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人工透析を遅らせるための食事療法

〈慢性腎不全で病院へ通わている方へ〉

15年程ですが前ですが、私が慢性腎不全の治療を受け始めた時に言われたのは、「この病気には残念ながら治療法はありません。あとは食事に気をつけてやってください。悪化した場合には人工透析を受けていただきます」でした。

慢性腎不全の恐ろしい所は、そう言われても自覚症状が何もありませんから、人工透析はまだまだ先の事だろうと安心していることです。しかし、間違いなく症状は100%悪化して行きます。
そして、ある日突然「そろそろ透析の準備を」と言われます。
透析すればいいと思われている方もいるでしょうが、私のような「糖尿病性腎症」の場合はそう簡単ではありません。糖尿病性腎症の場合、多くは内臓や血管が弱っていることが多く、透析後の生存率はかなり低くなります。

私も元々糖尿病と高血圧の治療で、糖尿病の専門医に通院していました。慢性腎不全も指摘されていましたので、その病院の栄養士の先生に食事療法として、食品を表1とか表2とかに分けてというような指導を受けていました。

その後クレアチニンの数値は段々と悪化して行きます。しかし、自覚症状はありませんでした。そして、ある日突然「そろそろ透析の準備のために専門の病院を探してくれ」と言われました。

それから、いろいろネットの記事等を検索しましたが、12年前は糖尿病性腎症で人工透析を受けた人の余命は5年と言われていました。(最近はそういう言い方はしていないみたいです。生存率何%という言い方で、少しは改善されたのかもしれません…)

当時は私はまだ会社に勤めていましたので、そんなに早く死ぬわけにも行きません。それで、何とか透析を遅らせる方法はないものか調べました。当時は本人も家族も追い詰められて必死でした。
そして、いろんなツテを頼って「I先生」が人工透析を遅らせる治療法を行われていると聞き、紹介状を書いてもらって訪問しました。

大変悲しいことですが、I先生は数年前にご病気でお亡くなりになりましたので、ここではイニシャルにさせていただきます。I先生の指導されていた食事療法は、それまでとは全く違うものでした。

教えていただいた食事療法はその後先生がお亡くなりになった後も続けましたが、結果私は「人工透析の準備を」と言われてから11年間は引き延ばすことが出来ました。最終的には私も透析か腎移植かの選択を迫られることになりますが、その話はまた別途させていただきます。

I先生に教えていただいたのは「タンパク質を制限する食事療法」です。
それまで私が実践していた食事療法とは全く次元の違う厳しいものでした。

話の内容のほとんどはI先生と専属の管理栄養士の先生達から伺った話です。後は私の体験談です。
この食事療法を実践することは簡単ではありませんが、それまでの食事療法とは全く違いかなり効果的だったと思っています。


〈食事療法を始めるにあたって〉

始める前に最初にI先生に言われたことが二つあります。

一つは、「この食事療法は大変厳しいが3カ月続ければ慣れてくる」ということでた。

二つ目は、「この食事療法を続けても腎不全は必ずゆっくりと進行していくので、人工透析をかなり遅らせることはできるが、ずっとはできません。
私が『もう透析ですよ』と言ったら文句を言わずに透析に行くこと」
でした。
もちろんその時の私には他に選択肢はがありませんからやらせていただきますと決意ました。I先生が良く話されていたのは、たとえ透析の導入になってもこの食事療法はその後に役立つということでした。


〈食事療法の要点〉

I先生に教えていただいた食事療法の要点を簡単にまとめました。
次の1から10まで全て重要なことです。

1.体重1kg当たり総タンパク質を0.5g以下にすること

最初にI先生のお話では「人にはタンパク質は必要です。しかし、腎不全の患者の皆さんにとって、タンパク質を摂りすぎるのは腎臓には良くありません。そこで最低限必要なタンパク質の目標数値が必要です」ということで、指導ではまず「1日に摂取するタンパク質の総量を体重1kg当たり0.5g以下にすること」を示されました。つまり、体重60kgなら30g以下、50kgなら25g以下ということになります。私は体重60kgでしたから30gでした。I先生のお話では、「長くこのやり方をやってきたが、体重1kg当たり0.5gを超えると効果が無くなる」と言われていました。I先生が何十年も患者さんと向き合われて導き出された答えが、この「0.5」だったと思います。

