中学受験の先を見据えた中学受験なのか?
中学受験tweets がなぜか私のTwitterに流れてくるようになった。
自分では投稿しないので投稿0なんだけど、何に反応してか、アカウントフォローも0でも"you might like"のところに流れてくる。
中学受験ってよく 母親の狂気と父親の経済力だっていうけど(共働きだから別に父親の経済力じゃないだろうに)
非中学受験経験者として色々面白いなと思ったので考えてみた。
中学受験メリット
経済力あるなら、アメリカの日本の国立の10倍の学費と生活費を払えたりするんだろうけど 無理なら、一番安全な選択肢ってこと。(奨学金を子どもに借りさせて返済させるとしてもアメリカの一流大学に行かせるとなると、インター卒か高校からボーディングかとかが多いと思う。)少数で、頑張って進学校から海外大の人もいるけどまあ、個人の情報収集と努力に依存している気がする。
日本の大学受験を目指すんだったら、先取りで六年間中四年、五年で全て終わらせて、残り1−2年で受験勉強に集中するというのもわかる。
地方公立育ちの私は小学校の頃、何もしなくてもいつもテスト満点だったから、(調子に乗っていたし、周りはバカだと思っていた。世間を知らなかったから。)そこで中学受験して世間の厳しさを知っておくとかすれば、小学校時代しっかり勉強したのかもしれないと思った。
都内だと公立中学の治安が悪いから私立進学当たり前っていうのもわかるし。染まりやすい子っているわけで。公立中で染まってグレたりして面倒なことになるくらいだったら、安全な道へという親の気持ちもわかる。
下手にインター行って日本語ままならない人が育った時に、将来何を武器に戦うんだろうと思う。英語ができるなんて腐るほどいるグローバル社会で、マーケターやコンサルなんか腐るほどいて、(科学者とかは違う)その中からなぜあなたを選ぶってなった時に 強みの一つが日本社会をわかってる、日本語で仕事をしてた、日本人の考え方がわかる とかだと思うから、日本文化という意味で日本の基礎の確立は必要なのかもしれない。
中学受験デメリット
令和になっても日本式教育日本のいい大学っていうのを目指してるんだろうかって思う。日本の大学でて世界で戦える時代は終わったと思うし(日本の大学は現時点では教授陣からもわかるようにグローバル化とは程遠い)。日本教育育ちはそこの概念をなかなか抜けられない。現に今の中学受験の親世代は自分の時代の価値観を引きずりながら子に受験させているように見受けられる。
公立中学に行くと、びっくりするような価値観や家庭環境の子とかいて、それはそれでいい社会勉強だったと思ったりした。将来いろんな人と関わって生きていくわけで、ぬるま湯的な同質性の極めて高いコミュニティにいて、Diversity and Inclusionな社会とかの実感が湧かないんじゃないかと思う。価値観が固定化されるし。
同じ価値観で同じようないい子に囲まれて、現実世界の汚い苦しい部分を見ないで過ごしていくって安全で守られてるよね。その安全で守られている環境を提供してあげるのは親の優しさなんだろうか。
小学校時代が人生で伸び伸びと子どもを満喫できた最後の時間だったから、受験しないで、自分の人生を楽しむって、人生には必要な時間だとも思う。
自分が12歳の親だったら
自分が子どもできたら日本の同質性を強要する教育制度に当てはめたくはないなとは思う笑 海外で育って、週末に日本人学校行って、帰国子女枠か もしくは海外の大学行ったらいいのではと思うけど、
子どもの意志次第だよね。誘導はしたくないけど。私は指図したところで未来の子どもの人生に責任は持てないからね。(おそらく先に死ぬから)
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