ごほちとギャルについて。
突然ですが、皆さんはギャルと聞いて何を思い浮かべますか?
ごほちは、“捕食者と被食者”、“別次元の存在”、“水と油”、“昼と夜”など、あげ出したらキリがないくらい、自分の人生とは交わらない存在だと思っていた。
そう。
ごほちはギャルが苦手でした。
いや、過去形なのはいまいちしっくりこない。
正直今もあまり得意ではない。
なんというかギャルって、明るくて派手で、いつも大きな声で笑っていて、なんかすげえ武装してる。
これがごほちの思い描くギャル像。
少し、学生時代の話をさせて欲しい。
ごほちはなんとなくで、家からも近い地元の高校に進学した。
そこは「試験で自分の名前を書ければ受かる」なんて言われるような高校で、まあ、なんというか。
つよそうなひと……
が多かった。
男女問わず。
これは持論で、人によっては気分を害してしまうかもしれないが
「頭のおかしい奴の声はいつだってデカい」
と思ってごほちはずっと生きてきた。
ここで言う「頭のおかしい奴」は、なんと言うか、ごほちのような日陰者とは別種の人間。
陰キャによる陽キャへの僻みのようなものだと捉えてもらって構わない。
陽キャまみれの小さな世界は、毎日本当に苦しかった。
「インスタ映えがどうの」
「スタバの新作が」
「ナントカってアイドルが」
今思えば、彼らに対して歩み寄ろうともしないくせに、彼らが僕に歩み寄るはずなんてなかった。
これは、陰キャだとか陽キャだとかって言う
レッテル関係なく、人と人が関わる上で大切なことだったのだと今更になって思う。
狭い世界で生きてきた。
都会に出てきて、自分の過去や世界と向き合う日々で、狭い世界の物差しで物事を判断していた自分を毎日恥じている。
上京してきて9ヶ月少し。
人生とは本当に面白いもので、何が起こるかわからない。
最近、こちらで知り合って関わるようになった人間の幾人かは、まさに僕の抱くギャルのイメージそのもののような人たちだった。
今まで彼女らのような人種の声がデカいと感じていたのは、きっと狭く静かで穏やかな世界に生きていたからで、本当に濁流のような情報量の都会の中で彼女らと酒を酌み交わすと、案外声のデカさも気にならず、むしろ心地よいとすら感じることに気がついた。
派手さや明るさの裏には、街の輝きに負けないための覚悟や決意があった。
彼女らが爪やアクセサリーやステータスで武装するのは、誰かを傷つけたりするためではなく、ただ自分の“好き”を纏うことで、ビル風の中の亡者の声や、路地裏のお化けから身を守る為だと知った。
「頭のおかしい奴の声がいつだってデカい」
のではなく
「ただ単純に僕が必要以上に怯えていただけ」
だと気がついた。
格好つけて語ってはみたが、
ギャルっていいね。
ギャルと付き合ってみたい。
という冴えない男の変化の話でした。
神龍がいるなら願いたいね。
ってさ。
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