実際にやってみればわかりますが、私自身も1日の総タンパク質が最初の目標の30gを超えた時と未満の時ではいろいろな数値が違いました。検査で正直に結果が出て来ます。

なお、私は糖尿病や高血圧がかなり進行していましたので、後にタンパク質1日30gができるようになると、先生から「あなたは22gを目標にしなさい」と高い目標に変えられました。22gはかなり厳しい目標でした。その目標22gに対して相当に努力しましたが、結果としては平均26~28gがやっとのことでした。

この1番に書かれていることが最重要なことですが、実は以下に話します2番から10番までをきっちりとできないと、逆に栄養失調になる恐れもあります。試してみようという方は必ず1~10番まで全部をしっかりと実践してください。それができない方は危ないですからおやりにならない方がいいと思います。


2.主食をデンプンへ変えること

次に「このタンパク質の目標を達成するためには主食をデンプンへ変えなければならない。米や小麦粉のパン、麺類を食べると、それだけで1日のタンパク質の半分以上のタンパク質が無くなるので、大事な動物性タンパク質や野菜等の副菜の摂取のために、デンプン等を主食にする他ない」と言われました。総タンパク質が30gなら、米や小麦粉を食べると、タンパク質の15g位はそれだけですぐに取られてしまいます。調べてみると分かりますが、米や小麦粉にはタンパク質がかなり含まれています。しかも「そのタンパク質は細胞を作るものではありません、腎臓病にとっては余計なものです」というのが先生のご持論でした。

そして、この「デンプン」というのが、この食事療法の一番難しい所です。
私も最初つまずき、しばらくタンパク質調整食のお世話になりまして、後にデンプンご飯やデンプン麺、デンプンパンが食べられるようになりました。

このデンプン食の話は大切ですので、別途詳細にお話しします。


3.塩分は1日5g以内にすること

I先生のお話では、塩分の摂りすぎは高血圧につながり、腎臓に良くないことから「タンパク質の次に塩分の制限をするように。1日5g以下に抑えるようにすること」でした。私は長年高血圧に悩まされていましたので、これは気をつけてやりました。ほとんど塩は使わず、醤油も使わず、万一使う場面でも減塩醤油でほんのわずか使っただけです。

私の場合は徹底的にやりすぎて1日の塩分が2g位になった時もありました。逆にI先生から「それは低すぎるからもう少し上げなさい」と言われました。塩分は高いのもダメですが、低すぎるのも「低ナトリウム血症」になり、昏睡や心臓が止まることにつながるので気を付けなければいけないと注意されました。したがって、私は塩分は3g~5gの範囲内に収めていました。

薄くなった味付けの代わりとしては、お酢のような酸味や胡椒、七味、タバスコのような辛味を使いました。油味として、油炒めもよく作ってもらいました。


4.食事記録表を作成すること

I先生から最初に「大変煩雑で大変だけれども次の二つは必ず守ってください。この二つを続けないと、この食事療法はやっても意味がありません」と言われました。それは、「食事記録表」を毎月作ることと「畜尿」を毎月持って来ることでした。
そして、「食事記録表には重要な意味があります。これを長く書き続けることが食事療法を効果的に長く続けていくコツです」と言われました。

実際に自分でやってみてこの食事療法には食事記録表が必用不可欠だと思いました。
私は毎月一回の診察日にどういう食事をしてきたのか、直前1週間分の食事記録表を提出しなければなりませんでした。
この食事記録表を元にI先生の専属の栄養士の先生に見ていただき、アドバイスや注意を受けていました。

この食事記録表の作成も初めの頃は煩雑で嫌になると思いますが、3か月も経てば慣れてきます。私は今では11年間やって来れたのはこの食事記録表のおかげだと思っています。


それから「自分で勉強して理解すること」を常にI先生から求められました。「患者だからといって何も努力も勉強もしないのはだめです。元々生活習慣病そのものが全て自分の責任です」とよく叱られました。
私は勉強のためにI先生の開かれる腎臓病の講習会は全部出席していました。

食事記録表は、1日分として1枚か2枚。その中に朝、昼、夕の食事毎に、そして食品毎に、何を何g摂ったか、さらにその成分として、重さ、カロリー、タンパク質、脂質、塩分、リン、カリウム等がそれぞれ何gかを記入します。
最後に1日のトータルを一番下に記入します。
これを作成するために後述する「計量器」が必用になります。

