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【台湾有事】台湾侵攻が絶対に失敗するワケ!起これば共産党は崩壊?有事の真相について徹底検証

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はじめに

 近年、「台湾有事」というワードが度々話題に上がっています。2021年に米海軍デービッドソン司令官が「6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性あり」と発言したほか、アキリーノ海軍大将も「台湾有事は多くの人が理解する以上に切迫している」と警鐘を鳴らしたことで世界の注目を集めたのは記憶に新しいかも知れません。

 しかし、結論から言うと、近い将来に台湾有事が勃発する可能性は極めて低いです。むしろ、中国は台湾を攻めたとしてもほぼ確実に勝利を収められないほか、台湾侵攻による経済的打撃が中国に与える影響により、共産党そのものの統制が揺らいで習近平の権力が失われてしまう恐れが著しく高くなっています。

 では、なぜそう結論づけられるのか。今回はその点について、①政治②軍事③経済の3つの面から台湾有事を徹底検証していこうと思います。

目次


01.政治から見る戦争の可能性

https://www.bbc.com/news/world-asia-62970531 より

(1)そもそもなぜ中国は台湾の武力統一を目指すのか?

 事の発端は日中戦争にさかのぼります。この頃、共産党と国民党は日本に共同して対抗するために一時停戦して統一戦線を組織していましたが、1945年に日本が降伏したことでそれも瓦解し、翌年に国民党・蔣介石が共産党への攻撃を命令したことで、内戦が再開します[1]。

 当初は国民党が優位だったものの、共産党が農民や少数民族の支持を集めたことで次第に形勢が逆転し、最終的には共産党が勝利しました。ところが、敗れた国民党は日本軍の去った台湾へ渡り、難を逃れました。このため、共産党は台湾を「解放」し得ず、台湾の武力統一をイデオロギー上の目標としたのです。

(2)中国・鄧小平政権の穏健策

 ところが1982年、中国の経済的発展に伴い、当時の指導者だった鄧小平は軍事的対立による緊張を緩和して貿易や融資を促進するため、これまでの「武力統一」路線から「平和統一」路線へ一気に方針を転換するという、「改革開放政策」への切り替えを行いました。具体的には「一国二制度」による統一、すなわち高度な自治が可能な特別行政区の設立を引き合いに平和統一を図ったのです。

(3)江沢民の穏健策とその瓦解/1996年選挙

 一方台湾では、1990年に学生が民主化を求めて起こした運動(三月学生運動)が起こると、李登輝は内戦再開以来から続く、総統に憲法を越える権限を認める臨時法(動員戡乱時期臨時条款どういんかんらんじきりんじじょうかん)を廃止して内戦の終結を宣言し、憲法改正が行われたことで、ついに1996年より台湾で直接選挙が行われるようになりました。

 この台湾の民主化で中華民国の政治に台湾の民意が反映されるようになったことは、中国にも大きな影響を与えました。これにより当時の中国の指導者であった江沢民はいわゆる「八項目提案(江八点)」という穏健策を発表し、「一つの中国の前提の下でなら、どんな問題でも話し合うことができる」と示したのです[2]。 これに続いて李登輝が「李登輝六項目提案」を発表したことで、とうとう中台関係に雪どけの兆しが見られ、両岸首脳の会談すら実現可能なのでは、と囁かれるほど両岸の関係は改善しました。しかし、ここで事態は一変します。

 李登輝が、日本など他国への訪問に挑戦したのです。江沢民が打ち出した穏健策は、却って台湾の外交的空間を拡張させるチャンスを与えることになってしまいました。そして1995年に李登輝がアメリカを訪問したことをきっかけに、ついに中国はしびれを切らし、以前の融和的姿勢から態度をガラリと硬化させました。具体的には李登輝の名指し批判や台湾周辺での軍事演習による圧力で、これ以上の勢力拡大、すなわち独立を阻止しようする強硬策への転換を行い、これは後の第三次台湾海峡危機に繋がりました。

 そして1996年、この第三次台湾海峡危機により台湾周辺で大規模な軍事演習が行われているさなか、満を持して総統選挙が実施されます。中国は引き続き李登輝を名指しで批判したり、合同演習で台湾を威嚇するなどで李登輝を牽制し、総統選挙で落選させることを試みました。

 しかし、選挙結果は李登輝が勢いを減らすどころか、54%の得票率で再任を勝ち取ったのです。この要因は、中国の強硬策が却って台湾の人々の中国に対する印象を台無してしまったことでした。その結果、江沢民の強硬策は逆効果となってしまったのです。

