の闘魂が注入されたのだ。そういえば、タカダは"社長"の付き人だった。
そうか…会社は
タカダを売り出そうとしている
マエダもタカダも、慕ってくる二人だ。スパーリングで何度ぐちゃぐちゃにしたかわからない。それでも必死に食らいついてきた。なぜか二人とも、家庭環境に恵まれていなかった。ヤツらこそ"上"の陽の当たる場所に立つべきレスラーなのだ。
頑張れよ、タカダ…
『その男、藤原につき』つづく
1983年9月16日埼玉・吉川町体育館大会試合結果※TV生中継
プロレス試合結果データベース(https://prowrestlingdata.com/)より
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