グリーン・ラッシュは終わったか? 大麻合法化から8年たったカリフォルニア州の現状
米国カリフォルニア州では大麻が合法化されています。医療目的であっても娯楽目的であっても、人々が大麻を購入・所持・使用することへの法的な制限は年齢だけです(21歳以上)。好むと好まざるにかかわらず、カリフォルニア州の現実はそうなっています。
言うまでもないことですが、日本とは事情が大きく異なります。大麻というものに対する道徳的、社会的、あるいは医学的な議論はよく目にするのですが、今回は語られることが少ない大麻合法化の経済的な側面について紹介したいと思います。
結論から述べますと、カリフォルニア州の大麻ビジネスは急落しています。
崩壊した経済成長モデル
歴史的な経緯はそれほど長くありません。カリフォルニア州で成人の娯楽目的による大麻使用合法化を可能にした「Proposition 64」法案が住民投票によって成立したのは2016年11月。今から約8年前のことに過ぎないからです。さらに言えば、実際に大麻の娯楽目的用販売が許可されたのは2018年1月のことです。
もちろん、当初から賛否両論はありました。上の住民投票で賛成票が占めた割合は約57%だったのです。逆に言えば、約43%は反対していたわけで、けっしてカリフォルニア州の住民すべてが大麻合法化を望んでいたわけではありません。
推進派が主張した理由のひとつに大麻合法化が生み出すと期待された潜在的な経済効果がありました。それまでブラック・マーケットにしか存在しなかった(とされていた)大麻の販売に課税することによって税収を増やし、新たな雇用機会を生み出す。観光ビジネスも拡大する。さらには大麻栽培のための大規模農地の地価が上昇する。そのような未来予想図が語られていました。
ICF International. Inc が2016年に「カリフォルニア州における大麻販売の経済効果」と題したレポート(*1)を公表していますが、そこでは大麻合法化によって州内に毎年約10万人の雇用が生み出され、新たな経済価値は55億ドル~70億ドルに及ぶと予想していました。
*1. The Economic Impacts of Marijuana Sales in the State of California
https://www.icf.com/-/media/files/icf/white-paper/2016/economic_benefits_of_marijuana.pdf?rev=dd1b34b1d9664a769e09ae55e3b26e47
カリフォルニア州は19世紀後半のゴールド・ラッシュによって発展しました。21世紀は大麻による「グリーン・ラッシュ」が州経済を牽引すると期待されていたのです。
しかし、現実はその楽観的に過ぎた予測通りには進行しませんでした。娯楽目的の大麻販売が開始された2018年から数年は順調でした。1万を超える企業が大麻ビジネスを立ち上げたと言われています。2020年からは新型コロナウイルスのパンデミックも家庭内での大麻消費を後押ししました。しかし、そのトレンドは2021年をピークに下降しはじめたのです。
カリフォルニア州政府ウェブサイトの公式情報(*2)では、2021年第2四半期には約3億6145万ドルだった大麻関連からの税収が、2024年の同時期には約2億6899万ドルにまで落ち込みました。たった3年間で約25%の減少ですから、まさに由々しき事態です。
*2. Cannabis Tax Revenues
https://cdtfa.ca.gov/dataportal/dataset.htm?url=CannabisTaxRevenues
事態はもっと深刻だとする見方もあります。Green Market Reportの記事(*3)では、カリフォルニア州は大麻ビジネスから7億ドル以上の税金が未払いとなっていて、ほとんどの企業はすでに倒産しているため、回収の見込みは絶望的だと報じています。なにしろ、The Mercury Newsの記事(*4)によると、大麻の生産及び販売に関する企業数は2018年から70%減少しているらしいのです。
*3. Cannabis businesses owe California $732 million in taxes
https://www.greenmarketreport.com/cannabis-businesses-owe-california-732-million-in-taxes/
*4. Big Weed: Consolidation is changing the face of California cannabis
https://www.mercurynews.com/2024/05/21/big-weed-consolidation-is-changing-the-face-of-california-cannabis/
