見出し画像

「ローマ帝国の五賢帝と“パクス=ロマーナ”」世界遺産の語り部Cafe #19

今回、お話する世界遺産はイギリスの🇬🇧【ローマ帝国の境界線】について。



ローマ帝国の栄枯盛衰を物語る長城


世界遺産に登録された、ローマ帝国時代の境界線で最も有名なものは、グレートブリテン島北部にある「ハドリアヌスの長城」です。

ハドリアヌスの長城

ハドリアヌスの長城は、ローマ皇帝「ハドリアヌス帝」が2世紀頃に築いた120キロに渡る防壁で、「ケルト人」や「ピクト人」など、ローマ帝国に与しない北方民族の侵入を阻む目的で建造されました。

ハドリアヌス帝

ハドリアヌスの長城より以北は、ローマ帝国によってかつて「カレドニア」と呼ばれた地で、当時よりそのまま今日における「スコットランド」との境界線となっています。

スコットランドの景観とバグパイプ

2005年には、ドミティアヌス帝が建造したドイツの「リーメス」、2008年にはハドリアヌスの後継となった「アントニヌス=ピウス」が、ハドリアヌスの長城のさらに北方に築いた防壁が拡大登録されています。

ドミティアヌス帝
アントニヌス=ピウス

ドミティアヌス帝は、暴虐な治世を行ったことで、元老院によって人物記録の破壊処置である「ダムナティオ・メモリアエ(Damnatio Memoriae)」を受けた皇帝としても知られています。

「五賢帝」にも名を連ねるハドリアヌス帝の築いた長城は、ローマ帝国が“繁栄”を極めた時代を象徴する遺物です。

一方で、リーメスはゲルマン民族の侵入に備えて築かれたものの、最終的には「フン族」の西方遠征に端を発する「ゲルマン民族大移動」を起因に、“衰退”の一途をたどります。

フン族の西方遠征
リーメスにあるザールブルク城砦

世界遺産の長城を通じて、帝国の栄枯盛衰が垣間見えるところが面白いですよね。


五賢帝時代と“パクス=ロマーナ”



ローマ帝国に「五賢帝」が君臨した2世紀頃は、いわゆるパクス=ロマーナ(ローマの平和)と言われており、ローマという強国の統治によって平和と繁栄を享受した時代でした。

五賢帝とは、

  1. ネルヴァ

  2. トラヤヌス

  3. ハドリアヌス

  4. アントニウス=ピウス

  5. マルクス=アウレリウス=アントニヌス


 の順で即位した、優れた5人のローマ皇帝を指します。

左からネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス=ピウス、マルクス=アウレリウス=アントニヌス

カレドニアを除くブリテン島、およびヨーロッパ大陸の大部分を植民地としたローマ帝国は、“攻め”のトラヤヌスが北アフリカ、アラビア、ダキアを平定して領土を拡大した後、その後継のハドリアヌスが長城を築くなどして“守り”の政策を行いました。

ともすれば、パクス=ロマーナは強大な一国による統治が平和をもたらした一例であり、しばしば大英帝国による「パクス=ブリタニカ」や、アメリカの「パクス=アメリカーナ」の時代のように引用されることがあります。

(i.e., 徳川幕府のパクス=トクガワーナ、オスマン帝国のパクス=オトマニカと呼ばれることも)


世界遺産における2つの概念



ローマ帝国の境界線は、2度に渡る拡大登録によって“シリアル・ノミネーション・サイト”と“トランスバウンダリー・サイト”を共に満たす世界遺産となりました。

世界遺産におけるシリアル・ノミネーション・サイトの定義は、「必ずしも個々ではなく、文化的・歴史的背景、自然環境などが共通する複数の遺産を合わせて、価値が認められた世界遺産」のことを指します。

五賢帝時代に築かれ、地理的には離れているハドリアヌスとアントニヌス・ピウスの長城が、その好例です。

さらに“トランスバウンダリーサイト”とは、端的に表せば「人為的に決められた“国境に捉われない世界遺産”」です。

元々は、国家の概念とは関係なく存在する自然遺産への適用を目的とした概念でしたが、場合によっては文化遺産にも適用されます。

また、“できる限り関係締約国が共同で登録推薦書を作成し、共同管理委員会・機関などを設立して遺産全体の管理・監督すること”が推奨されています。


『第九軍団のワシ』に見る“異世界”への誘い



『第九軍団のワシ』は、ローズマリー・サトクリフによる、ハドリアヌスの長城を舞台にしたベストセラー小説です。

ローズマリー・サトクリフ

2011年には、スコットランド・グラスゴー出身の映画監督であるケヴィン・マクドナルドによって映画化されました。

ケヴィン・マクドナルド

あらすじ

ブリタニアに派遣されたローマ軍人マーカス・フラヴィアス・アクイラは、消息を絶った父の行方を追う。

彼の父が指揮した第九軍団ヒスパナは、ハドリアヌスの長城より北に遠征し、名誉を象徴するワシの像もろとも、長らく行方不明であった。

マーカスは彼が助けたブリトン人奴隷のエスカを連れ、長城を越えて父と“ワシ”を探す旅に出る。

原作者のサトクリフは、ハドリアヌスの長城から以北を“異世界”に見立て、マーカスの成長物語を描いています。

“主人公が異世界に旅立ち、幾多の経験を経て成長し、元の世界に戻っていく”という展開は、イギリス児童文学における王道パターンだったりもします。

『ハリーポッター』シリーズや、C・S・ルイスの傑作である、『ナルニア国物語』などにその典型を見ることができますよね。

『ハリー・ポッター』シリーズ
『ナルニア国物語』
C・S・ルイス

当時のローマ人にとって、ハドリアヌスの長城を越えた先の領域は、未知なる異世界にも見えていたのかもしれませんね。

【ローマ帝国の境界線:1987年登録/2005年、2008年範囲拡大:文化遺産《登録基準(2)(3)(4)》】



いいなと思ったら応援しよう!