見出し画像

葡萄味の歯磨き粉

「次の検診までにしっかり磨いてきてください」

また、歯医者に注意されてしまった。
毎日2回ずつ歯磨きをしているのにも関わらず汚れているなら、1日3回、4回と回数を増やさなければならないのだろうか。
天井知らずに回数が増加し、歯を磨くためだけに寝起きする屍のような人生を想像しゾッとする。

歯医者からの帰り道。
気を落としていても、生活必需品を仕入れるためスーパーへの寄り道は欠かせない。入店すると、あっという間にカゴの底が見えなくなる。
トイレットペーパー、サランラップ、各種調味料そして、ディズニーのぶどう味歯磨き粉。


"ディズニーのふどう味歯磨き粉"


僕に子供は居ない。
これは僕用だ。
断じてこれが歯医者に注意される理由ではない。 世間のルール通りに、歯磨き粉を使い、歯磨きをしているのだ。これが原因なら世の中何も信じられなくなる。
にもかかわらずディズニーのぶどう味歯磨き粉を使っている話を周りにすると、鼻で笑われる。
「お子ちゃまwそんなんで磨いて意味あるのw」
あるだろ、どう考えても。

どうか、自身の首を締めていることに気が付いて欲しい。
僕が歯医者に注意される原因が、この歯磨き粉にないと証明された瞬間、日々のぶどう味の美味しさ分僕が勝ち逃げするのだ。
その時くやしい気持ちになるのは目に見えているのだから、馬鹿にするのは控えておいたほうが賢明だ。

そもそも、そんな風に笑われてしまうのを我慢して、ディズニーのぶどう味歯磨き粉を使い続ける固い意思を持っている人間の方が、よっぽど大人だと思う。
ミント味のする歯磨き粉を使って大人扱いされるのは、多く見積もっても小学生まで。
意思無くミント味の歯磨き粉を使い続けている方がよっぽどお子ちゃまだ。

まあしかし、世の中多数の声が、大人がディズニーのぶどう味歯磨き粉を使うことを否定する以上こちらも強くは主張しない。まだ証明も出来ていないし。
もう社会人。長い物には巻かれるのだ。

そのためカゴに追加で、たべっ子どうぶつを入れる。これは反対派の攻撃から身を護るためのカムフラージュだ。
鋭い店員に、このディズニーのぶどう味歯磨き粉が僕用だと悟られ攻撃されないように、架空の息子を演出する。幼児が好きな菓子筆頭を利用し、架空の息子の輪郭を濃くしたのだ。

無事に会計が済むと、パッケージのミッキー達が少し安心した表情をする。
今夜の歯磨きも楽しい時間になりそうだ。




と、いつまで言い訳を続ければいいのだろう。
美味しさ分勝ち逃げ。世間に笑われようとも意思を貫いているのだから関係ない。
こんなもの無茶な言い訳だ。あまりにも苦しい。僕はただ、ミント味が苦手なだけだ。ウッとなってしまうだけだ。だから使えないのだ。
本当は、ミント味歯磨き粉を使って、皆と歯磨きトークに花を咲かせたい。

ぶっちゃけるとこれは多分、乳歯用の歯磨き粉だ。すぐに生え替わるからどんな虫歯になってもかまわない乳歯。この時点で不安しかない。
そもそも口いっぱいにぶどう味を塗りたくるだけで歯磨き完了だなんて、そんな色んな意味で美味い話があるわけがない。

しかし、ミント味と相容れない僕は、「磨かないよりはマシだろう」と、この歯磨き粉にすがるしかない。
だから社会人という立場の最後の抵抗として、ぶどう味の歯磨き粉ではなく、葡萄味の歯磨き粉と漢字表記呼ぶこととした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?