私の周囲を見渡してみても、確かに大麻販売店(Dispensary)の数は減ってきているように思います。
ここで急いで説明しておきますと、合法化されたと言っても、大麻がどこでも手に入るというわけではありません。実際に大麻販売店の営業許可を出すかどうかはその下の自治体レベル(郡や市)によって決定されます。もちろん、タダで取得できるものではなく、その認可にかかる費用も自治体によって異なります。
私はロサンゼルスの南側に位置するオレンジ郡に住んでいますが、同郡内で大麻販売店があるのはサンタアナ市のみです。
一時は高速道路でサンタアナ市を通り過ぎると大麻販売店の看板が多く目に入りましたが、最近ではその数がめっきり減りました。
なぜグリーン・ラッシュは持続しなかったか
多くの企業が大麻ビジネスから徹底している理由は、シンプルに「思ったより儲からない」につきます。
まず全体の販売数が落ち込み、それを挽回するための安売り競争が激化し、結果として生産農家と代理店が利益を確保できなくなる。そんな負のスパイラルによって、カリフォルニア州の大麻ビジネスは縮小の一途をたどっています。
その最大の原因とされるのは、非合法ビジネスとの競合です。合法的に流通される大麻は割高になります。販売認可を得るための費用がかかることに加えて、税金がかかるためです。
まずカリフォルニア州は大麻からの収益に15%の税金を課しています。さらに通常の消費税も加算されますので、販売店の税負担は30%以上になることもあります。当然、その分は販売価格に転嫁されることになります
非合法の業者は税金も認可費用も払いません。そのため、正規販売店よりずっと格安の値段で大麻を供給できるというわけです。もちろん非合法ですから、摘発されると罰が待っています。しかし、その罰金は税金や認可費用よりむしろ安くつくらしいのです。
ロサンゼルス・タイムズ紙の記事(*5)によると、大麻の非合法販売で摘発された業者が数時間後に別の場所で営業を再開した例まであるそうです。彼らからすると、罰金も単なるビジネス上のコストに過ぎません。
*5. San Diego County says it’s nearly stamped out illegal cannabis dispensaries. Why can’t L.A. County?
https://www.latimes.com/california/story/2024-06-08/san-diego-illegal-cannabis-dispensaries-los-angeles-county
もうひとつ、大麻の販売が落ち込む原因に規制の少ない類似製品の存在も挙げられます。
大麻の主要な有効成分にはCBDとTHCがあり、CBDに医療的作用、THCに麻薬的作用があります。そのうちのCBDのみを抽出した製品はサプリメントとして、ドラッグストアなどでも簡単に入手することができます。日本でもCBDサプリメントは合法です。
また、ヘンプ(hemp)と呼ばれる植物は大麻と同じアサ科ですが、CBD含有率が高く、THCの含有率が低い(ゼロではない)ので、CBD製品と同様の扱いを受けます。カリフォルニア州法ではTHC濃度を0.3%以下にすることを定めていますが、厳重な検査が行われてはいないようで、その数値を上回る(つまり大麻と似た酩酊作用がある)製品が数多く出回っているという説があります。
消費者からすると、わざわざ大麻販売店に出かけて割高な製品を購入するか、あるいは非合法ディーラーに接触するような危険を冒さなくても、似たようなものを近所のお店で購入できるというわけです。
カリフォルニア州の失敗は他山の石となるか
ここまで、私が住んでいるという理由でカリフォルニア州の事例のみを紹介してきましたが、米国内でカリフォルニア州だけが特別なわけではありません。
2024年12月現在、50州のうち半数の25州がカリフォルニア州と同様に大麻を全面的に合法化していて、19州が医療目的による使用を部分的に認め、全面的に禁止している州は6つしかありません。ちなみにその6つとはアイダホ、カンザス、ネブラスカ、ノース・カロライナ、サウス・カロライナ、ワイオミングのことです。
つまり現在の米国では大麻を禁止している州の方が圧倒的に少数派なわけですが、カリフォルニア州は全面合法化に踏み切った時期が全米で6番目と早かったこと、そして州内人口が多い(約4000万人)ことで、大麻合法化の是非を議論中の州にとっては格好のケーススタディになるはずです。
経済的な側面のみから見ると、カリフォルニア州の大麻バブルはすでに弾けてしまったとも言えるかもしれません。そのことが他州の判断にどれだけ影響するでしょうか。