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第八章 源義彬

狐の祠から峠を三つ越えた個所に、果たして大きな滝があった。
お香の兄、源 義彬は、この近くの小屋に隠れ住んでいるという。
お香、一色、雅之の三名は、まずは滝に到着して口を潤すことをした。
「して、どう探す。」
顔を洗いさっぱりとした雅之が、お香に尋ねた。
「小屋は水辺近くにあるはず。
 とりあえずこの滝から流れ出る川の周辺に小屋があるか探してみようと思う。」
「成程。」
そうして三人は、お香の言葉通り、小屋の探索を始めた。
三人がゆくのは獣道である。
お香はよいとして、都から常に履いていた沓での山歩きは、近道と雅之の足に大きなマメを作った。
半時ほど歩いた頃である。
うっそうと茂る森の中に、細く立つ煙が見えた。
「きっとあそこじゃ。」
煙を目指し、三人は歩いた。
小屋に近づいてみると、体格の良い一人の男が巻き割りをしているのが目に入ってきた。
「兄上!」
お香が駆け出した。
男は声のしたほうを振り向き、その姿を認めると、ぱあっと花が開いたような笑顔を見せた。
「お香、お香ではないか。無事であったか。しかし何故お前がここへ――。」
両手を広げる男の胸に、お香が飛び込む。
「話せば長いことながら。」
抱き合う二人を確かめてから茂みから出てきた一色と雅之は、男の前に姿を現した。
源義彬と思しき男は、二人の姿をみとめ顎でうなずき小屋を示す。
「道中の話を聞こうではないか。」
そう言われ、一色と雅之は小屋へと招かれその敷居をまたいだのだった。

「そうであったか。それはそれは、妹が世話になったな。
 本来ならば俺たちが救い出しにいく手筈であったものを。」
貞盛に捕えられていたお香を逃した顛末を聞き、義彬はうなった。
「まぁ、呑め。」
言われるがままに、小屋で作られたであろう手製の酒に、若者二人は口をつける。
見たところ四十前後であろう義彬は、眉を寄せてお香に問うた。
「どうじゃ、都の様子は。」
様子を違えた兄に気づき、お香は居住まいを正す。
「もうすぐ封が破られます。」
そうか、と答えたきり、義彬は口をつぐんでしまった。
沈黙が場を支配する。
「そろそろ儂が降りてゆかねばならんのう。」
訳知り顔でうなづくお香である。
「あの、封とは……?」
問うたのは一色である。
義彬は、うむ、とひとつうなづいて説明を始めた。
「あの土地はな、我が父によって封じられておったのよ。
 先代の戦で開いてしまった怪の世界の出入り口ごとな。」
「もう少し詳しくお聞かせ願いたい。」
一色と雅之がにじり寄る。
「儂の父がまだ若い頃の話じゃ。
 あの地で、多くの血が流れた。
 戦は何十年と続き、各々大将が不思議の術を用いるまでになっておった。
 源氏――儂の父の軍勢はその頃、怪の大将である稲荷を味方につけておった。
 平氏――あちら方は、大なまず。
 大なまずはあの地に大地震を起こさせ、大穴を開けよった。
 穴に吸われた両兵、幾百。
 父もその穴に呑まれた。
 我らは都の者等と協力して、しまいには大穴を閉じた。
 しかし――。
 その封が今、破れようとしておる。
 平氏め、かの地で血を流しあちら側を刺激したな。」
「なんと――。」
思っていた以上に大事が裏にあったことに、近道と雅之はうなった。
「その封とやら、絶対に破られてはいかませんね。」
一色の目にきっと光がやどる。
「当然だ。お香、山を降りるぞ。」
小屋に隠してあった武具一式をあらわにし、義彬はその日のうちに、方々へ散らばる一党へ伝令を出したのだった。

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