(4)中途半端な強硬策が逆に中国を有利に/2000年選挙

 ところが、江沢民はまだ平和統一促進政策を諦めていませんでした。1997年、江沢民は第三次台湾海峡危機により関係が悪化していたアメリカとのシャトル外交(2国間の首脳が相互に相手国を訪問する取り組み)による関係改善を実現し、最終的にアメリカに「台湾独立を支持しない」という旨を含む「3つのノー」を取り付けたことで、台湾の立場を弱めることに成功しました[3]。その上、アメリカは中台間の交渉による「臨時協定」の締結を推奨し、台湾はアメリカからの圧力も受けることになります。

 中国はこの好機を活かして台湾との交渉再開へ畳み掛け、汪辜おうこ会見にこぎつけました。台湾は、この会見を「建設的対話」と位置づけて、「統一交渉」または「政治交渉」ではないと位置づけようとしました。

 ところが、中国側は、会見の直後、「両岸の政治対話が始まった」と一方的に発表したのです[4]。つまり、中国は国内・外に向けて、あたかも両岸の統一交渉が始まったかのような印象操作を行ったのでした。

 もちろん、こうした動きは台湾側を警戒させ、李登輝は「中台は特殊な国と国との関係」にあるとする「二国論」発言をし、一気に中国の反発を招くことになりました[5]。そして1999年夏には、中国は再び李登輝への非難や軍事演習による圧力で彼の強硬的な姿勢に圧をかけ、動きを封じ込めるような試みを開始しましたが、同年9月に台湾で921大地震が発生すると、この緊張は緩和しました。「台湾同胞」が自然災害で苦しんでいる時に、軍事的な圧力をかけることに正当性がなかったためです。

 こうして、中国の強硬策は中途半端なままで、台湾は2000年選挙を迎えました。今回の選挙は皮肉にも強硬策が中途半端で終わったことが功を奏してこれまでにない接戦でしたが、このとき民進党側で立候補していた陳水扁が極めて独立志向の強い人物だったため、陳水扁の当選を恐れた中国は朱鎔基しゅようき首相に威嚇的な発言をさせました。しかし、やはりこの策は1996年選挙のときと同様、却って台湾内部の中国に対する反発を強め、結果として中国が最も懸念した陳水扁が得票率わずか39%で当選するという結果をもたらしたのです。

(5)対中強硬派「民進党」の躍進

 一方、「二国論」で両岸の関係が悪化してしばらくした後、中国共産党・胡錦濤政権の譲歩や、台湾の人々からの人気が高かった国民党・馬英九前台北市長の立候補などにより、2008年に第二次国民党政権が発足し、その後は「92年コンセンサス」などを経て双方の関係は再び改善の道へと向かいました。

 しかし、2014年3月に決定的な事件が起こります。「ひまわり学生運動」という、国民党・馬英九政権の対中接近に対する、大きな反対運動が発生したのです。

 これにより今まで台湾中に蔓延していた中国に対する無力感が一気に掻き消されることとなり、「自分たちで社会を変えられる」という雰囲気に一変しました。その変化は、2014年11月の統一地方選挙で、国民党が歴史的な惨敗を喫し、次いで2016年の総統・立法委員選挙で、ついに民進党が300万票という圧倒的な差で勝利を収める形で現れました。

(6)民進党の危機と習近平の致命的な誤算/2020年選挙

 しかし、2018年になると事態は一変します。この頃、台湾の景気が低迷していたことから、中国の指導者であった習近平は「恵台31条」を打ち出しました。これは、台湾の人々に中国での雇用を提供するなどの施策を盛り込んだ台湾融和政策で、これにより台湾の人々の対中感情は高揚し、これまで優勢であった民進党は同年11月の統一地方選挙で惨敗を喫しました。

 この状況を受け、習近平は対中融和派である国民党の政権復帰を見据えた政策に切り替え、2019年には「台湾に告げる書」という、ほぼ降伏勧告とも取れる声明を発表しました[6]。

 しかし、これは致命的な誤算でした。当然、民進党の蔡英文はこの「台湾に告げる書」を拒絶する意思を表明しましたが、この蔡英文の「中国に屈しない」姿勢が、「台湾に告げる書」によって台湾で再び高揚していた反中感情を刺激し、その結果習近平の思惑とは裏腹に民進党の支持率を再燃させる契機をもたらしました[7]。

 同時期に、香港で大陸への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例改正案」に端を発した反対運動の取り締まりに暴力が伴うようになったことで香港情勢は急速に悪化し、一方的平和統一促進政策の要である「一国二制度」に対する台湾の人々の期待は大きく冷え込むこととなりました。この改正案は4ヶ月後にようやく撤回されましたが、時は既に遅く、もはや中国の主張は誰にも相手にされなくなっていました。こうした状況の中、ついに民進党の支持率が反転上昇し、2020年選挙は民進党・蔡英文の再選という結果で終わりました。

