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PDCAとOODAループを比較する怪しい解説:PDCAが古いなんて誰が言った?

雑誌やネットなどで「PDCAはもう古い。いまの時代はOODA(ウーダ)ループだ」といった解説を時々見かけることがあります。読んでみると「前提がどんどん変わる正解のないVUCA時代にPDCAは合わない」「PDCAは業務改善ツールで、新しいアイデアを生み出せない」といった解説が書かれているのですが、筆者はこういう説明を鵜呑みにするのはかなり危険だと思っています。今回はその理由とPDCAの活用法について解説します。


「戦略キャンパス」って何?

PDCAとOODAループについて考察する前に、ベストセラー『ブルーオーシャン戦略』が日本で大ヒットした時のことをお話します。この本が出たとき、日本でも多くの解説本が出版されました。私も「手っ取り早く内容を理解したい」と、当時最も売れていそうな解説本を買って読んでみたのですが、いろいろ不明な点が多く、特に「戦略キャンパスは・・・・」と書かれている箇所では、強い違和感を覚えました。

同時期に書かれた類書やネットコラムにも「戦略キャンパス」「戦略キャンパス」と書かれているものがけっこうあり、疑問解消のためにしかたなく(!)原書(日本語訳)を読んでみました。すると内容が格段にわかりやすい上に、「戦略キャンパス」ではなく「戦略キャンバス(strategy canvas)」が正しいことが判明。絵を描く時のあの「キャンバス」なのですが、キャン””スと間違って書いていたのです。それでも一冊だけなら「ミスかな」と思わないでもないのですが、類書にも同じミス(?)が見られるのはかなり異常に感じました。そして、もし私自身も知ったかぶりをして「戦略キャンパスは…」なんて人前で言っていたら、きっと大恥をかいただろうとゾッとしました。

この一件以来、解説の意味がわからない、説明が怪しいと思ったらできるだけ原書を当たってみるべき、という教訓を得たのでした。

OODAループは最新?

さてOODAループも、ご多分に漏れずたくさんの解説本が出ているのですが、こういう場合もオリジナルに当たるのが一番、ということで下記の本を読んでみました。

OODAループはアメリカ空軍大佐ジョン・ボイド(John Boyd)によって提唱され、そのボイドに長年師事したチェット・リチャーズが書いたのが本書です。ボイド自身も本書の草稿に目を通していたそうなので、本人の解釈と最も一致している一冊と考えてよさそうです。実際に読んでみると、冒頭から以下にように書かれています。

「OODAループの概念図に示されている学習ループは「観察(observe)、情勢判断(orient)、意思決定(decide)、行動(act)」である。この学習ループをいかに実行していくかは、企業によって異なる。PDCAサイクルはその1つの具体例になる。チェック(Check)は「結果を観察し、必要なら情勢判断を変えよ」という指示に等しい。このためPDCAサイクルはOODAループのなかにうまく収まる。」

『OODAループ』

つまり、本家のボイドもリチャーズも「PDCAが古い。だからOODAループがよい」とは一言も言っていないし、対立概念とすらとらえていない。それどころか、OODAループの実務での活用方法としてPDCAを評価しているのです。

PLANには時間がかかるという「思い込み」

では、どこから「OODAループが新しくて、PDCAは古い」といった解釈が出てきたのでしょうか?それはOODAループが、スピードを必須とする電撃戦や空中戦などを分析する中から生まれたという背景に起因します。

ただし、本書を読めば、PDCAを実行するトヨタ生産方式はアジャイルな生産方式として絶賛されていますし、どこを見てもOODAがPDCAより優れているといった記述は皆無です。スピードが大事だということは疑いの余地はありませんが、PDCAモデルが古い・新しいという話とは関係ありません。ただスピードという変数を追加すればよいだけの話です。

