一句鑑賞 待つ人のまた入れ代はる冬木かな/堀本裕樹
冬の木の下で、誰かを待っている人がいる。
相手が来てくれて、楽しそうに去っていく。するとまた、その木の下で誰かを待つ人が現れる。
そしてまた、去っていき、誰かが来る。
冬の木の下で待つ人がまた、入れ代わる。
賑やかな場所だからこそ、「木の下」が待ち合わせの目印になるのだろう。
「また」というくらい、せわしなく人が行き交うような場所だろうか。
待つ人は、寒さに耐えながらも、相手が来ることを心待ちにする。
それは、その後の楽しい時間への期待感でもある。
待つ人も、訪れる人も、そしてまたそこで待つ人にも、楽しそうな表情が見えてきて、その場に積み重なっていくような。
目には見えない多幸感が満ちていく感覚だ。
季語は「冬木(三冬)」。
寒々しくなった、冬の木のこと。
たとえば夏、木の下で人を待っている景色は、目印としての目的だけでなく、木の下の木陰に涼を求めている可能性もある。
でも冬はきっと違う。
「この木の下で待ってるね」という目印としての木。
「冬木」という季語にはどこか寂しげなイメージがあったが、この冬木は少しだけあたたかい。
明日は、クリスマスイブ。
世界中のどこかで、誰かを待っている人が目印にするのは、どんな場所なのだろう。
五月ふみさんの素敵なアドベントカレンダー企画に参加しました。
クリスマスっぽい句はないかな、と思って思いついたのが、私が所属する『蒼海俳句会』の主宰、堀本裕樹先生のこの句でした。
クリスマスとは言っていないし、勝手な妄想でそう断定するのもよくないですが、でもこうしてアドベントカレンダーに載せてもらうとほのかにクリスマスの雰囲気が漂うのがおもしろいなと思って選びました。
毎日ひとつずつ、素敵な作品と素敵な鑑賞を、たっぷり楽しませていただいた12月。クリスマスまで残り2日ですね。
ふみさん、ありがとうございました!