 そして結局、またもや中国は穏健策による台湾の一方的平和統一への抱き込みが逆効果しか生まないという状況に陥り、独立阻止の強硬策に頼るほかなくなってしまいました。案の定、以降は諸外国の外交承認を中国へ切り替えさせる動きや、中国軍用機・艦船の台湾周回活動が活発化したり、中間線の越境も起きるようになったりと、江沢民政権の失策時と瓜二つの状況を形作りました。

(7)習近平が外交・軍事的圧力を加える本当の理由

 このように、1996年から続く台湾の総統選挙に対する中国の政策を俯瞰すると、中国の苦悩の理由がよくわかります。中国にとってベストのシナリオは、一方的な平和統一を実現することです。しかし、台湾では中国大陸との統一はあまりに不人気であり、簡単には実現しません。

 そこで、中国は台湾の総統選挙という民主的なシステムを利用し、そのプロセスに影響力を行使しようとしますが、ここで強硬策をとれば台湾で反発が起きて、中国へ対立的な姿勢の候補が勝利します。そのため中国は経済的抱き込みなどの穏健策をとりますが、穏健策では短期間で効果が上がらず、必ずしも台湾は統一に誘導されません。

 その上、中国で指導者が自分の任期中に大きな成果を得たいという野心を持ってしまうと、一方的平和統一を仕掛けてしまいます。そしてその場合、台湾のさらに強い反発を受けることになり、結局圧力をかける方針へ転換してしまうのです。 

 つまり、現在の中国の強硬な姿勢の実態は、「習近平が大きな成果を求めたばかりに転換した強硬策が、却って台湾内部の強い反発を招き、これにより台湾への穏健策による統一政策の効力がほとんど失われてしまったため、残された手段は外交・軍事圧力のみになってしまった」という、1996年・2000年選挙時の江沢民政権とまったく同様の軌跡を辿った結果だと言えます。

 このため、現在の両岸の緊張は、中国による台湾への「侵攻の先駆け」ではなく、台湾当局の「政治的な抱き込み」を狙った背景から来ていると言えるでしょう。

(8)軍事的圧力には受動的な性格も

 ただし、留意すべき点として、中国の軍事的圧力が必ずしも「能動的」であるとは限らないことが挙げられます。例えば、2020年夏頃から見られるようになった中間線の越境は、アメリカの下院議長の台湾訪問やアメリカ艦船の頻繁な台湾海峡通過、そして台湾への大規模な武器売却に対する「報復」としての側面がありました[8][9][10][11]。

 アメリカは1972年に米中国交を樹立する際、「台湾は中国の一部であり、台湾問題に関して他国は干渉する権利を持たない」とする共同声明を発表しているほか、1998年のいわゆる「3つのノー」宣言では「台湾独立を支持しない」と発表しています[3][12]。これらの背景から、上記のように台湾の独立を支援するかのようなアメリカの行動はグレーゾーンです。したがって、中国による軍事的威圧のすべてを台湾侵攻の「先駆け」とみなすのは、やはり検証に欠けると言えるでしょう。

(9)国内の不満のガス抜き先の台湾

 また、このような軍事的圧力の背景には、台湾の政治的な抱き込みだけでなく、中国国内に潜むナショナリストの不満を抑え込む必要があるということも挙げられます。

 元来、中国では反台湾的な感情が高揚しており、それを1994年に江沢民が始めた愛国主義教育や、習近平が掲げる「中華民族の偉大なる復興」がさらに加速させています。特に、コロナ禍における中国の台湾優遇政策は国内のナショナリストたちの反発を強め、台湾との関係事務などを行う中国国務院直属の機関・国台弁(国務院台湾事務弁公室)が「売国奴」と批判される事態にまで発展しました。

 そのため、中国政府は批判の矛先が共産党に向かわないように、台湾を牽制して「共産党の姿勢は生ぬるくない」ということを彼ら示す必要があります。

 独裁という中央政府に権力が集中する体制は、国家の統制が行いやすい反面、国民の不満が直接政府へ向かいやすいという特性があるため、中国はこのような状況に直面しているのです。

02.軍事から見る戦争の可能性

https://worldview.stratfor.com/article/chinas-peoples-liberation-army-and-party-dispatch より

(1)中国と台湾との戦力差

 最初に、中国と台湾との戦力差を比較してみましょう。表を見ると中国の軍事力は台湾を圧倒しており、現役兵力や戦車の数は10倍、大型戦闘艦数で3倍、航空機数で約4倍の戦力差を誇ります[13]。

