ビーフシチューを作ろう
ここ4日はライブに行きまくった。
純粋な三連休は久々だったし、何か制作に追われてるわけでもないのでのんびり楽しもうと思った。
が、ちょいとばかり暴飲暴食が祟ってむしろ体調が悪化した。
特に一昨日の夜はずんぼりと酒飲んでその後超こってりラーメン食べたら具合悪くなり、にも関わらずに酔っ払って爆安弁当を2個も買って帰り、その日のうちには食えずに翌朝食べた。
以降、酒で荒れて胃がボロボロになって何も食えずにライブに行き、ライブを存分に楽しみ(本当にどのバンドもカッコよく、盛り上がっていた。)オレそのものはいよいよ体力的にキツくなって終わるなりすーっと帰った。
帰り道、家系ラーメンの看板が目に入る。
見ただけで胸焼けしそうだ。
しかし、こんな調子じゃ明日から働けない。
何か食べやすくて栄養があるものを食べたい。
「よし、ビフテキにしよう。」
ビフテキとはビーフステーキの事である。
何で食べやすいものでその連想になったのかサッパリわからないが、とにかくそう思った。
添えるのはフランスパンにしよう。
サニーでステーキ肉を買おうと思うも、高いしデカすぎる。こんなにはいらない。
隣に鎮座する「シチュー、カレー用」と書いてある角切りの牛肉があり、じぃとステーキ肉と見比べる。そう変わり映えせぬ。
切ってあるかないかの違いではないか、と案じてこれを手にとる。
焼けば結局は同じ事。これも認知の問題よ。
中身は同じでもパッケージに「これはステーキ用です」「これはカレー用です」と書かれていれば消費者は喜んでそれを買うだろう。
シャンプーのパッケージに「潤い成分アップ」だとか「ダメージヘア用」とあれば、その潤い成分が何であるのかもわからずにやった、これで私の髪の潤い成分アップ、とばかりに喜んで買うだろう。
俺たちはいい加減、その認知の先に行かねばならぬ。
肉の部位?そんなもんはオレには解らぬ。
家に帰って、さあ焼くかと思っていたら小川から電話があり、喋ってゲラゲラしていたら肉を焼くのも面倒となり、ついでで買った惣菜の鱈をちょいとつまむと満足して寝た。
起床。
起床して最初に思ったのは素晴らしい昨夜のライブの事ではなかった。
昨夜のライブを深く想ってはいたが、焼き損なった肉のことがオレの心を包んだ。
忘れていたあの肉、焼くか。
そう思うも、一層疲れ、痩せこけた胃ジウシイな肉を食べようなんて気にはならなかった。
それに一緒に買ったフランスパンのパサパサとした感触を考えるに、朝の乾いた状態の自分にはステーキとパンを食うに容易くない。
それに、一晩置いたことでそもそもの肉がレアで食べたかったのに、これレアで食って大丈夫か?煮込んだ方が良くねえか?といった状態になっていた。
「そうだ、いっそビーフシチューにしよう。ビーフシチューなんかステーキよりもよっぽど食べてない。それに、野菜やなんかをいれたら栄養素も豊富で良さそうだ。」
シチューにパンをふやかして食べるのも良い。名案だ。
ちょうど、目の前のコンビニで野菜を買い足せばあとはビーフシチューのルーでも買ってきて簡単に作れる。
早速オレはコンビニに向かった。
コンビニのルーコーナーに行くと「あ、あれ?無い、無いぞビーフシチューのルーがねぇじゃあねぇか!」とオレは焦った。
カレールー、もちろんある。何種類もある。シチュー、これもある。ハヤシライスのルー、ほうほう、なんとこれも2種ある。
なのに!なんでねぇーんだよ、『ビーフシチューのルー』はよぉ!!
作るだろ!急に!ビーフシチュー!
いやオレ、作ったことあるか覚えてねえくらいオレは普段作んねぇけどよ、結構ポピュラーだろ!ハヤシライスはあるのによ!
ハヤシライスの方がよっぽど作んねえだろ!どういうテンションの時にハヤシライス作るんだよ、カレーにするだろ!
と、オレは超がつくほど利己的に怒った。
こういう、自分の視野でしか物事の良し悪しを判断出来ずに、その上その狭い世界観を周りに押し付ける奴が政治家になったりすると国が傾くのである。
とはいえ、この窮地を乗り越えるべくオレは案じた。
まず一番は他のスーパーに行く事だ。しかしそれは時間と労力がもったいないし、大体、昨夜の食べそこないをお手軽に調理したいのに、そのためにわざわざスーパーに行くなど本末転倒、笑止千万だ。
そこでまたビーフシチューのルーがねえ、なんて事になったらバカ丸出しだ。
そこで考えるのが、この「ハヤシライスのルー」を応用する事だ。
オレは昔から常々「ハヤシライス(ハッシュドビーフ)」「ビーフストロガノフ」「ビーフシチュー」の違いに疑問があった。
どれも牛肉をマッシュルームや玉ねぎと煮て、トマトソースやデミグラスソースで味付けした料理であり、酷似している。
そして結論だが「それ本体に違いは無い」という結論になった。
違うのは歴史的背景にある。ビーフストロガノフは東欧、「ビーフシチュー」「ハッシュドビーフ」は西洋にルーツを持ち、「ビーフシチュー」「ハヤシライス」は日本独自に明治文明開花以降に発展したものだ。
『歴史』では分類できるが、『製法』で分類するとこれらは極めてややこしい事になる。
『ハッシュドビーフ(意訳:いとも容易く切り刻まれた牛の肉)』はその名のとおり、肉や野菜を薄切りにしていることを意味する。
したがって、角肉を使って調理したものはハッシュドビーフに当たらない。なので、この軍団の中では一番定義がハッキリしていると言えよう。
しかし、このハッシュドビーフをルーツとするハヤシライスはこの定義に当たらない。
いや、人によっては当たるかもしれないが「角切り肉のハヤシライス」と言われて食卓に出されたとしても、あまり怒る人もいないのではないか。
「ビーフストロガノフ」「ビーフシチュー」になると更にレシピが自由になり、もはやディティール、個人の意識の違いになってくる。
例えばだが、オレが昔働いていた洋食屋ではランチにビーフシチューもビーフストロガノフもあった。
味付けは分けられていたが、単に使用するデミソースの風味の違いであった。
ただ、具は違った。ビーフシチューにはじゃがいもが入っていたが、ストロガノフには無かった。
実際、調理長にこの二つの違いを聞くと「ビーフストロガノフは肉メイン、ビーフシチューはイモもメイン」と言っていた。
ん、じゃあジャガイモを抜いたビーフシチューはビーフストロガノフになるのか?
