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人生転換期1-1 (退職へ)

noteをはじめたものの、何から書いていけばいいかと迷っていたが、私のことを知ってもらうには、まず人生の転換期のことを書いてみることがいいのではないかと思い、そのことを記したいと思います。今回は1回目の転換期の前半になります。


1)とりあえず会社員へ

大学を卒業し、新卒で決して倒産しないと言われている大手の企業に就職をした。バブル崩壊後の氷河期といわれるなか、成績が悪かった私は運だけで入社したようなものだ。就職活動で周りの友人は、「あー、また落ちちゃった」「内定とれなかった」とを多々聞かされていたので、早々と内定をいただいたという事を言いだすことができず、しばらくは心の中にしまっておいた。私はそんな性格である。

入社して仕事は思った以上にハードであったが、仕事でのストレスの理由になる「人間関係」には恵まれていた。他人が同じ状況であったら、ストレスを感じることもあるかもしれないが、私はこの会社では人間関係に悩むことは皆無に等しかった。そんな充実した会社員生活であったが、私の中ではなにかひっかかるものがあったのである。

それは大学時代から抱いていた、ある職業になりたいということ。

ずばり看護師である。

2)なぜ看護師なのか?

それは看護師でも病気を治していけるということ。
少し言葉の選択が間違っているかもしれないが、医師でなくても、病気の回復プロセスに対して介入し、病気の回復にたずさわることができるのではないかと思ったからである。つまり、看護の力で人を助けることができるのではないか。(それは、当時、お付き合いした人に大きく影響を受けている。詳しくはいずれ・・)と強く思ったのである。

しかし、今では少し増えたものの、当時は男性看護師という存在は人数が少なく、あまり認知されていなかった。つまり一般的に考えて、男性が看護師になるなんてという事を言われる時代であった。案の定、私も周りの説得により断念していたのである。

3)そして退職へ

おまえは正気か?

私が上司に退職の意向を伝えて返ってきた言葉である。とりあえず正常な反応であろう。この時、すでに年齢は30歳代前半。
ありがたいことに順調に出世をし、それなりに給料をもらい、私でさえも、看護師になりたいということを除けば、やめる理由なんてみつからなかった。

しかし人生は一回しかない。辞めるなら今しかない。

たぶん、結婚をし家庭をもっていたら、このような決断はしていなかったなかろうか。仕事もそうであるように、人生も勢いとタイミング。この2つが私の中で今なのだと思わせているのであった。上司にはどうしても看護師になりたいということを説明し、納得していただいた。

「やってダメだったら戻ってくればいい」

その言葉にきいたら、自動的に涙が出てきて号泣したのを覚えている。覚悟を決めていた私の姿、情熱をくみ取っていただき、人生の中で挑戦することは決して負ではない無駄ではないと言ってくれた。本当にこの時の上司に感謝している。この時まで、私は保守的な考えで生きてきたのかとつくずく思う。それがいけないという事ではない。しかし、自分が納得するまで挑戦をすることが人生をより良くし、充実するものであるということを、ほんの少しこの時に感じたのである。

そして13年勤務した会社を退職した。
話は逸れてしまうが、同期というものは尊い存在であり、会社をやめてもう15年以上経過するが、いまだに交流もあり応援をしてもらっている。

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とりあえず、ここまで読んでいただいてありがとうございます。この先も、こんな感じでエッセイみたく書いてみようと思っています。

次回は、退職をしてから看護大学受験までを書いてみようと思っています。よろしくお願いします。

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