中国・台湾両軍の戦力比較図
https://seikeidenron.jp/articles/18619 より

 一見、もし台湾有事が起きても中国が圧倒できるかのように見えますが、現実はそう簡単には行きません。なぜなら、中国と台湾との間には、約150kmにも渡る台湾海峡が横たわっているためです。

 例えば、中国軍が空挺部隊を台北に降下させ、事前に潜入させていたスパイなどと協力し、現地守備隊との戦闘に勝利を収めたとしても、台湾本島のどこかに橋頭堡を築かなければ補給が行えず、ウクライナ侵攻時にキーウへ空挺降下したロシア軍のように、補給不足で次第に部隊は苦しくなり壊滅してしまいます。

 したがって、中国は台湾を攻略するに当たって上陸作戦を行う必要があり、それには地上部隊を搭載して迅速に海を渡る能力、「戦力投射」の充実が不可欠です。この点を考慮すると、中国が台湾侵攻に投入可能な兵力は非常に大きく制約されます。

(2)第一波で上陸できるのは3万人

 中国の戦力投射能力を踏まえて上陸作戦能力を分析すると、第一波で投入可能な兵力は多くても3万人程度となります。

 中国の揚陸艦艇の総数は約370隻ですが、うち上陸部隊を満載し150kmの台湾海峡を無理なく渡航できる艦艇(満載排水量500t程度)は約70隻であるため、中国軍の輸送可能兵員数は2万人強です。これに民間フェリーの徴用やヘリコプター、落下傘降下で展開できる兵員数千人を加えると、第一波で投入できる兵力は多くて3万人程度という試算になるでしょう。

 加えて、台湾海峡を航行する際には、機雷や水中ドローン、潜水艦といった障害が上陸部隊の進行を妨げます。中国がいくら隠密に上陸作戦の準備を進めようと、それには多数の艦艇や部隊が動くため、衛星や偵察機、台湾やアメリカのスパイ網に瞬時に察知され、迎撃準備が整えられることは避けられません。また、台湾が山岳地帯に隠している対艦ミサイルも中国部隊の行く手を阻むでしょう。

 それに対して、台湾側の動員可能兵力は約180万人に及びます。防衛側である台湾は、中国のように戦力投射を必要とせず、全兵力を自在に展開可能です。

 そして、台湾で上陸作戦が可能な地形は遠浅海岸の西海岸のみであることを考慮して、30万の軍を内地に残し、西海岸へ150万人の兵力を北・中・南の3区域に配置すると仮定します。この場合、たとえ中国軍はどの区域に上陸したとしても、3vs50の著しく不利な戦いを強いられることとなります。いくら航空優勢があっても、これを突破するのは極めて困難で、不可能に近いでしょう。

(3)“上陸しない”中国の戦略とその勝敗/海上封鎖作戦

 もちろん、中国もこの事実を認識していないわけではありません。2022年にペロシ米下院議長が台湾を訪問した際に行われた報復演習に見られるように、中国軍の戦略は、台湾を海上で包囲し孤立させる、上陸作戦を伴わないシナリオと考えられています[14]。

 台湾はエネルギーや食料資源を外国に依存しており、とりわけ発電用石炭と天然ガスの備蓄は2か月分未満であり、原油と食糧の備蓄はそれぞれ6か月分です[15]。さらに、台湾経済の輸入依存度は97%と著しく高く、海上交通に経済を大きく依存しています。また、輸出入の最大の相手国は対岸の中国です。

 このような経済的弱点を持つ台湾に対する海上封鎖は、台湾経済に致命的な打撃を与えることは間違いありません。しかし、これは台湾を完全に封鎖した場合に限った話であり、実際の封鎖は限定的な規模になると考えられます。

 その理由は、中国が紛争の拡大による他国の介入を恐れるためであり、台湾の封鎖は海警局などの法執行機関の元で実施され、軍隊は紛争に介入しない可能性が高いとされています。また、封鎖中においても、中国は台湾への食糧や医薬品の供給を断つことに対して国際社会から圧力を受けるため、封鎖の有効性はさらに制限される可能性があります。

 しかし、どちらにせよ中国の封鎖により台湾の貿易が大きく制限されることには変わりがなく、GDPの100%近くを輸出入に頼っている台湾にとって致命的な打撃となることには変わりません。ただし、食料や衣料品などの供給は継続されるため、封鎖が直ちに台湾を降伏させる決定打になるとは考えられず、台湾を交渉のテーブルに着かせるには数ヶ月から一年以上の時間を要すると予測されます。そしてその間にも、米国やその他の国々が封鎖を破るために軍隊を派遣する可能性や、国際的な連合を組織して中国に対して厳しい制裁を課す可能性が存在し、中国の状況を余計に悪化させる恐れがあります。

