「ハルシュタットの幻想風景に見る“ケルト的”ファンタジー」世界遺産の語り部Cafe #24
今回は、オーストリア🇦🇹の世界遺産【ハルシュタット=ダッハシュタイン/ザルツカンマーグートの文化的景観】についてお話していきます。
“世界一美しい”と称される湖畔の街
オーストリア中央部に位置する「ハルシュタット」は、「ザルツカンマーグート地方」に位置するアルプス山脈に囲まれた湖畔の街です。
ザルツカンマーグートとは“良い塩の産地”という意味を持つように、この地は古来より塩の産地として栄えてきました。
古くは「ローマ帝国」の時代より採掘が行われてきた岩塩は、中世において“白い黄金”と呼ばれるほどの価値を持ちました。
岩塩が豊富に採れるハルシュタットは16世紀に「神聖ローマ帝国」に国有化されて以降、「ハプスブルク家」にとって重要な財源となります。
また「木造家屋」の立ち並ぶ街並みは、アルプスの自然と調和した美しい景観から“ザルツカンマーグートの真珠”と称されます。
ハルシュタットに認められる“文化的景観”
“世界一美しい湖畔”と呼ばれるハルシュタットは、地質学的に重要視される「ダッハシュタイン山」と併せ、世界遺産における価値基準である「文化的景観」が認められています。
文化的景観とは、「第16回世界遺産委員会」で採択された概念です。
これは“人間社会が自然環境による制約の中で、社会的、経済的、文化的に影響を受けながら進化してきたこと”を示す遺産、つまりは「“自然”と“人工”の双方を合わせ持つ景観」を指します。
そのため、分類としては「文化遺産」の範疇ではありながら、「文化遺産」と「自然遺産」の中間に相当する遺産に適用される文化的景観は、それぞれ下記の3つのカテゴリーに分類されています。
人間によって意図的に設計された「意匠された景観」
自然の要素がその地の民族に多大な影響を与えた「関連する景観」
自然環境に対応して形成された「有機的に進化する景観」
最後の「有機的に進化する景観」に関して言えば、すでに発展が終了して“過去の景観”と化した「残存する景観」と、“現在進行形”で人々の暮らしと共存する「継続する景観」に分岐します。
文化的景観の価値が認められて以降、より柔軟な文化遺産のカテゴライズが可能となったことにより、世界各地の文化や伝統の多様性の保護を促進しています。
“ハルシュタット文化”とは何か
ハルシュタット周辺では、先史時代の墓地や青銅器など多くの遺物が発掘されています。
これらの遺物は、紀元前10世紀~前5世紀の「青銅器時代」から「鉄器時代」への過渡期にかけて、高度な文化が存在していたことを示すもので、「ハルシュタット文化」と呼ばれています。
青銅器時代とは、鉄器を初めて精製したと言われる古代「ヒッタイト王国」の滅亡に端を発し、鉄器製造技術がヨーロッパに流入する以前の時代を指します。
「ケルト人」によってもたらされたハルシュタット文化は、紀元前5世紀からは当時のヨーロッパの大国である「エトルリア」や「ギリシャ」の影響下で「ラ・テーヌ文化」へと昇華していきます。
それに伴い、ヨーロッパ各地に離散したケルト人たちは、他民族に吸収されていきます。
ファンタジーな世界観を持つケルト人
ローマ皇帝「ユリウス・カエサル」は、自身の著した『ガリア戦記』で、ガリア地域のケルト人について言及しています。
カエサルは、ケルト語で“戦士”を意味する「ベルガエ人」というケルト民族の勇猛さを称えており、“ベルガエ人”は後に「ベルギー」の国名の由来となりました。
さらに「ロンドン」はケルト語の“沼地”を語源としており、セーヌ河岸の「シテ島」に集落を築いたとされるケルト系の「パリシイ族」は、同言語で“セーヌ川で船に乗る者”を意味し、「パリ」の語源となります。
そして“島のケルト”であるブリテン諸島のケルト人たちは「ブリトン人」と呼ばれました。
ブリトン人は、ローマ時代「アルモリカ」と呼ばれたフランス北西部の半島に移り住んだことで、「ブルターニュ地方(“ブリトン人の地”の意味)」の語源となりました。
ケルティック要素が影響した『郷士の話』
ブルターニュ地方と言えば、14世紀の作家「ジェフリー・チョーサー」の『カンタベリー物語』を構成する短編エピソード、『郷士の話』の舞台にもなったことでも知られています。
『郷士の話』の冒頭、ブルターニュ地方でアルヴェラグスとドリゲンは、新婚生活を謳歌していましたが、やがてアルヴェラグスはブリテン島に旅立ってしまい、アウレリウスという若者が、一人残されて悲しみに暮れるドリゲンに、夫の留守を狙って求婚します。
ドリゲンは“夫が船で帰る際の障害となる海の岩を全部取り除いたなら”と、無理難題な誓いを立ててあしらいますが、その不可能に見える条件を突き付けられたアウレリウスは、魔術師の助力を得てそれを成し遂げようとする、というお話です。
『カンタベリー物語』に編纂された短編集の中でも、ケルト神話の代名詞と言えるファンタジー要素が強い『郷士の話』を通じて、ブルターニュ地方は過去のある時点において、ケルト文化的な影響を受けていたことが推察できますね。
ハルシュタットの幻想的な街並みにおいても、この地にかつて定住していたケルト人の世界観が、少なからず投影されているのかもしれません。
実際に、私自身もミュンヘンに住む友人とドライブでハルシュタットを訪れた際には“世界にはこんな美しい場所があるんだ”と、驚嘆したことがあります。(実はドイツのミュンヘンから車でおよそ4時間程度と意外に近い!)
周囲をアルプス山脈にぐるりと囲まれた、都会の喧騒とはかけ離れた湖畔の街ですが、アルプスの大自然と人々の営みが共存したハルシュタットの風景を眺めながら、粛々と感動していたことを良く覚えています。
【ハルシュタット=ダッハシュタイン/ザルツカンマーグートの文化的景観:1997年登録:文化遺産《登録基準(3)(4)》】