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教養として「戦略論」を再発見するマイケル・ポーター編 —— その①

先週10月9日、一橋大学大学院国際企業戦略研究科(一橋ビジネススクール)が主催する「ポーター賞」の2024年における受賞企業が発表されました。半導体テストのグローバルリーダーであるアドバンテスト、不動産のヒューリック、ダンボールの製造・販売を手がけるISOWA 、ゴールドラットとも近しいジャパネットホールディングスの4社です。

似たような賞に、日本に品質管理を教えたW.エドワード・デミング博士の名を冠したデミング賞があります。同様に、このポーター賞はハーバード大学教授のマイケル・ポーターにちなんだものです。

デミング博士もさることながら、ポーター教授について、名前は知っているけれども、プロフィールや研究活動について詳しい人は案外多くありません。実際、自称ポーター通の人も、ウィキペディアを信じて「ハーバード・ビジネス・スクール史上最年少で正教授になった」とか書いたりするのですが、正しくは最年少でテニュア(終身雇用資格)を取得したのであり、最初の最年少正教授に就任したのはジョン・コッターなのです(HBSのサイトをよ〜く閲覧すればわかります)。ちなみに、この記録を塗り替えたのがパンカジュ・ゲマワットで、ポーター同様、戦略論が専門です。

半世紀前には、同スクールで最年少助教授(assistant professor)となったロバート・マクナマラがよく引き合いに出されていました。彼はジョンF.ケネディの参謀、フォードモーターの社長を務め、計数管理主義のアイコンでした。

閑話休題。

WHO IS PORTER?

では、マイケル・ポーターとは、いったい何者なのでしょう。簡単なプロフィールから始めましょう。1947年、ミシガン州アナバーで生まれました(インディペンデント映画のフェスティバルで有名です)。彼の父親は大学を卒業後に土木技師となり、陸軍士官としてキャリアを重ねる中、各地を転々とし、幼少期のマイケル少年はこうした落ち着く暇のない環境で育ちました。

1969年、プリンストン大学工学部航空宇宙学科を卒業後、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に入学します。ハーバード・ロースクール発のケースメソッド教育に大きく貢献したローランド・クリステンセン教授に感化され、授業で積極的に発言する生徒となり、卒業時には、成績上位5%の学生に与えられるジョージ・F.ベーカー・スカラーを授与されます。

参考までに、このベーカー・スカラーを授与された日本人留学生に、ボストンコンサルティンググループ(BCG)の堀紘一氏と御立尚資氏、同じくBCGの卒業生で元ライフネット生命保険社長の岩瀬大輔氏、元マッキンゼー・アンド・カンパニーで一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏らがいます。

ポーターに話を戻すと、HBSでMBAを取得した後、経済学部の博士課程では産業経済学/産業組織論を専門とします。後述しますが、この選択がその後の研究と理論構築に大きく影響を及ぼします。

ウィキペディア英語版によると、彼が「競争」という概念に興味を抱くようになったのは、学生時代でのスポーツ体験だったそうですが、かくしてポーターがその第一歩を踏み出し、1973年、ハーバード大学が優れた経済学研究に与える「デイビッド・A.ウェルズ経済学賞」(David A. Wells' Prize in Economics)を受賞し、博士号取得後、若干26歳にしてHBSで教鞭を執るようになります。

ファイブフォース・モデルの源流を探る

以下では、ポーターの戦略論について概観していきますが、真っ先に紹介すべきが「ファイブフォース・モデル」です。その形から別名ダイヤモンド・モデルともいわれますが、彼のアカデミックキャリアの出発点が産業経済学/産業組織論であることを踏まえると、このモデルこそポーターの真骨頂といえるものです。

本人が「経済学者として訓練を受けており、経済学に基づく思考が染み付いている」と述べているように、このファイブフォース・モデルは、産業経済学/産業組織論におけるSCP(structure‒conduct‒performance:業界構造・企業行動・業界収益性)モデルを援用したものだからです。なおSCPモデルとは、不完全競争の下では寡占が起こり、これら寡占企業の業績が大きくなることを説明するフレームワークです。

そこで、ビジネススクールで教鞭を執るかたわら実証研究に勤しむ中で、ポーターはこのように考えました。

「産業組織論は、不完全競争下の産業において独占や寡占が生じるメカニズムを解明することである。ひるがえせば、市場競争において勝者と敗者が生じるメカニズムを明らかにできるのではないか。言い換えれば、意図的に寡占を起こす法則がわかれば、どうすれば競争に必勝できるのか——裏返せば、どうすると競争に負けてしまうのか——その方法もわかるはずだ!」

まさしく逆転の発想です。こうしてポーターは前述のSCPモデルに基づきながら、実証研究を通じて競争優位を獲得するフレームワークを編み出します。それがファイブフォース・モデルであり、別稿で説明する「基本戦略」なのです。これら2つのフレームワークを解説したのが、有名な『競争の戦略』(ダイヤモンド社|原題Competitive Advantage: Creating and Sustaining Superior Performance, 1985)です。
(つづく)

執筆者プロフィール いわさき・たくや 
ゴールドラット経営科学研究所 主席研究員 
休刊寸前だった『DIAMONDハーバードビジネスレビュー』を立て直し、同誌の編集長を足掛け15年間務める。その後、プライム市場上企業の取締役と執行役員約2万人を読者に抱える『ダイヤモンドクォータリー』を創刊し、編集長として7年間務め、現在論説委員。30代前半、日本でコーポレートアイデンティティ(CI)活動を最初に手掛けた元東レの佐藤修氏、当時マッキンゼー・アンド・カンパニーのディレクターの横山禎徳氏(故人)、江副浩正氏のブレーンを務めていた横山清和氏の3人から、奇しくも同時期に「1日3冊」の読書を勧められ、立花隆『「知」のソフトウェア』(講談社現代新書)に書かれているように、3年間ページをめくり続けた。その反動から、いまでは漫画をこよなく愛す。長野県立大学で「映画やドラマになった企業家たち」というテーマで教鞭を執る。