「アツィナナナの雨林とレムリア・パンゲア論争」世界遺産の語り部Cafe #18
今回、お話する世界遺産はマダガスカル🇲🇬の【アツィナナナの雨林】について。
生物の標本室
アツィナナナの雨林は、世界で4番目に大きい「マダガスカル島」の世界遺産です。
動植物が独自の進化を遂げたこの地では、1万2000種の植物の固有種が確認されており、動物の固有種も多数に上ることから「生物の標本室」とも呼ばれています。
マダガスカルで見られる120種以上の哺乳類のうち、78種類はアツィナナナの雨林に生息しており、そのうち72種類は絶滅危惧種に指定されています。
絶滅が危惧される主な理由として、一帯では森林伐採と密猟の問題が深刻化しており、2010年には「危機遺産リスト」に記載されました。
謎のキツネザルと“レムリア大陸仮説”
19世紀の生物学者、「チャールズ・ダーウィン」が発表した『種の起源』において提唱される進化論に基づけば、同一の祖先から進化した生物は比較的近接した地域に分布していることになります。
つまり、ある特定の種が絶滅したとして、少なくともその化石は仲間の近くで見つかるはずですが、マダガスカルの動物相においてはその法則が当てはまりませんでした。
特に不思議な点は、マダガスカルに生息する「キツネザル(レムール)」は、海を隔てておよそ400キロと最も近接するアフリカ大陸には生息が確認されておらず、化石すらほとんど発見がないことです。
一方でマダガスカルのキツネザルの化石種は、なぜかインドから発見されており、近縁の原猿類はマダガスカル島を挟んでアフリカ中部、東南アジアのマレー半島、インドネシアにのみ生息していました。
イギリスの動物学者で、動物地理区の研究で功績を挙げた「フィリップ・スクレーター」は、ダーウィンの進化論を支持する一人でした。
マダガスカルの動物相と進化論の学説との間に生じている不一致に対して、スクレーターはある仮説を立てます。
スクレーターは、太古の昔にマダガスカルとインドを結ぶ、地続きの陸塊がインド洋に存在していたと仮定した上で、その大陸をキツネザルの学名である「レムール」にちなんで、「レムリア大陸」と名づけました。
ドイツの動物学者「エルンスト・ヘッケル」は、自著の『自然創造史』においてレムリア大陸こそが人類発祥の地であると主張するなど、スクレーターの立てた仮説を後押しする気運が高まっていきます。
大陸移動説とプレートテクトニクス理論
しかしながら、スクレーターの仮説は20世紀に入るとアルフレート・ヴェーゲナーの提唱した、「大陸移動説」によって否定されることになります。
↓大陸移動説については下記の記事でも言及
大陸移動説とは、太古の昔に存在した「パンゲア大陸」といわれる超大陸が分裂して別々に漂流し、長い時を経て現在の位置・形状に至ったいう説です。
もともと存在していた超大陸が起源であると仮定した場合、マダガスカル特有の動物相の説明としても合点がいきます。
やがて、ヴェーゲナーの大陸移動説は、カナダの地質学者ジョン・ツゾー・ウィルソンの「プレートテクトニクス理論」によって裏付けられることになります。
プレートテクトニクス理論とは、地球表面が10数枚のプレートにより覆われ、各々が独自の動きをしており、プレート同士が接する境界部付近では、地震や火山といった活発な地学現象が生じることになるという理論です。
プレートが移動するという概念は、近年の研究ではもはや仮説でなく、事実として認識されていることから、間接的に大陸移動説の証明にも繋がったというわけです。
マダガスカル計画と『進撃の巨人』
外界と隔絶された島国のマダガスカルは、ナチス・ドイツによって立案された「マダガスカル計画」により、ヨーロッパ中のユダヤ人を送り込む場所として選定されていました。
当時はフランスの植民地であったマダガスカルですが、イギリス軍が「マダガスカルの戦い」によりナチスの傀儡政権から島を奪取したことで、計画は頓挫することになります。
マダガスカルは、ナチスによる一連の計画が立てられていた事実から、漫画『進撃の巨人』の主人公たちが生まれ育ったパラディ島のモデルであることも知られています。
マダガスカル計画が実行される世界線があった可能性について想像を巡らせると、つくづく人間の恐ろしさを痛感してしまいますよね。
【アツィナナナの雨林:2007年登録:自然遺産:2010年 - 危機遺産《登録基準(9)(10)》】