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あなたの仕事は何ですか?〜下から上を動かし、全体最適を実現する「問いの力」

都内にある公共施設でイベントを開催していた時のことです。大変盛り上がり、予約終了時間を5分過ぎてしまった17:35。いきなり会場の電気が消され、後方のドアから初老の警備員らしき人が入ってきて

「時間ですよ。出ていってください!」

と不機嫌そうに怒鳴りました。

びっくりしたものの、急いで会場を片付け、受付で退室の手続きをしました。その際に会議室の予約表をちらっと見ると、利用していた部屋は20:00まで空室。受付の方に「予約の延長はできたんですか?」と聞いたところ、「はい。手続きいただければできます」との返事。もやもやしながら、その日はその場を立ち去りました。


警備員の仕事は何か?

さて、ここで問いたいのは「警備員の仕事は何か?」ということです。表面的には「使用者にルールを守らせ、時間通りに部屋を管理すること」ですが、もっと深いレベルでは「利用者に施設を快適に使ってもらい、収益に貢献すること」のはず。

レンタカーでもカラオケでも、後の予定が詰まっていなければ自動延長するというのは普通です。そう考えれば、警備員さんがイベントの様子を見ながら「延長しますか?」とコソッと聞いてくれたら、間違いなく追加料金を払って延長していたでしょうし、それによって施設はわずかとはいえ収益を増やせたはず。さらに顧客経験(UX)も高まり、リピートも期待できたはずなのです。

さて、以前の私だったら「ダメな警備員だな」くらいにしか思いませんでしたが、色々経験して思うのは、これは個人の問題ではないということ。つまり「人のせい」にしても根本的な問題は解決しないのです。

たとえば、この警備員の上司が「我々の仕事の目的は、単に部屋の管理することではない。利用者に施設を快適に使ってもらい、収益に貢献することです」と正しいゴールを伝えていれば、この警備員さんのアクションはもっと違ったものになっていたはずです。

さらに「都の公共施設を管理する我々の仕事は、納税者である都民の生産性をアップし、都そして国を豊かにすることだ」と伝えていれば、「ここぞ」とばかり最高のUXを実現する対応になったかもしれないのです。

逆に、上司自身も「私の仕事は、派遣の警備員を監督して、部屋を時間通り管理させることだ」だと考えていたらどうでしょう。気の利いた部下の警備員が臨機応変な顧客対応をしようものなら、「勝手なことをするな」と腹を立てるかもしれません。一般的に、上司に楯突いてまで顧客満足度を追求しようとする部下は稀なので、こういう状態が当たり前になり、さらに部分最適化を加速するKPI(重要業績指標)で固定され、組織はどんどんとダメになっていくのです。

目的によって行動は180度変わる

期待を超えてきたベトナムのフリーランサー

もう1つの事例をご紹介します。私にはクラウドワークス(フリーランスに仕事を頼めるクラウドサービス)でたまに仕事を依頼するエンジニアがいるのですが、先日都合が悪かったため、同じ仕事を15万円で一般公募することにしました。

すぐに公募価格以下で5件ほど入札があったのですが、一人だけ25万円という強気の入札がありました。「何者だろう?」と思ってその人の受注履歴を見てみると、最高評価の★5つのコメントが多数。予算オーバーでしたが、よっぽど自信があるんだろうと思って、話のネタに依頼してみることにしました。

2週間の契約が始まると、すぐに「この機能の目的は?」「この処理は変えてもよいのか?」などの質問が飛んできました。実はそれらの質問を通じて、私自身が本来のアプリ改修の目的を見失っていたことに気づいたのでした。その後、予定納期の半分の1週間でアップデートは完成。依頼した箇所以外に「全体的にプログラムが重くなっていたので、全部コードを直しておきました」というコメント付きで、動きが劇的に速くなっていました。これなら30万円払っても惜しくないと思えるような内容でした。

その後、そのフリーランサーは日本語がまったく話せないベトナム人で、ホーチミンからAI翻訳サービスを駆使して世界中の仕事を受注していることがわかりました。正直ビックリしましたが、あらためてこういう仕事には国境がないことを実感した瞬間でもありました。

プロの力を最大限に引き出す仕事の頼み方

「手段」レベルで言われた通りの仕事を最低限やるのか、「目的レベル」で相手の期待を上回る仕事をやるのか?それは個人の自由です、ただ後者の市場価格がどんどん高くなるのは疑いの余地がありません。前述のベトナムのフリーランサーはその一例ですが、まさにそういう人のフィーは青天井です。

そして仕事をお願いするほうも、相手の実力を引き出すやり方を知る必要があります。個人的に実証済みですが、単価を高めに設定できるなら、目的だけを明確に伝えて「魅力が最大限に伝わるように考えてください」「この広告にプロジェクトの命運がかかっているので、助けてください」と自由度を持たせたほうが、格段によいものが出てきます。プロにとって、つまらない仕事はやりたくないですし、本領発揮できる自由度の高い仕事に気合いが入るのは当然です。

(逆に低単価で「いいデザインを考えてください」とざっくりした募集をしても、ほぼよいものは出てきません。むしろ「ちゃんと指示してください」「意味がわかりません」と怒られてしまうことすらあります。)

フォロワーが発揮できる価値

ニュース記事などで「日本は労働生産性が低い」「イノベーションが出てこない」などと叫ばれて久しいのですが、その一因は、人の能力を制約してしまっているダメなマネジメントです。KPIひとつとっても、達成を目指せば目指すほど全体最適になるように設定し、社員が実力を発揮できるように変えるだけで、劇的な改善結果が出ます。

制約の改善に集中すれば、あっという間に生産性が10倍になるケースも珍しくないのは、まさにこの全体最適を自然に促しているからなのです。

「そんな理想論を言ったって、うちはダメ上司だから・・」

そんな声が聞こえてきそうですが、フォロワーが発揮できる力は小さくありません。前述のフリーランサーは、まさにそれをやってのけたのですが、フォロワーが実力を発揮するのに、必ずしも権力は必要ありません。適切な問いを、適切なタイミングで発するだけでOKです。

下記のシリーズは、ダメ上司にフォロワーがどう影響力を行使し、「改心」させられるかを知るうえでヒントが満載ですので、ぜひご覧ください!

上司とガチンコ勝負で対立してきた若かりし頃の自分に見せてあげたい人気シリーズです。

AIに聞いてみた

余談ですが、ChatGPTに「あなたは公共施設の警備員です」と役割と目的を与えたうえで、予定時間を超えて施設を使っているユーザーがいたらどうすべきかを聞いてみました。

GPTの回答:施設の目的を踏まえ、丁寧に対応し、利用者の満足度と生産性向上を心掛けて以下のように声がけします。「失礼いたします。予定の終了時間を過ぎていますが、あとどのくらいお時間が必要かお聞かせください。可能であれば延長の手続きができます。ご協力お願いします。」

ChatGPT 4oより

すでにAIロボットがビルを巡回警備する時代です。人間が負けないようにするには、まずは「ゴール」を明確に意識することです。

執筆者プロフィール:
若林計志 (Kazushi Wakabayashi)
 
ザ・ゴール研修」「ザ・ゴール エッセンシャル講座(個人向け)」開発運営責任者、ゴールドラットチャンネル総合演出。学生時代、予備校のオンライン授業のあまりの面白さに大きなショックを受けて以来、世の中の「つまらない授業」の撲滅を目指し、米・豪のMBAプログラムをはじめ、様々なオンライン講座プロデュースを手掛ける。著書に『プロフェッショナル演じる仕事術』『MBA流チームが勝手に結果を出す仕組み』などがある。