 したがって、もし台湾有事が起きた場合、その展開は巷でよく囁かれる「中国が軍隊を動員した大規模作戦を行い、日本の沖縄まで占領して台湾上陸に取り掛かるシナリオ」ではなく、「法執行機関による限定的な台湾封鎖」であると考えられます。

 また、それに伴う台湾有事の勝敗は「封鎖により台湾を経済的に壊滅させる」ことに成功した中国の戦術的勝利でありながら、「台湾を統一する」という最終目標の達成に失敗した中国の戦略的敗北となるでしょう。

 ワシントンD.C.のシンクタンク・CSISも上記と同じ見解を示しており、CSISは他にも「2026年に中国が台湾に全面侵攻した場合、中国は失敗するが日米に甚大な被害」というシミュレーションも行ったことで知られています[15]。

 ただし、ここで注意するべき点が、シンクタンクはあくまで「ある仮定の元でシミュレーションを行う」のであって、“それまでの経緯には目が向けられていない”ということです。これが台湾有事の規模について誤解される最も大きな要因であり、私たちが留意するべき重要なポイントとなっています。

(4)中国が全面封鎖に踏み切る可能性

 一方で、この不安要素を憂慮した中国が、軍隊を動員した本格的な封鎖に踏み込んだ場合はどうなるでしょうか。この場合、台湾経済への打撃力は一層強化されるかもしれませんが、その反面、国際的な非難や制裁はさらに加速し、中国もより深刻な経済的打撃を受ける可能性が高まります。また、アメリカなどが軍隊を派遣する可能性がより高くなり、軍事力世界一位の大国を相手に紛争が拡大する危険性を孕むようになるため、この手段もやはり中国にとって明確な利点はなく、全面封鎖に踏み切る可能性は極めて低いと言えるでしょう。

 では次に、中国が上記のような流れで台湾との紛争を開始した場合、それが中国の経済にどの程度の打撃を与えるのか見ていきましょう。

03.経済から見る戦争の可能性

https://media.monex.co.jp/articles/-/17518 より

(1)台湾は中国最大の貿易国

 貿易において、中国が最も依存している輸入元は台湾です。中国の主要輸入国(グラフ)を見てみると、上からASEAN、EU、台湾、となっており、台湾は事実上の国家として一番多く中国へ輸出を行っています。そのため、もし台湾有事において経済制裁が加わらないという楽観的観測をしても、中国は少なくとも輸入品の8.8%を失うこととなり、特に分量の多い電子部品をはじめとした情報通信機器や精密機器の調達面で重大な損害を被ることとなります。

中国の輸入国内訳(2022年)
https://boueki.standage.co.jp/china_export_basic/%C2%A0 より

(2)台湾企業に依存する中国電子メーカー

 中国の台湾からの輸入品目で、最も割合が多い電子部品(半導体チップ)は、実に輸入品全体の60%以上を占めており、その極めて高い依存度が如実に現れていることが伺えます。

 その上、近年はAIなどの登場により半導体チップの需要は急速かつさらに高まっており、中国もその例に漏れず、台湾への半導体依存はますます深刻化する見込みです。

台湾の対中輸出の内訳(2022年)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO76528420Z21C23A1FF2000/ より

 特に、特に3nmナノメートルプロセスの半導体チップ加工技術を持つのは台湾のTSMCと韓国のSamsungサムスンだけであり、その上Samsungサムスンは近年中国市場からの離脱が進んでいるため、現在の中国の半導体製造業はほとんどTSMCに依存している状況です。

 そして、台湾のTSMCに半導体の製造を委託している中国の電子メーカーとしてXiaomiシャオミHuaweiファーウェイが挙げられ、これらの企業はXiaomiシャオミがスマートフォンの世界シェアでAppleを超え第2位を、Huaweiファーウェイもハイエンドスマートフォンの世界シェアで第3位を誇り、両社は著しく台湾へ依存しながらも、中国の技術発展・産業基盤上で欠かせない存在となっています[17][18]。

 一方で、中国国内の半導体製造業者はどうでしょうか。中国の有力な半導体製造業者として挙げられるSMICスミックHiSiliconハイシリコンなどは、TSMCの3nmナノメートルプロセスには及ばずとも5nmナノメートルプロセスの加工技術を持っています。

 そのため、一見中国の電子メーカーがTSMCに半導体製造を委託できなくなっても、その影響は限定的に見えるかもしれません。しかし、それは誤りで、これらの企業は旧世代のDUV露光装置(=半導体を作るための装置)を利用しており、新世代のEUV露光装置を利用しているTSMCに比べて製造コストが約150%も高くなるという重大な欠点があります。

