『ドラえもん』映画の併映は魅力がいっぱい、『ドラミちゃん ミニドラSOS!!!』

※『VANDA』22号(1997年6月発行)に寄稿した文章の再録です。文中の事項は当時のものです。敬称の有無が混在していますが他意はありません。

 昨年9月、藤子・F・不二雄氏が急逝されたことはまだ記憶に新しい。手塚治虫氏の逝去のショックも癒えぬままに、マンガ界はまた一つ掛け替えのない大きなものを失ってしまった。
 藤子・F氏と言えば『ドラえもん』の原作者として誰知らぬ者のない存在であり、この春も、氏が原作・脚本・製作総指揮を務めた劇場版アニメ『のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記』が予定通り公開された。『ドラえもん』の映画は年中行事として定着し、都内では大人だけの『ドラえもん』鑑賞会も好評のうちに回を重ねているらしい。今や国民的人気の『ドラえもん』だけれど、『ドラえもん』の映画公開には実はもう一つのお楽しみがある。それは長編の『ドラえもん』に併映される、藤子・F氏のキャラクターによる中編・短編のアニメである。未知の世界での冒険物語が主題になることが多い映画『ドラえもん』では、主な観客である子供達を長時間飽きさせず見疲れさせないような物語構成上の配慮、アニメ版の監督である芝山努のサポート役に徹した演出ぶり、ドラえもん自身のキャラクターと大山のぶ代の母性的な声が醸し出す包み込むような暖かさ、等が複合して独特のゆったりとしたリズムで、子供の理解力に応じた展開を保っている。その結果、映画『ドラえもん』はよくまとまってはいるけれど強い作家性を感じさせない万人受けのする世界であるのに対し、併映される中短編は、ヒット間違いなしの『ドラえもん』の併映作であることを最大限に活用して、制作のシンエイ系列の若手演出家達が藤子・F・ワールド上で、その趣味や個性を発揮する格好の場となっているのだ。
 例えば、原恵一のヒューマンな持ち味が光る『エスパー魔美 星空のダンシングドール』、『クレヨンしんちゃん』の映画化第一作『アクション仮面VSハイグレ魔王』でも撮影現場をモチーフにしていた本郷みつるが映画製作そのものを主題にした、映画への愛あふれる『チンプイ エリさま活動大写真』、同じく本郷みつる版『ローマの休日』である『21エモン 宇宙(そら)いけ!裸足のプリンセス』、のび太たちのご先祖さま大活躍の時代劇、原恵一の『ドラミちゃん アララ少年山賊団!』、安藤敏彦によるメルヘンチックな『ドラミちゃん 青いストローハット』、現在サンライズの『勇者王ガオガイガー』でブレイク中の米谷良知(米たにヨシトモ)によるメカ描写が冴える『ドラミ&ドラえもんズ ロボット学校七不思議!?』等々、枚挙に暇がない程の粒選りの佳作秀作揃い。
 そして今回取り上げるのが、その中でも傑作と思われるSF色豊かな『ドラミちゃん ミニドラSOS!!!」(1989)。監督は森脇真琴。『ドラえもん』映画化10周年記念の長編『のび太の日本誕生』に併映された40分の作品だ。10周年に花を添えて主演はドラえもんの賢くて可愛い妹ドラミちゃん。キャッチフレーズは「ドラミチック・アドベンチャー」。藤子・F・マンガの定番、気のいい兄としっかり者の妹パターンだ。と言ってもドラえもんは今回顔を出さず、代わりに登場するのがドラえもんそっくりでサイズが半分位しかないミニドラ。このミニドラがドラえもんと違って全くと言っていい程役に立たないのが話のポイントだ。
 舞台は2011年。人間側の主人公は、のび太の息子のびスケ。物語はのびスケの留守に未来デパートの宅配便が届くところから始まる。この宅配タイムマシンの運転手がロボット・ゴンスケで、藤子・F・ファンとしては嬉しくなってしまう。実はこれ配達ミスなのだが、ゴンスケならそのいいかげんさも納得だ。