世の中、ジャガイモのないビーフシチューは山ほどある気がするが…。
宇宙の果てについて考えている様な気分に陥った。
さて、ではハヤシライスのルーでビーフシチューが作れるものか、これはかなり微妙なラインになってくる。
ビーフシチューのソースは基本的にはデミグラスだが、ある一定量ケチャップやトマトソースを加えたりする。
一方でハヤシライスはトマトソースの方がベースとなっており、そこにデミグラスソースが入っているパターンが多い。
このコンビニのハヤシライスのルーなどはまさにそれであろう。
だが、それはオレが家にある調味料を駆使する事でビーフシチュー寄りに調整することはいとも容易い。だがしかしである、一方で頭の中で過ぎる思いがある。
一生懸命調整したビーフシチューを一口食べてこう思うのではないか。
「やっぱりコレ、ハヤシライスだ…」と。
これは落ちる、テンションがガタガタに落ちる。
しかもご飯はない、パンだ。
パンでハヤシライスを食うのか。
それは気分じゃなさ過ぎる。
「いや待てよ、そもそもがルーの素なんかに頼るのが間違いだ。ルーくらい作れらあ。ビーフシチューは作った事がないが、カレーもクリームシチューもどっちもルーなんか簡単に作れる。デミグラスソースも別に簡単だろ。まず赤ワインで野菜を煮てだな、おっと、赤ワイン家にねえな。んで小麦粉をバターで炒めてブラウンソースを作ってだな、おっと、小麦粉もねえな。」
…
致命的、あまりにも致命的欠如。
デミグラスソースを作るのに赤ワインも、ましてや小麦粉も無いのはあまりにも致命的過ぎる。
キャンプに来たのにナイフも飯盒も無いくらいに致命的、ハードコアパンクバンドをやるのに
楽器が木琴とカスタネットしかないくらいに致命的。いやそれはちょっと見てみたいが。
けど、まあいうて赤ワインと小麦粉さえあればいいのか。そんなもんコンビニにもある。
あとはなんだ?ローリエにニンニクとかか?あるある。それは家にある。なんでローリエは家にあるのに赤ワインと小麦粉はねぇーんだよ、って気はするが、ある。
早速小麦粉を見つける。
日清製粉Flower(薄力粉)
1kg 388円
えっ、1キロ!?デカくない!?
いや、確かに小麦粉って普段もこのくらいのサイズで買うけどさあ、使い切ったためしがないんだよね。
つか、日本人の食生活でそんな小麦粉をボンボン使うのか?パン作りとか、しないでしょ、そんな。趣味だろそれは。
そんなにみんな家で天ぷら作ったりお好み焼き作ったりするの??それともうどんでも捏ねてんの?うどんは強力粉だろ!
一人暮らしのやつってそんな天ぷら作んないでしょ、んでコンビニってさあ、一人暮らしのやつとか結構行くわけじゃん。もっと片栗粉みたいな200gくらいのサイズ感置いてても良いと思うんだよなあ。オレ、これ買ったとしても使うの大さじ2杯やぞ。
ま、でも小麦粉ってこんな感じで、いる時いるんだよなあ。避けてるだけで。
これも年貢の納め時、買うか…。
と小麦粉片手にワインのコーナーに向かうとあら料理向けの赤ワインが少ないわね。高いのしかないじゃないの。
オレ、ワインとか飲まねえしなあ〜、あったら飲むけどしかし地味に高え…。
しかもこれ、小麦粉と合わせると1000円近くになって、具材と合わせると2000円くらいになるぞ。何でもない朝ごはんにかける金額を超えてるだろ。
ふと、ハヤシライスのルーの金額を見る。
138円だった。安すぎだろ。
その瞬間決めた。
オレはこのハヤシライスのルーで最高のビーフシチューを作る。絶対にハヤシライスではないビーフシチューをな。
これは逃げではない。オレならあるもので何でも作れるという挑戦なのだ。
オレは必ず帝王に返り咲ける男なのだ。
そしてオレは小麦粉と赤ワインを棚に戻し、ハヤシライスのルーの素をレジに差し出した。
最高のビーフシチューは煮込みに時間をかける。
具材を炒め、ローリエを入れ、かれこれ1時間以上煮込んでいる。
煮込む時間が退屈なのでこれを書いている。朝ごはんの予定がもう昼だ。
ぐつぐつ煮込まれた具材はこれだけで食えそうなほどに美味そうだ。
さあ、ぶちこんでやる。ハヤシライスのルーを。
そしてオレのマジックによって生まれ変わるのだ、ビーフシチューへと。
それこそが人類の認知を更に先へと加速させていくのだからだ。