 また、中国が将来的にEUV露光装置を利用できる見込みについても、現在この露光装置の技術はオランダのASMLが独占している上に、アメリカの圧力でASMLは中国へのEUV露光装置の輸出を禁止されています。あるいは、中国が独自にEUV露光装置を開発するにも、その製作難易度は非常に高く、特にレンズの加工の許容誤差範囲は±0.1nmナノメートル(1cmの100億分の1)であり、ASMLの社長も「図面を中国に渡しても、中国は作れない」と発言しています[19]。

 したがって、将来的に中国企業がEUV露光装置を利用できる見通しは極めて悪いというのが現状です。

 そのため、もし中国と台湾が戦争に突入し、これらの電子メーカーがTSMCに半導体製造を委託できなくなった場合、中国の電子産業は致命的な打撃を受け、中国の技術発展や産業基盤に重大な支障をきたす危険性があります。

(3)中国GDPの20%を担う南東部

 台湾の対岸である福建省は、中国のGDP全体の4.3%を担う地域であるほか、隣接する浙江省・広東省もそれぞれ6.4%・10.6%と非常に大きな割合を占めています。これら3省のGDP占有率の合計は21.3%であり、これは東京の20.8%を上回る数値です。

 加えて、ここ一帯は中国の大手IT企業が集中している地域で、「BATH」というアメリカでいうところのGAFAにあたる四大IT企業の内、AlibabaアリババTencentテンセントHuaweiファーウェイの三社が本社を置いているほか、インフラ面でも高速鉄道の建設が進行しているなど、中国にとって欠かせない、かつ中国が開発に莫大な投資を行っている重要な地域となっています。

上から浙江省、福建省、広東省。この地域だけで中国のGDP全体の21%を占める。

 しかし、もし台湾有事が勃発すれば、台湾の巡航ミサイル(雄風IIE型)の射程圏内に収まるこの地域の不動産価格が急落するだけでなく、「いつミサイルが自分の頭上に降ってくるか分からない」という心理的不安によって、ほとんどの企業は機能停止に陥り、この地域の経済が麻痺することは間違いありません。

 また、紛争がさらに拡大した場合、米海軍などによって海上交通の要衝であるマラッカ海峡などを封鎖されれば、経済のほとんどを輸出入に依存しているこれら南東部、ひいては沿岸省すべての地域で物価が急上昇し、さらに経済の麻痺が拡大することは避けられません。

マラッカ海峡。海上交通の要衝であり、ここを封鎖された国家は致命的な打撃を受ける。

(4)浸透工作により揺らぐ香港情勢

 一方で、香港も有事の際の中国にとっての不穏分子です。01.の(6)で、2019年に「逃亡犯条例改正案」に対するデモが起こったと触れたように、香港では中国の支配に対する反対感情が高揚しているほか、民主活動家の逃げ場ともなっています。そのため、香港は有事の際に台湾が工作を行うのに最も適した場所であり、両岸の間で戦争が勃発した場合は浸透工作や攻撃の重要なターゲットになると考えられます。

 しかしながら、皮肉にもそんな香港は今や中国の一部として不可欠な国際物流の中心地であり、シンガポールに次ぐ世界第4位の国際金融センターです。香港には8000社以上の外資企業が進出しているほか、香港証券取引所も時価総額世界第6位を誇り、世界の株式市場でも重要な位置を占めています。

 また、香港は輸入関税がかからない自由貿易港であるため、貨物や資本が中国に流入するための重要な中継貿易拠点として機能しています。これが香港の経済が発展している根本的な理由で、香港のGDPは中国本土のGDPの2%以上の値に相当します。

 そんな中、香港が戦争に巻き込まれて不安定化すれば、企業の撤退や証券取引の停止などで中国は深刻な打撃を受け経済麻痺がさらに拡大するほか、世界経済に与える影響も大きいことから国際社会からの介入や圧力はより加速すると考えられるでしょう。

(5)台湾侵攻は習近平の自殺行為

 中国はロシアやトルコのような権威主義(民意の支持を元に成り立つ独裁体制)ではなく、依然として社会主義国家型の党独裁体制であるため、習近平が権力を維持するために必要な要素は、党内の官僚システムの安定と派閥の勢力均衡です。

 習近平が10年以上に渡る長期政権を維持できている理由は、政敵の抑圧や中間派の取り込みによって党内のバランスを取っているためであり、したがって、習近平の権力基盤は「党内や国民からの支持が高いから」ではなく、あくまで「党内の派閥が現状におおよそ満足しているから」という不安定な土台を基に成り立っています。

