当事者
ガルシア・ロルカ「イェルマ」
のチラシつくり。
今日1日で猛ダッシュで進みました。
当初のスケジュールより申請関係が早めに結果が出たことで、締め切りが少し繰り上がってきたので、慌てて作業作業作業。
その合間に先日購入したゲンロンを読む。幽霊がテーマになっていて、そのなかに飴屋法水さんのインタビュー記事が。
演劇の仕組みのなかには、演じることによって当事者ではなくなるという原理すらあるのかもしれない。
(飴屋法水/ゲンロンより)
高校生の時に飴屋法水さんの舞台の写真や言葉を、「トゥマイナス」という本で出会って以来、大好きな作家です。
からだのことや、表現することについて、丁寧に向き合っている姿にとても感動しました。昔FTで「わたしのすがた」を体験した時もやっぱり良い経験でした。
当事者であることと、当事者になれない(と思っている)ことで、うまいことやりとりができないことがいくつか自分の中で起こってきていて、
過去、そういう時に演劇をしてきて助かったことってのは、そういうことだったのか。とまたまたグワーンと考えが広がったような感覚がありました。
イェルマという作品は、子どもが欲しいのに出来ない若妻の話です。(3幕の間に少しずつ若妻というよりも年月が進んでいきます)
子どもを必要とする若妻と、いらないとい夫の、ズレている夫婦の物語。
お互いによかれ、としていることで、相手を追い詰めているのでしょうか。
僕もこの人たちの中にいて、どんな当事者になっていくのか楽しみです。
終演後にはその当事者ではなくなっていくことも、楽しみになりました。
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