 さて、のびスケはのび太とは正反対で活発な男の子。友達はジャイアンの息子ジャイチビとスネ夫の息子のスネ樹。のび太達の息子三人が同い年らしいのは憧れのしずかちゃんとのび太の結婚にショックを受けた二人が相次いで結婚したからだろうか等というのは余計な詮索で、とにかく『ドラ』ワールドはこのトリオがいなくちゃ始まらない。声優さんも『ドラえもん』のままだ。ジャイアンの息子は父親そっくりの容姿なのにこれまた性格正反対、「やさし」という本名が災いしたのか弱虫の泣き虫でスポーツオンチ、いつものびスケに泣かされている。スネ樹家は更に大金持ちになって豪邸に住んでいるが、のびスケにはいつも「スネキのくせにィ」とやられている。いわば裏返しの『ドラ』ワールドで、これはいつも『ドラえもん』を楽しんでいるファンへの特別サービス版だ。
 21世紀の未来社会の描写も楽しい。林立する高層ビル、パラボラアンテナを付けて走り回る未来カー。ビルの屋上からは幾つもの気球が膨らんで漂い出し、そのゴンドラの中は空中レストラン等になっている。建物の入口は音声照合型、室内では壁型TVがニュースを伝え、ランドセルはパソコン内蔵。いかにも子供が憧れるような夢一杯の未来。でもハイテクばかりではなく歩道には街路樹、道端には花壇。お菓子屋は自販機が並ぶ店先になっているがカードを入れて出て来るのは昔ながらの紙袋に入ったお菓子。現在と地続きの未来、の感覚が心地いい。のびスケの部屋にはのび太の机がパパの思い出の机として置かれているし(ドラミちゃんはここから出て来る)、なによりこの世界にはどんなに時代が変わってもここだけは変わらない藤子・F作品の象徴、土管のある空き地が残っているのだ。永遠の藤子・F・ワールド。描写の随所に透過光が使われているが、ピカピカの都市の光ではなく、女の子の洋服や野球の得点板、飲み物や室内の調度品等にさりげない蛍光色的な使われ方で未来感覚を増して効果的だ。使用する時だけ光の刃が出るレーザーナイフで食べるホットケーキ等、憧れてしまう。
 映画にはママになったしずかちゃんも登場する。余談だけれど私はしずかちゃんがジャイアンのことを「たけしさん」と本名で呼んでいるのを聞く度に「ああ、いい子だなあ」と思う。アニメでは「しずかちゃん」だが原作マンガでは「しずちゃん」と愛称で呼ばれているのも皆に好かれているんだなあと思う。本名が源しずか、つまり静御前なのも憧れポイントが高い。しずかちゃんはおフロシーンの頻度も含めて藤子・Fさんの理想の女の子だったのだろう。映画ではしずかちゃんの涙が世界を救ったこともあったのだから。でもママになったしずかちゃんはちょっと雰囲気が違う。ポニーテールにセーター、ジーンズ、颯爽とした若いママぶりだ。のび太には甘かったけれど息子ののびスケには厳しい教育ママなのもハツラツとして魅力的だ。
 さて、前述の宅配カプセルから現れたのはミニドラ。色は赤。言葉は「ドララ~」としか喋らない(声は北川智絵)。ドラヤキをあげると小さな四次元ポケットから道具を一つ出してくれるがミニドラの道具はどれもミニサイズで全然役に立たないのが可笑しい。小指にしかはまらない空気ピストルはオモチャ並の力しかないし、タケコプターもミニサイズで地面から浮かぶ程度、両手をバタバタさせてやっと移動が可。どこでもドアは向こう側が見える魔法の鏡のよう。でも機能は生きていて手や足を別の空間に出すことは出来る。このミニどこでもドアをはさんで、のびスケとスネキのSFチックなドタバタや、遠くのスキー場の女の子と雪玉とドラヤキを交換する描写が楽しい。
 そこに配達ミスのミニドラを追ってドラミちゃんが登場。もっと遊びたい三人はすっかり立派になったジャイアンの店、スーパージャイアンズに逃げ込むが、ミニドラの出した迷宮プラネタリウムで店内の空間は異様に広がってしまう。スモールライトで小さくなった三人はサカナ型のソーラーヨットで脱出しようとするが、困ったドラミちゃんは空気ピストルで迷宮プラネタリウムを破壊(荒っぽいぞ、ドラミちゃん)、そのショックでヨットは暴走、東京湾へ落ち行方不明になってしまう。
