結婚って‥|信頼できるパートナーとの出会い
私の場合
私は、48歳ではじめて結婚しました。
私は初婚で、妻は再婚になります。
私は45歳過ぎた段階で、もう結婚は諦めていました。
結婚ってハードル高いですよね?
でも、これは、人によりますね。
結婚できる人は、何度でも出来てしまう。
出来ない人は、一生できないかもしれない。
これは、極端な比較かな?
何度も結婚するのも、普通ではないと思うし、それが良いとは、思っていません。
一度結婚したら、最期まで一緒にいれるのが理想ではあります。
結婚をテーマにしたら、泥沼にハマってしまうくらい、色んな結婚の形があるので、私の事についてだけ書く事にします。
勿論、結婚はしないという選択も否定しません。
結婚しないと一人前になれないの?
私は、子供の頃、親戚の叔母さんが言ってた事が、ずっと忘れられなかった。
だから、結婚出来ないのが、コンプレックスになっていった。
結婚は、自由なんだから、気にする必要はないと、自分自身を納得させる事は、可能です。
しかし、第三者からすれば、歳をとっても未だ独身だと、何か問題があるんじゃないかと、勘ぐられてしまいます。
実際、結婚してみて、叔母が言ってた事が、なんとなく分かる気がしました。
他人だけど、夫婦。
守るべき人が出来るという事は、独身とは大きな違いだと感じました。
自分の事を気にかけてくれる存在も、パートナーしかいない。
普通言えない事も、夫婦なら言える。
※夫婦だから言えない事も‥
一番大きな事は、「責任」なのかもしれない。
二人で色んな経験を積む事で、責任感が養われ、一人前の人間になっていく、という事だと理解しました。
結婚すると人付き合いも対等になれる
独身だった場合、独身と独身であれば、対等でいられるけど、
自分が独身で相手が既婚者だった場合、その人の背景にある家庭が見えない分、既婚者の方が人間的に大きく感じてしまう。
でも、お互い既婚者同士だった場合、前述のような感覚は、なくなった感じがします。
飲食店をやっていると、夫婦でご来店頂くお客さんもいらっしゃいます。
常連になって下さったご夫婦のお客さんとは、お互い抱えている悩みも共有できる存在になれたりしました。
やっぱ、独身の時には無い人付き合いだと感じています。
パートナーをどれだけ守れるか
私達がお付き合いをはじめたのが、2006年。
そしてすぐ、起業の準備
そして、すぐ私の首の手術。
デートらしいデートも片手におさまる程度。
今も妻に言われているが、お付き合いを始めた頃、もっと二人だけの時間が欲しかったと…
その時、私は母と二人暮らし。
認知症の疑いが出始めた頃で、息子への依存が高くなっていた。
妻とお付き合いしてから、二人とも大きな病気と闘ってきました。
もし、パートナーの身体が病に侵された時、どこまでパートナーに寄り添えるでしょうか?
私達が出会ってからの病歴です。
(自分の傷病、手術歴)
(妻の傷病、手術歴)
正直どれも生活に支障がでる治療ばかりでした。
もし、どこかに勤めていたら、休暇を強いられるでしょう。
治療をしている本人は身動きがとれなかったり、入院したりしている中、パートナーは、通院の付き添い、家での介助、家の事(ペットの世話なども含む)
私達は、二人で起業して飲食店を営んで来ましたが、これまでの間、これだけの病気と闘って来ました。
もちろん、動けない時は、休業をしていました。
2023年からは致命的で、二人でコロナに感染してから、次から次へと予期せぬ事ばかり起きて、体力的、精神的に参ってしまいましたが、かといってあらゆる事が、怒涛のように襲って来ました。
幸いな事に、「あらゆる事」は、紙一重のタイミングで重なる事は、ありませんでした。
本当に紙一重で、一つ片付くと、すぐ次の事が起きて来ました。
これらの出来事を、二人お互いを助け合いながら、クリアーして来ました。
もし、貴方が私達の立場だったら、パートナーを守れますか?
私達も頭で考えたら、難しいと思います。
目の前に起きる現実を、その場その場でただ行動するしかありませんでした。
分かった事は、信頼できるのは、自分自身とパートナーだけということ。
結婚って、そういうものなんでしょうね。
今後は…
妻の血液透析治療が、軌道に乗ったら、やっと仕事の再開が見えてきそう。
正直、飲食店は、もう無理かも知れないと思っています。
自宅近くで透析が始まったら、毎週3日4時間、透析治療で拘束されます。
時間も予測で気ない状況です。
なので、固定の営業時間内での仕事は、難しいと考えています。
自由な時間に、場所も限定しないで、フレキシブルに働ける仕事を模索しています。
店の呪縛を解き放って、兼ねてから願っていた、新たな「人の役に立つ仕事」を見出して行きたいです。
そして、二人の時間を楽しむ時間を沢山作っていきたいです。
神様、私達への試練は、もう十分です。
これからは、頑張ってきた私達へ、直接的な幸せのお裾分けをしてくれませんか?