17_行きつけの湯 -富士見温泉(別府)-
境川を泳ぐ鯉のぼりたちも役目を終えた5月の中頃、今月はまだ温泉に入ってないことに気づいた。このところ、連日何かに追われていて心の余裕が持てなかった。
たまには湯に浸かろう。どうせなら温泉に。
市内の温泉がマークされている地図を広げ、どれにしようか天の神に聞いてみる。
かきのたね、ごはんつぶまで言い終えると、止まった指は今日の湯を教えてくれた。
自転車を走らせ数分、富士見通りから路地に入ったはいいものの、近くまできているはずなのに見つからない。
スマホで地図を確かめる。おっと、一本となりの道だった。角を曲がると目的地が見えてきた。じゃまにならぬよう、端のほうに自転車を止め、入り口に向かう。どうやら番台さんはいないようだ。入浴料箱と書かれた木箱に100円入れた。
富士見温泉。単純温泉。ジモ泉。毎月15日が定休日のようで今日は16日。天の神さまのいうとおりだった。左の奥へ通路を進むと、すぐ目の前に脱衣所があり、中央の階段を降りると浴室という半地下構造の温泉だった。
先客がいらしたのであいさつする。気持ちよさそうに湯に浸かっていた。階段を降り、先客の足元の方からお湯をすくう。湯加減はちょうど良かった。泡と一緒に疲れを流し、浴槽に腰を下ろす。
ふぅ。思わずため息がこぼれる。脱衣所から奥側のほうで浸かっていたから、浴槽内の段差に左肘を置く。共同温泉はちょっと深めだからフチに頭を置くぐらいがしっくりくる。どこのジモ泉でもこの光景は当たり前で、だからこそフチに座るものなら地元の方に注意される(こともある)。
先ほどの先客が身体を拭きはじめ、ついさっき来たおじいさんは鏡を見ながらヒゲを剃りはじめた。壁にかかった時計の針は16時30分を指していた。35分になるか次のお客が来たら上がろうと決めた。もう少しで35分になろうとしたところで通路の方からこちらに向かう足音が聞こえてきた。次のお客が来るほうがちょっぴり早かった。
ざっと身体を拭き上げ、入れ違いで階段を上ると後ろの方では会話が弾んでいた。昨日は見んかったけど、いつ来たんかい。6時ぐらいに来たけん、いつもより早う来たんに。さっきまでの静けさと大違い。居酒屋も銭湯も弾んだ先では顔が赤らむ。行きつけの店があるみたいに、行きつけの湯があったっていいじゃないの。湯屋をめぐりながら、行きつけの湯を探そうと心に決めた。
お先ですとあいさつをして通路を抜ける。
入湯印を押すのを忘れていたので、入り口でスタンプを押す。スパポートも3ページ目に突入した。
スタンプが入った箱のそばには小さなお地蔵さまがいらした。
真っ赤な頭巾と前掛けには、子供が元気に育つように願いが込められている。