また、各成分を記入するために
「日常食品成分表」(医歯薬出版株式会社)が必要になります。
この成分表には、各食品について、100g、80g、60g、30g等の単位で、各々のタンパク質、脂質、塩分、リン、カリウム等が細かく記入されています。この本を眺めているだけでも、ここにこんなにタンパク質があるのかと勉強になります。下に成分表のページを貼り付けます。

成分表


「食事記録表」は定型のものがなく、自分で作るほかありませんが、ネットにもいろいろ出回っていますから、自分の好みのもので良いと思います。

参考までに私が作ったものも載せておきます。

記録表写真

なお、記録表は当初毎日付けていましたが、慣れてきたら検査を受ける前週の1週間分で十分だと思います。これによって、後述する畜尿の検査と合わせて自分の食事療法が上手く行っているのかを検証することができます。


5.畜尿による検証を行うこと

実際に食事療法をやるには毎月の検査が必要です。栄養が偏っていないか、不足してないか、タンパク質、塩分の制限は守らているかなどです。
長い闘いですから、自分本位では失敗します。客観的に見るためにも、毎月採血、採尿の他に「畜尿検査」をやってもらいます。リン、カリウム等は血液検査で分かります。そして、畜尿検査で畜尿時の一日分の食事の(実際には直前2~3日分も影響しているみたいでした)タンパク質や塩分を何g摂っていたかわかります

この畜尿検査については、事前に主治医の先生に次回畜尿検査時にタンパク質、塩分の摂取量を測ってください、と依頼しておけばやってもらえると思います。


6.計量器を使うこと

正確な食事記録表を作成するためには、まず0.1g単位で測ることができる計量器を買って食品毎に重さを測った方が良いと思います。何がどれくらいの重さか実際に測ってみないとわかりません。

最初はこれが煩雑で面倒くさいと思います。しかし、これも時が経てば慣れて来ます。
同じ食品を使って行けば3か月も経つと目分量でも誤差はそんなに無くなってきます。しかし、新しい食品や滅多に使わない食品はその度毎に測った方が良いです。
なお、調べても分からない食品はタンパク質、塩分以外は空欄で仕方ありません。あと食品の袋にも最近は成分が書いてありますから、参考にしても良いと思います。

計量器はネットでもどこでも買えますし、値段は安くても構いませんが、できるだけ0.1g単位のものが良いと思います。
アバウトにやるとすぐに30gをオーバーします。

計量器


7.摂取するカロリーは体重1kg当たり30kcal。しかし、何よりも痩せないように

I先生からは、摂取するカロリーは、「平均で体重1kg当たり30kcal。私は60kgでしたので1日1800kcalを摂るように」指示されました。
しかし、初めて3カ月位で私は体重が減り始めました。そこで、I先生から
「あなたの場合、カロリーを1日2000から2200キロカロリーにしてください」と指示されました。「何よりも体重が減るのは腎臓に良くないので、個人の体調に合わせて体重が減らないカロリーにすることが重要です」と話されていました。

私はその後2000kcal以上を摂取するように努力しました。カロリーの高いタンパク質を減らしていますから、2000kcalのために脂質、油、デンプンを多く摂るようにしました。
多分私の消費カロリーが多かったのは、持病の糖尿病対策のために毎日1万歩以上歩いていたためだと思われます。I先生からその1万歩は続けて良いと言われました。

それから使用する油についてですが、I先生からは「できればマクトンオイルを使って欲しい。マクトンオイルは体内ですぐにエネルギーに代わり、蓄積されないので腎不全の人には最適だ」と勧められました。
しかし、私は何度かこのマクトンオイルに挑戦しましたがどうにも苦手で、結局炒め物はオリーブオイル、手元でかけるのはアマニ油かえごま油にしていました。


8.動たん比を60%以上にすること

I先生から強く言われましたのは「1日の総タンパク質の60%以上は動物性タンパク質で摂るように」ということでした。つまり、「動たん比」を60%以上です。
一見簡単なようですが、実際には難しい所です。
なぜならば、このタンパク質制限の食事療法を始めると、どうしてもタンパク質を減らすことに注意が行ってしまいますので、結果として大事な動物性タンパク質が少なくなりがちになるからです。
現実に私も何度もこの指摘を受けました。
動物性タンパク質は細胞を作るため、人間に必要な必須アミノ酸やビタミン、ミネラルの補給のためにも最低限度は必要です。それが動たん比60%でした。