そもそもPLANとは「『アクション』と『期待される結果(ゴール)』の因果関係を事前に予測すること」であり、前提条件がゼロの状態ではPLANはつくれません。たまに「プランなんて不要だ!とにかく実行」という人もいますが、それは単に直感でPLANしているだけ。OODAループでいう最初の3文字「観察(observe)、情勢判断(orient)、意思決定(decide)」の要素がPLANには当然の「前提」として含まれているのです。つまりPLANの解像度を上げたのがOODAなのであり「計画ありきのPDCAは時代遅れだ」「時間がかかる」といった指摘は的外れなのです。

PLAN=Action+GOAL+前提(Assumption)」であり、「観察(observe)、情勢判断(orient)、意思決定(decide)は「前提」に含まれている

PLANの精度を上げ、しかも素早くつくるためのヒントとして論文「仮説の論理構造」(下記)がおすすめです。

また質の高いPLANを素早く作れるようになれば、後のプロセスが格段にスムーズになるメリットもあります。(下記番組を参照)

リスクはゼロにできない

PLANは未来に対する仮説であるがゆえに、リスクをゼロにはできません。やってみて初めて分かることもあります。いい加減な計画で手戻りが発生するのは避けるべきですが、時間をかけて過剰な分析を行った上で計画倒れになったり、ビジネスチャンスを逃したのでは本末転倒です。積極的にリスクをコントロールしてとにかく前に進める(DOを実行する)必要があります。

その具体策として、たとえばTOC(制約理論)にはCCPM(クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント)という手法があります。CCPMは「そもそも不確実性の高いプロジェクトが計画通りに進むはずがない」という前提で、遅れのリスクを全員共通のバッファーでマネジメントするところに最大の特徴があります。

知識創造ツールとしてのPDCA

さて、日本を代表する経営学者である野中郁次郎先生が、OODAループについて元陸上自衛隊陸将補の三原光明氏と対談した記事があります。

野中氏はOODAを個人向け状況適応モデルであり、PDCAは組織向け意思決定モデルだという見方をしています。たとえば市街戦では「とにかく生き残る」ことが明白な「ザ・ゴール」でありOODA的な思考が必要です。しかし戦略レベルの消耗戦では、そもそも「ザ・ゴール」がはっきりせず、戦いの構造自体をひっくり返されるようなことも起こりえます。したがって、全体の視点から、組織的に知識創造するためのPDCA的な思考も欠かないというわけです。(「PDCAは単なる業務改善ツールで、新しいアイデアを生み出せない」という解説と真逆なのが痛快です)。ビジネスでも戦争でも「機動戦」「消耗戦」に明確な境界線があるわけでないので、OODAとPDCAは二項対立どころか、むしろ相互補完関係にあるのです。

全体最適とは?

今回はOODAループとPDCAについて見てきましたが、いかがでしたか?
同じように、曖昧に定義され、誤解されているビジネスワードの一つに「全体最適」があります。ぜひネットの微妙な解説だけではなく、「全体最適」、そして全体最適を実現するためのTOC(制約理論)を提唱した原書である『ザ・ゴール』を読んでみてください。(映画版もあります

ちなみに今回ご紹介したリチャーズの『OODAループ』にもTOCとの関係を書いた下記の一説があります。

トヨタが開発した方法論(TPS*)や、「制約条件の理論」(Theory of Constraints)として知られるフレームワークなど、あらゆる科学的方法論は、OODAループの中に含めることができる。(P11)

『OODAループ』

歴史の試練に耐え、長年売れている本には必ず深い洞察があります。また類書や解説本を読むときは、著者の経歴や原書との関係性にぜひ注意してみてください。遠回りにように見えても、それが一番の近道となります。

執筆者プロフィール:
若林計志 (Kazushi Wakabayashi)
 
ザ・ゴール研修」「ザ・ゴール エッセンシャル講座(個人向け)」プロデューサー、ゴールドラットチャンネル総合演出。学生時代、予備校のオンライン授業のあまりの面白さに大きなショックを受けて以来、世の中の「つまらない授業」の撲滅を目指し、米・豪のMBAプログラムをはじめ、さまざまオンライン講座プロデュースを手掛ける。著書に『プロフェッショナル演じる仕事術』『MBA流チームが勝手に結果を出す仕組み』などがある。