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現代新聞表記で「芸術論覚え書」を読む<9>芸術の格好をした芸術


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第20段落、第21段落を
現代新聞表記で読みましょう。

「芸術論覚え書」は計33件の箇条書きですから
3分の2ほど読んだことになります。

第20段落は
芸術の偽物(にせもの)について。

一、問題が紛糾するのはいつも、ちょうど芸術の格好をした芸術というものが存在するからである。例えば、語呂がよいだけの韻文などというものがある。早く言えば語呂合わせだ。ところで、語呂合わせの大家が語呂のちょっと拙い芸術の大家に言うのだ、「君は語感をおろそかにしている」などと。 さて、語感は非常に大切だ。言ってみれば、ポンプにバルブは非常に大切だ。ところで、その柄が折れていたら、ポンプは汲めない。それは、作品観賞に際して、抽象的視点(例えば「語感」のような)を与えて、その点よりみるということは意義がない。――彼女の鼻は美しい。口は醜い。睫毛は美しい。額は醜い。それから頬は……耳は何々。さてそれで彼女はいったい美人なのかどんなのか分かりはしないと同様に、「この時の脚韻駆使は何々。頭韻駆使は何々。」措辞法は何々などと言っても批評とはならない。そんな批評もたまにはあってもいいがそんな批評しか出来ない詩人や批評家がいるからご注意。

一、一つの作品が生まれたということは、今まで箒(ほうき)しか存在しなかった所に手拭いが出来たというように、新たに一物象が存在するようになったということであり、従来あったものの改良品が出たというようなこと以上のことである。こう言うのは、世人がいよいよ芸術作品を、箒なら箒、手拭いなら手拭いというテーマがあって、それのさまざまな解説(インタープリテーション)があれこれの作品は、テーマの発展であっても、テーマの解説ではない。これは、小説でも詩でもその他絵画、音楽などでも同様である。厳密に言えば、テーマとその発展も同時的存在である。

※「現代新聞表記」とは、原作の歴史的仮名遣い、歴史的表記を現代の新聞や雑誌の表記基準に拠って書き改めたもので、現代仮名遣い、現代送り仮名、常用漢字の使用、非常用漢字の書き換え、文語の口語化、接続詞や副詞のひらがな化、句読点の適宜追加・削除――などを行い、中学校2年生くらいの言語力で読めるように、平易で分かりやすい文章に整理し直したものです。  

創作者同士の談論風発の現場でよく見られる
頓珍漢(とんちんかん)な会話を思い出させます。

一つの例。
語呂のちょっと拙(まず)い芸術の大家が
語呂合わせの大家にたしなめられている場面。
「君は語感をおろそかにしている」と。

語感を重んじることだけに走る
それだけがその芸術家の主張する
語呂合わせの大家みたいな似非芸術家に
詩人は辟易することがあったのでしょう。

語感が、ポンプにバルブが大切であるように
大切であることを詩人は知っている。

同時に
語感を外す技も知っています。

だから、
ポンプにはバルブも必要だし
柄も必要だから
語感だけで判断することは無意義だ。

彼女の鼻は美しい
口は醜い
睫毛は美しい
額は醜い
頬は……
耳は……

いったい彼女は美人なのでしょうか?と
問いかけます。

頭韻だ脚韻だ
措辞法がどうだこうだといっても
これじゃ、批判にならない。

こういう批評家や詩人が
たまにいるからご用心!

第21段落。

一つの作品が生まれたということは、
今まで箒(ほうき)しか存在しなかった所に手拭いが出来たというように、
新たに一物象が存在するようになったということであり、
従来あったものの改良品が出たというようなこと以上のことである。

芸術作品を、箒なら箒、手拭いなら手拭いというテーマがあって、
それのさまざまな解説(インタープリテーション)があれこれの作品は、
テーマの発展であっても、
テーマの解説ではない。

小説でも詩でもその他絵画、音楽などでも同様である。
テーマとその発展も同時的存在である。

改行を入れて読むと
わかりやすくなりますね。

箒とか手拭いとか
芸術作品のテーマがあり
その解説がある時
それはテーマの発展であり
すでに解説ではない。

これは、小説、詩、絵画、音楽などでも同様。

テーマもその発展も
同時的に存在している。

途中ですが、今回はここまで。


最後まで読んでくれてありがとう!

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