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静かに始まる「機械間取引」の時代とTOCの役割

最近、セルフレジで商品をスキャンしている時に「自分はお客さんのはずなのに、なぜ機械のためにせっせと働いているのだろう…」と思ってしまう渡邉です。今回は、まさに「機械」がテーマのnoteをお送りします。
 
これからは、機械がどんどん私たちの生活に入り込んでくることは明らかです。冒頭の「レジ打ち」をはじめ、いろいろな仕事を客である人間のために機械がやってくれるようになる——これは想像しやすいかもしれません。
しかし、今回の記事で話題にしたいのは、その逆、つまり「機械がお客さんになる」という状況です。

機械が顧客になる日


「そんなばかな。機械のために人間が働くなんてありえない!」と思われるかもしれませんが、これはすでに起きている未来です。
機械が顧客になる時代を予見したドン・シャイベンレイフとマーク・ラスキノが2023年に上梓した書籍『When Machines Become Customers』(Gartner Inc.)には、そのような状況が、すでに起こりつつある未来として描かれています。

機械が「顧客」になる時代の予兆の一つは、自動的な再発注システムです。小売業では特に顕著ですが、店舗での販売実績や需要予測を基に、自動的に発注を処理するシステムが使われています。これは、機械が「顧客」として発注側のタスクをこなしている状況と言えるでしょう。
一方で受注側も、たとえばEC(電子商取引)企業などにおいて、受注処理をできるだけ機械化・自動化していく流れがあります。
 
買い手も売り手も機械になってしまって、機械同士で取引が行われる——非現実的でしょうか? 実は既にそのような状況が成り立っている市場があるのです。

それは、金融商品の市場です。システムトレード、自動売買、投資一任型ロボアドバイザーなど、さまざまな呼び方がありますが、機械間の取引が自動的に進むことで、市場がどんどん高速化しています。

ちょっと注意してみると、インターネットオークションでの自動入札ソフトなど、実は身の回りでも自動的な発注や受注は少しずつ増えていることに気がつきます。人間が機械に対して、取引の権限を完全に委任するのではなく、最終的な確認・決定だけを人間が処理する「ロボアドバイザー」型も含めると、機械間取引はさらに増えていくでしょう。

機械間取引の時代におけるTOCの役割


様々な研究者、技術者、あるいはスタートアップ企業が、受注や発注を処理する機械やAIのアルゴリズムやプログラムを研究しています。そしてその目的は、受注や発注という仕事を限界まで上手に行うこと、つまり「受発注のオペレーションの質や速度を理論的に可能な最高のレベルまで高めること」です。
オペレーションズマネジメントの統一理論ともいわれるTOC(制約理論)は、自動化の時代においても重要な役割を果たすと思われます。なぜなら、TOCは「理論的に可能な最高レベルのオペレーション」を機械やAIに教えていく際に、全体最適という視点で科学的根拠のある行動方針を提供してくれるからです。

どんな市場で機械間取引での高速化が起きるのか

このような機械間取引は、どんな市場から広がるのでしょうか。利回り1%よりも2%のほうが絶対的に好ましいと言える金融商品、1ギガのメモリよりも2ギガのほうが絶対に性能が高いパソコンなど、「スペックが数値化できる商品」や「経済合理性だけで判断できる商品」は機械に任せて売買できそうです。

また、相手を探して取引交渉を持ちかける相対(あいたい)取引が中心の市場ではなく、唯一の中央集権的な取引所ですべての取引が発生する市場であるという点もポイントです。「この取引所の中でもっともお得な買い物をしろ」という命令は機械にとって簡単でしょうが、相対取引が中心の市場だと「よりお得な取引のできる相手がいないか、世界の果てまで確認しろ」という命令をすることになります。これは、機械にとっても至難の業です。

つまり、市場のほぼすべてをカバーしている取引所があれば、安心して機械に取引を任せられるのです。同様に、新商品がどんどん出る市場での取引よりも、対象商品が限られた取引や、取引先が決まっている状況の取引のほうが、機械による受発注の出番は多そうです。先に挙げたような、同じ商品のリピート購入などはその典型ですね。

家もAIが(人間にアドバイスして)買う時代に

逆に言えば、言語化できない自分だけのこだわりや感覚で買うような商品、相対取引でしか買えないような商品、ヒトの感覚に訴える新商品・新サービスなどは、まだ機械間取引にはなじまないでしょう。しかし、たとえば家の売買という領域ですら、すでにAIによる引っ越しアドバイザーサービスなどが登場しています。

私は大学で寄付の研究をしていますが、経済合理性からかなり離れた寄付先の選定についても、AIで効率化できる可能性が見えてきています。

市場によって遅い早いはあるでしょうが、AIを含む機械が、人間に代わって顧客としての実質的な意思決定を下している、という市場が増えていくのは間違いありません。

新たな時代に備えるために―AIを受発注に活用する

いままでは、どちらかと言えば「個人」がAIや機械に意思決定を任せるシーンを想定してきましたが、実は機械間取引はBtoB(法人向け)ビジネスでも広がると思われます。製造、物流、在庫管理などで既に多くの自動化が進んでいますし、効率化への圧力も強いからです。IoT(Internet of Thing:モノのインターネット)の進展もこれを後押しします。

個人の好みと触り心地で1つだけを選ぶ手作りのぬいぐるみよりも、安さとスペックで既存取引先から大量かつ継続的に調達するネジの方が、機械間取引になじむのは道理です。

例えネジであっても、受注や発注を自動化するのは、簡単ではありません。生産管理、在庫管理を含む「組織内のリズム」と連動しない発注や受注が機械的に大量になされたら、悲劇的な結果、少なくとも大混乱になりますよね。

そのような中で、TOCに基盤を持ち、組織内のリズムと連動する形で在庫管理をAIで自動化するのがOnebeatです。

上記ウェブサイトを見ると、在庫管理という仕事がいま、AIによる受発注の自動化という波の最前線にある、ということが分かっていただけるのではないかと思います。

 機械間取引の時代は、局所的ではありますが、静かに始まっています。そのインパクトは、多くの人が想像するものよりもはるかに大きくなる、と私は考えています。

執筆者プロフィール 渡邉文隆(Fumitaka Watanabe, Ph. D.)

社会人大学院生を経て京都大学で博士号(経営科学)を取得。現在は大学での研究や実務のほか、Goldratt Japanでも活動。京都大学iPS細胞研究所などの組織でTOCを活かした実務を実践してきた。専門はマーケティングで、特に非営利組織の寄付募集で多くの実績がある。信州大学社会基盤研究所特任講師を兼務。「経営科学で日本をおもしろくする」ことを目指す。青森県出身。住んでいる京都が年々暑くなっていることが最近の悩み。