 そのため、もしこのような状況で軽率に台湾侵攻へ踏み切ろうとした場合、中国南東部をはじめとする勢力の反発は必至であり、かつ民間や軍部からも猛烈な反対に遭い、習近平を支える権力基盤は崩壊してしまうでしょう。

 すなわち、台湾への侵攻は習近平の政治的自殺行為に等しいのです。これは、権力や成果に貪欲な彼が最も避けたい事態でしょう。

04.なぜ台湾は独立を宣言しないのか

 では、このように中国の威勢の本質が虚構であるにもかかわらず、なぜ台湾は独立を宣言し、国際社会へ正式に復帰しようとしないのでしょうか。台湾の独立派は、中国の姿勢を「張り子の虎」、つまり見掛け倒しと評し、留意する必要はないとしています。それでも台湾が独立を宣言しない理由は、中国の真の脅しが「独立するなら道連れにするぞ」というメッセージであることと、現在の台湾の状態が独立と変わらない状況にあるためです。

 2019年、中国は国防白書で「もし台湾を中国から分裂させようとする者がいれば、中国軍は“一切の代価を惜しまず”、これを打ち砕き国家の統一を守る」と示しました[20]。これはすなわち、「独立をするようなら台湾を巻き込んで心中する」というメッセージを暗に意味しています。中国は既に自分たちに台湾を降伏させる実力がないことを織り込んでいる一方、致命的な打撃を与える実力を兼ね備えていることは認識しているため、このような牽制を行っているのです。

 一方、台湾は国交を樹立していない日本やアメリカとも「非政府間の実務関係」として、実質的に本来の外交と変わらない交流を行っています。また、国交が成立している国にしか設置できない大使館の問題に関しても、代わりとして「経済文化代表処」という大使館と機能が差し支えない施設を設置しているため、観光や移民にも大きな影響はありません。そして、台湾の二大政党である民進党と国民党も、「中華民国は既に独立国家であるため、独立宣言を行う必要はない」という見解で一致しています[21]。

 したがって、台湾にとっての「独立宣言」はあくまでメンツ上の問題に過ぎず、むしろ「対岸を余計に刺激したくない」という国民世論が反映された結果が、現在の「現状維持方針」に繋がっていると言えるのです。

 つまり、これが中国の威勢が虚構にも関わらず、台湾が独立宣言を行わない最たる理由となっています。

まとめ

いかがだったでしょうか。以上の検証を総合すると、
・中国の軍事演習は台湾当局の政治的な抱き込み、第三国の台湾問題に対する報復、国内のナショナリストの沈静化が目的
・中国は台湾に上陸できず、そのために封鎖を行うが、一方でそれも台湾を降伏させる決定打には成り得ない
・むしろ、台湾との紛争により台湾対岸の省から経済麻痺する
・加え、軽率な侵攻による党内の安定や統制が崩れ去ることで習近平体制が揺らぐ危険性
・中国の脅しは「台湾に侵攻するぞ」ではなく「台湾を道連れにするぞ」というのが実情

 となり、結論は「台湾有事で中国は勝利を収められない」かつ「台湾有事が近い将来に発生する見込みは極めて低い」となるでしょう。

 ただし、これは「中国が“能動的”に台湾へ侵攻」するというケースに限った話であり、もし偶発的に台湾を中国から切り離す事実ができた場合や、他国の動向などで中国の「レッドライン」を超える自体に陥った場合、中国が台湾に対して紛争を引き起こす可能性は十分に考えられ、「有事は絶対にない」とは言い切れないことに留意が必要です。

終わりに

 近年、日本政府はまるで「台湾有事が差し迫っている」かのように防衛費の拡大を進め、沖縄での基地建設や、兵器の購入を積極的に行っています。しかし、現在の日本は深刻なスタグフレーション(インフレ中の景気後退)に苦しんでおり、これらの問題の解決が先決なのではないのでしょうか。

 1922年にワシントン海軍軍縮条約に署名した大日本帝国第21代内閣総理大臣・加藤友三郎は、「国防は国力に相応ずる武力を備うると同時に、国力を涵養かんようし、一方外交手段により戦争を避くることが、目下の時勢において国防の本義なりと信ず。」という言葉を残しています[22]。

 つまり、軍備増強ばかりでは日本の財政・経済が破綻するため、過剰な軍拡で予算を圧迫するのではなく、「国家あっての国防だ」として外交や同盟を通じて国防を行うべきだとしています。

 現代世界の安全保障体制は、戦前の個別的安全保障・勢力均衡体制から集団安全保障体制へと移行しています。日本は資源に乏しい島国であるからこそ、加藤友三郎前首相のように外交努力によって同盟関係を構築し、莫大な費用を伴わない避戦活動に努めることこそが、日本の国防の本懐ではないのでしょうか。