 子供達の一大事に気づいたしずかママ、ジャイアン、スネ夫達は大騒ぎ。そこへ登場するのが髪型もちょっと変わって大人っぽくなったのび太パパ。声優さんも男の人(広森信吾)に変わって落ち着いた雰囲気。でもジャイアンに弱いのは相変わらず。のび太はこんなこともあろうかとのびスケにビー玉型の発信機を持たせていたのだ。三人の居場所は判ったものの、ソーラーエネルギーは底をつきかけ、ドラヤキもなくなってミニドラは全く役に立たず、水圧で船体はきしみ始め大ピンチ。暗黒の海底に見えるのは小さな船のライトだけなのが不安感をかき立てる。暗い映画館の大画面でこれを見た子供達はさぞハラハラドキドキしたことだろう。こういう映画感覚が上手い。いつもの『ドラえもん』だったら颯爽と道具を取り出して一件落着なのだがミニドラは全然頼りにならない。でも危険などどこ吹く風「ドララ~」とはしゃぎながら子猫のようにまとわりついてくるミニドラの無邪気さは三人に勇気を与えてくれる。恐怖心と戦いながらドラミちゃんの指示に従って船は海底ケーブルに沿って下へ。壁の亀裂から浸水が始まりもうダメかと思ったその時夜が明けた。朝日はケーブルを伝って海底へ。幾つもの光の輪が豊かな海底牧場を映し出す。光を得てエネルギー満タンになったソーラーヨットは一気に海上へ。鮮やかな魚が泳ぎ光あふれる世界。緊張感からの一気の解放。海面をジャンプするヨットの爽快感。そこには太陽こそ全ての生命の源であるという真理と、やがて子供達に受け継がれてゆく未来の輝かしさを信じる心がある。そして科学技術の誤った使い方は災いを与え、それを救うのは科学と自然の融和であることも。これらは一言もセリフで表現されはしないもののそこには間違いなく、最期の瞬間まで子供達のための良質なマンガを描き続けた藤子・F氏の子供達に向ける暖かい心が生きている。ドラミちゃんのビッグライトで元に戻り、スネ夫の潜水艦で迎えに来たそれぞれの親と家に帰る子供達。『ドラえもん』映画にありがちな地球や人類の命運を賭けた大冒険ではなく子供らしいイタズラ心が引き起こした小さな冒険。それは藤子・F氏の提唱したS(少し)F(不思議)な世界にふさわしい冒険だった。
 冒頭のTVニュース、のびスケのビー玉、ソーラーメカ等の伏線がラストで結び付く脚本(もとひら了)の妙、柔らかな色合いの美術(美術設定=河野次郎、美術監督=増田直子)、安定した巧みな作画(作画監督=高倉佳彦、原画=林静香ほか)、ナチュラルで繊細な感覚の演出(監督=森脇真琴)、田中公平の音楽。若い力が結集したこの作品はビデオでも出ているので、未見の方は是非一度お楽しみいただきたい。気に入られたら同じくドラミちゃんが活躍する『アララ少年山賊団!』もおすすめです。手塚治虫の諸作品がアニメ化に際してはその壮大な世界観や独特のギャグ感覚に呑まれてか、例えば出﨑統クラスの独自の方法論を持つ作家でないとなかなか成功は難しいのに比して、藤子・F作品は自然な生活感のある作風からか原作の核になるポイントさえ押さえておけばアニメ化の際にも比較的作家の色に染めやすいらしく、TVシリーズでも佳作秀作が多い。個人的には現在傑作選という形で出ている『エスパー魔美』の全話と、傑作選集でもよいから『チンプイ』のレンタルリリースを切望してやまない。
 いずれにしても藤子・F・ワールドはマンガもアニメも永遠に子供達の心の友達であり続けていくことだろう。個人的には『海の王子』や『すすめロボケット』から30数年、(その頃は子供心に藤子さんと不二雄くんという姉弟の合作かと思ったりしていた)、様々に楽しませていただいた。藤子・Fさん、本当にありがとうございました、と感謝の言葉で今回は終わりたい。

初出:『VANDA』22号(1997年6月発行)、発行所:MOON FLOWER VANDA編集部、編集発行人:佐野邦彦、近藤恵

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