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自分で自分の人生を創っていく


そもそも、自分はもう自分が出来上がってしまっていて今のまま変わらないというか。根本というか、そんなに変化することが無いものだと思っていた。変わるというのは「生まれ変わる」とか変革とかものすごいものであって、ごく普通の私には到底経験出来ようのないそんな境地に立つことなのだと。よっぽどの奇跡が起きない限りは少しの変化はありつつも、いままでの  日常の先にはそう変わらない昨日の続きがあって、明日もその次の日も一本の線の上を歩いていくイメージしかないように思っていた。

死ぬほどの思いをしたとか、人生のどん底を味わったとか、何かとてつもないことが起きない限り、人の自分は変わることが無いのだとなぜか思い込んでいた。

一本の線があって、その線があるのだからそこを歩けばいいのだと。その線を割いて2本にすることも、切ることも、新しく結び直すということもなぜだか頭には浮かばずにいた。見渡せば何本も糸や橋や道や選べないくらいにあるものを、盲目的に見ずにいた。

「これだ」と言われたのか「これだ」と信じたのか「これしかない」と思い込んだのか、私は本当に見えていなかった。「これだ」と言われたような気がして自分で信じていた、というのが一番近い感覚。

本を読んでいてその中の一つの物語を読んでいるがのごとく、自分の人生なのにどこか他人事のような感じがしていたのは、人生のハンドルを自分ではない人に任せていたからのように感じる。

それは「楽だから」とかそういったものではなくて、「むり」を前提に生きてきたからだと今ならわかる。ハンドルはあるけれど握ることも方向を自分で決めることも拒まれてきた。アクセルもブレーキもきっとあるのだけれどオートマチックに動いていた。私はラジコンだったのかも。


経て、経て、経てきた、、今。

自分の人生の主導権をハンドルを握っているという感覚がある。

小さな選択や決断に当たり前のように悩み考えて決めている。

その繰り返しが嬉しい。

悩める嬉しさ、考える喜び、試行錯誤することも、幸せだ。

悩みの種さえも愛おしく感じる。

悩んでも、悩まなくても答えは私ではない人が決めるのだからと、悩む前から考える前から、初めから諦めていた日々から悩める日々の幸せを手に入れた私。


今、私は変革の時を自分自身で起こしている。そしてこの作業はこれからずっと繰り返していくことになる。成功も失敗も全て喜び、チャレンジするという自分の人生をトライ&エラーの経験豊かな人生へと変えていく。

自分で自分の人生を創っていく。

その権利を、今私は手に入れた。


ごこち





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