「私」とは何か?心?体?魂?
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
今年は300冊を読むことを予定している、五木田穣(ごきたゆたか)です。
本日11月9日現在で、累計244冊。ペースが怪しくなってきましたが、
毎日1冊とちょっとずつ読めば達成可能なので、
残り2ヶ月は1日1冊を読んでいきます。
さて、5月に、こんな本を読みました。
この本に、興味を持つ人が多かったですね〜。
時代の流れか、「心」に対する関心が高まっているのを感じますね。
↑この本は、人の皮膚に触れることを仕事としている人は、
ぜひ読んでみていただきたいです。触り方が変わると思いますよ。
だって、「皮膚に触れる」ということは、「心に触れる」わけだから。
そんなわけで、この本を読んで思ったこと、普段考えていること、やっていることを書きたいと思います。
色々勉強しつつ、実践してきたなかで、情報を整理してきていますので、
ちょっとぶっこんだ話を書きますね。
では、行きましょう。
心に触れる。
「皮膚と皮膚の触れ合い」というのは
「心と心の触れ合い」ということです。
だから、触れることで、その人の心、感情が伝わってきますし、
こちらの心、感情が伝わっていきます。
例えば、触れるだけで、その人の心の辛い部分を感じることがあります。
それに対して「辛いんだね。大丈夫だよ、私は味方だよ。」という感情を込めたりすると、それが伝わるのか、涙を流すような人もいます。
それで、身体の不調は消え去ってしまったりする。
そんな症例が数多くあります。
魂に触れる。
もっと発展した話をすると、
本文中に「人の魂は皮膚が合わさるところにある」とありました。
なるほど。これって、
魂=エネルギー体のこと(エーテル体)じゃないかと。
東洋的にいえば「気」ですね。
(細かい話は、簡略させていただきます)
なので、「皮膚に触れる」ということは、
その人の「魂に触れる」ということだと考えられます。
魂とは輪廻転生していくもの(細かい話は置いといて、そう考えられる)ですから、過去世の記憶などもそこにあると考えられます。
(エーテル体に、魂の記憶が記録されているとも言われています)
なので、過去世もたま〜にですが、読み解ける時があります。
だからといって、何かできるわけではないのですが、
そういうのがわかるようになりました。
不思議と、だんだんと、こういう能力が開拓されてきました。
(ここ3年くらいです)
触れることで、いろんな情報がわかるんです。
(あー、胡散臭いこと言うとるわ〜笑)
「心」は「私」?
「心=私」でしょうか?
いいえ。「心≠私」です。
「心」とは「私」であって、「私」ではありません。
何故ならば「私の心」と言いますね。
ということは、「私」と「心」は別のものということになります。
もし、「私」と「心」が同じものだとするならば、
「私」と「心」の主語を入れ替えても、文章が成立することになります。
「私は、電車に乗ります」→「心は、電車に乗ります」
「私は、買い物に行きます」→「心は、買い物に行きます」
ちょっと、違和感がありますよね。文章としてちょっとおかしい。
「私は、楽しいです」→「心は、楽しいです」
「私は、幸せです」→「心は、幸せです」
少し違和感が減りますね。
「私の感情」を表す時は、「私=心」に近づくようです。
詳しくは、後述しますが、「私は、存在しない」んです。
存在しないというか、正確にいえば、
目に見える形では、「私」を認識できないということです。
「体」は「私」?
いやいや、ここに「私」がいるじゃないかと言うでしょう。
でも、その私と思い込んでいるのは、物質的な「体」なだけであって「体=私」なわけではありません。同じように「私の体」って言いますもんね。
「私」は「体」だけじゃない。そこに「心」もセットでついてくる。
みんな、何となくわかってるんですよ。
そういう言葉を使っているわけだから。
少なくとも、昔の人は、それがわかっていたんだと思います。
つまり、「私」と「体」と「心」は、それぞれ別物なんです。
目で見えるものは「体」だけなので、私=体って思い込んじゃってるだけです。壮大な勘違いですね。
そもそも勘違いしているわけだから、最初から前提が間違っています。
私=(体+心+魂)
そこで、前提を変えてみるわけです。
「私」には、「体」「心」「魂」がある。
それらが全て重なり合って「私」になる。
つまり、「私=体+心+魂」であり、
「人=体+心+魂」ということになります。
つまり、人に対して何かしらのアプローチをする場合、
「心」「体」「魂」それぞれに働きかけるパターンがあるということになります。
パーソナルトレーナーの枠を超えて
私、五木田は、ベースがパーソナルトレーナーという
「体」に対してアプローチをする人ですが、
でも、正確に言えば「体」ではなくて、目の前にいる「人」なわけです。
(人を体だけで扱うなら、外科医とかになるでしょうか)
だから、もちろん「心」も大切にしたい。
最近は、そこに「魂」という観点が加わってきたといった感じです。
高野山で学んでますしね。
なぜかと言えば、運動指導歴17年目ですが、肩こり、腰痛、膝の痛みにしろ、ダイエットにしろ、スポーツパフォーマンスにしろ、体の問題は、ほとんどの場合、心(思考)から起因しているということに、気がついてしまいました。
「心」が「体」に影響を及ぼしている例
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