この「動たん比60%」のコツは、「一日の食事を決める際に最初にその日の動物性タンパク質、総タンパク30gなら18gについて何を食べるか決め、残り12gを副菜であとから決めるようにすると間違えない」と管理栄養士の先生に教えていただきました。

例を上げると、豚バラ脂身付きなら120gでタンパク質17.3gです
塩鮭なら80gで17.9gです。
(日常食品成分表より)


9.一日の食品数を20品目以上にすること

栄養状態については特に気を付けるようにI先生からも管理栄養士の先生からも注意されました。そのために一日に食べる食品数を20品目以上にするように指導されていました。
また検証のために、他の項目と同様に、毎月の診断日に先生に「提出する用紙」に前週の平均値として1日分の「カロリー」「タンパク質」「塩分」、「毎日の食品数」、「動たん比」を計算して提出していました。これを書くと自分でも食事内容の概要が良くわかります。
栄養状態はアルブミンで見られると思いますが、私は常に20品目以上を心掛けていましたから、アルブミンはおかげさまで最後まで4.2以上でした。


10.ゆで野菜を無理に食べる必要はない

I先生に強く言われましたのは、「野菜はゆでる必要はない」というものでした。私はそれまで2ヵ所の病院で食事療法を受けていましたが、いずれも「野菜は必ずゆでるように。なぜなら腎不全にはリンやカリウムが良くないので、ゆでてそれらの成分を水に溶け出させる必要があるからです」という説明でした。
これに対してI先生は真っ向から否定されていました。
「元々野菜の中のリン、カリウムはそんなに多くない。多いのはあくまで肉と魚の動物性タンパク質です。実際に食して影響が出るのは肉と魚からで、野菜を気にする必要はない。むしろ野菜をゆでたら、人間に必要なビタミン、ミネラルが溶け出してしまう。しかもゆでたら美味しくない」とこれは強く否定されていました。

結論として、私は11年間野菜を1日200g以上食べていたと思います。焼いたり、煮たりすることもありますが、生野菜のサラダも含めてです。その間、リンとカリウムで異常値が出たことはほとんどありませんでした。

もちろん、だからといってリンやカリウムの多い野菜ばかりを食べるのではなく、あくまでバランスよく細かく多品種で食べていました。
ゆでるのも絶対ダメではなく、ゆでて食べた方が良いときはそれもいいと思います。


11.タンパク質制限の食事見本について

実際にどんな食事を食べているのか、見てみたいと思わると思います。
低タンパクの食品を取り扱っている会社はほとんど、簡単な低たんぱくの食事の見本の写真を持っていると思いますから、そういった会社で食品を購入される時にもらってもいいと思います。

ネットにもいろいろ出回っていると思います。私がネット記事を見た中では、「ジンゾウ先生のオトクッキングクラブ」にいろんな食事見本の写真がありました。

本ですと、「腎臓病のための低タンパクレシピ」(NHK出版)
「腎臓病の方へ 失敗しないための低たんぱく食レシピ」(NPO法人 食事療法サポートセンター)等があります。
ただ、長く続けていくためには、他人の食事を参考にすることも大切ですが、やはり自分の工夫で自分なりに、タンパク質制限の食事が続けられるようにしていくことがより大事だったと思っています。


〈最後に〉

この食事療法を続けて、私は11年間透析を遅らせることができて、本当に効果のある療法だと思いました。
しかしながら、一人で実践するのは大変な困難を伴います。ご家族の協力が必要です。私自身も偉そうに書いていますが、食事を作るのも食事記録表の入力も妻に頼んでいました。

最後に、私は医師ではありませんから、どれくらいの症状の方にこの食事療法が効くのか、明確にはわかりません。半年先にはシャントを入れる予定とかだともう間に合わないかもしれません。私自身は、クレアチニン3.4~3.6、尿素窒素34~36位の頃に始めました。今考えると透析まではまだ間があったのではと思いますが、当時の主治医が糖尿病のご専門でしたから、クレアチニン等の上昇スピードが急に上がったことで心配されて早めの準備をお話しされたのだろうと思います。その後の経験上、クレアチニンは先へ行くほど上昇スピードが速くなりました。決して一定ではではなく急に上がります。したがって、少しでも早く始めた方が効果的と思われます。

私は自分で実践して効果のある食事療法だと実感していますが、残念ながら
I先生も数年前にお亡くなりになり、世間にも広まっているとは思えません。
慢性腎不全、特に糖尿病性腎症の方の参考になればとお話しさせていただきました。







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