 主権者は、我々国民です。ぜひ皆さんには、「〇〇政府がこう言っているから」「〇〇機関がこう発表しているから」「〇〇さんがこう主張しているから」で判断するのではなく、それらの発信内容の整合性を自身で確認して(もちろん本記事も鵜呑みにせず)、その理論に納得してから己の考えを確立して欲しいと思っています。

 また、状況は常に変わり続けているということも忘れないでください。今回はあくまで2025年時の中台関係について分析しましたが、もしあなたがこの記事が作成された数年後、あるいは十数年後に本記事を読んでいる場合、中国と台湾、周辺諸国の関係は大きく変化しているかも知れません。

 重ねて申し上げますが、皆さんには、ぜひ日本国民一人ひとりが主権者であることを忘れずに、より中立的かつ多角的な視点から政治に対する知見を深めていって欲しいと、切に願っています。

謝辞

中国の歴史や政治状況、中国軍の戦略などに関する助言や監修等の助力をしてくださったディブ さんに心からの感謝を申し上げます。
中国の電子メーカーや世界の半導体産業に関する助言をくださった@Starrail_JP さんに心からの感謝を申し上げます。
そのほか世界情勢などに関する助言をくださった政治研究グループの皆さんに、心からの感謝を申し上げます。

参考文献

日本台湾学会『台湾総統選挙の四半世紀』
アジア経済研究所『第2章 米中台関係の展開と蔡英文再選』
政経電論『【兵力想定】中国最大の「台湾上陸作戦」』
CSIS『How China Could Blockade Taiwan』
防衛研究所『台湾による中国人民解放軍の対台湾統合作戦への評価と台湾の国防体制の整備』
Newsweek『中国が崩壊するとすれば「戦争」、だから台湾武力攻撃はしない』
NHK『イチから解説 “台湾有事” なぜ? 本当に起きるの?日本の立ち位置は?』
日経ビジネス『中国が台湾統一にこだわる理由』
日経ビジネス『台湾有事が当面は起こらない2つの理由』
東洋経済新報社『習近平は「台湾統一」攻勢を強めても急がない』
東洋経済新報社『中国が台湾に武力行使をしない3つの理由』

出典

[1]世界史の窓『国共内戦(第2次)』(2024-03-16)
[2]中华人民共和国驻希腊共和国大使馆『The 8-Point Proposition Made by President Jiang Zemin on China's Reunification』(2004-08-03)
[3]Los Angeles Times『Clinton 1st to OK China, Taiwan ‘3 No’s’』(1998-07-08)
[4]人民日報『唐樹備在汪辜見面的吹風会上説両岸政治対話已経開始』(1998-10-15)
[5]西日本新聞『台湾民主化 二国論が起点』(2020-08-01)
[6]台北駐日経済文化代表処『蔡英文総統、中国・習近平氏の談話に対するわが国の立場について』(2019-01-03)
[7]中華民国総統府『總統針對中國國家主席習近平發表《告臺灣同胞書》40週年紀念談話說明我政府立場』(2019-01-02)
[8]BCC『ペロシ米下院議長が台湾を訪問、議会で演説 中国は「極めて危険」と非難』(2022-08-03)
[9]USIN News『U.S. Destroyer Transits Taiwan Strait for Second Time in August』(2020-08-01)
[10]CNN World『US sends warship through Taiwan Strait for first time under Biden』(2021-02-04)
[11]日本経済新聞『米、台湾にまた武器売却 総額2500億円 中国は猛反発』(2020-10-27)
[12]外務省『ニクソン米大統領の訪中に関する米中共同声明』(1972-02-27)
[13]IISS『The Military Balance 2021』(2021-02-24)
[14]防衛省『<解説>台湾をめぐる中国の軍事動向』(2025-01-01)
[15]CSIS『How China Could Blockade Taiwan』(2024-10-29)
[16]日本経済新聞『ASML、中国納入を保留 次世代半導体製造装置 米の規制懸念か』(2019-11-07)
[17]ITMediaMobile『XiaomiがAppleを抜き世界スマホシェア2位に カウンターポイントが8月の実績を発表』(2024-10-09)
[18]RecordChina『ファーウェイ、ハイエンドスマホ世界市場シェアトップ3に返り咲き―台湾メディア』(2024-01-04)
[19]東日本日記『EUV露光機の製造は原子爆弾より難しい?』(2020-08-19)
[20]新华网『新时代的中国国防』(2019-07-24)
[21]Newsweek『こんな場合に中国が台湾侵攻!浮上する6つのシナリオ』(2024-01-17)
[22]朝日新聞『「必敗」の分析、東条英機らは耳貸さず 国力無視の発想が行き着く先』


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