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臨死体験みたいなもの  ICU集中治療室にて

30年くらい前の話です。
黄色靭帯骨化症という脊髄周りの手術を受けました。
腹部に違和感を覚え診断を受けた時に病症が見つかりました。まだ大学病院以外には、MRIを導入している病院は少なく、レントゲンやCTでは異常が見つけられませんでした。腹部に痛みを感じる様になり、痛みの部署も一定しておらず、若しかしたら?なんて不安になっていました。ようやくその病院にもMRIが導入され、黄色靭帯骨化症の疑いがあるとのことでした。病名は判明しましたが施術はすぐには行わず、ブロック注射などをしながら、病巣の進行を見て排尿に支障が出る様なら施術をするという事ことになりました。それから5〜6年たち(正確な時間は覚えていない)そろそろやるか、という事になりました。

手術は五、六時間くらいとの事でしたが、九時間くらいかかったとの事でした、オペ室に入ったきり中々出てこなかったので家族は大変心配したようです。当時の手術は体を低温に下げて行いましたので、麻酔から覚めた時はまだ体は冷え切っており、微かな意識の中で「もしかしたら別の世界に来てしまったのではないか、そうだここは霊安室なんだと!」

翌日ICUに移されたが、カーテンで仕切られたベッドに寝かされ、意識は朦朧として呻いていた様です。
その日の夜です。ベッドから身体がふわっと浮いた感覚になり、なんと自分のベッドを天井の上から眺めていました。ベッドの周りを十人くらいの人が取り囲んでいるのが見え、よくみると全て父親の顔でした。父親は戦争当時の出立ちで戦闘帽をかぶっていた、ハッとしてして気がつくとベッドに戻っていました。次の日だったと思いますが、お花畑を彷徨う自分がいて、川を渡らなければと呟くと、また父親が現れ「まだこちらに来るのは早いから帰れと」追い返された。これがよく云う臨死体験なのかと今も思ってます。
多分、麻酔薬の影響でしょうね。三途の川のさわりは何かで聞かされたストーリーが夢遊の中に浮かび上がったものでしょう。ICUには一週間お世話になった。

術後の説明では、第三胸椎から腰椎にかけかなり広い範囲を開いたそうで、背開きで三枚に下ろした様でした。お魚さんの気持ちがわかりました。
同室のお隣さんは腰部を開き、「私は蝉の抜け殻です」との事でした。彼は別の病院で椎間板ヘルニアとの診断で、保存療法を受けていましたが、改善が見られず転院してきたそうです。残念ながら時既に遅しで神経が傷つき、その後の歩行は困難に成ってしまったそうです。神経は豆腐の様なもので傷がつくと回復は難しい物だそうです。脊柱管周りの疾患は早期発見で躊躇しないで手術をするのが賢明です。確かに恐怖を覚える大手術ですが、今の医術の進歩は驚くものがあり、信頼のできる先生を選んで、あとはまな板の鯉です。

意識が戻て見ると背中や腹部には、沢山のチューブが繋がれて、痛み止めの点滴やら、出血を抜く管やら、まるで、映画のエイリアンが冷凍保存されている姿が思い出された。
入院は46日だったかな。四十九日でなくってよかった。四十九日とは成仏する期間だとお坊さんに教えられていたから。

後日談ですが、妻には大変心配をかけたので、二、三年後に北海道旅行に行きました。道北に霧多布湿原という、原生花園がありキスゲ科の花や北海道の珍しい野の花が咲いていました。オホーツク側にはこの様な原生花園が多くあり、まさに北海道を象徴する風景の一つとして私たちのお気に入りです。
ここには管理棟があり木製の遊歩道が敷設されていて、散策を楽しむことができます。妻は管理棟で何やら話し込んでいましたので、一人で木道を歩いて行くと川の淵に辿り着きました。その時、霧多布湿原の場所の名前の様にあっという間に霧が立ち込めてきた。この風景は手術後にベッドで見た景色に似ていたことが脳裏に浮かび、思わず父親の姿を探してしまった。我に帰ると妻が手を振っているのが見え、霧も晴れてきたので旅を進める事にした。生前の親不孝を叱るために出てきたのかな。改めて合掌する。

その後、脊椎周りの手術を二回行った。10年前に頸部後縦靱帯骨化症と三年前に腰部脊柱管狭窄症です。手術の方法は昔と違い、自己採血の必要がなく、ICUにも入らないで済みました。従って二度目の父親との再会はなかった。この手術も同じ先生に執刀してもらいました。

靭帯骨化症とは、脊椎周りの靭帯が石灰化する体質が原因で、詳細な原因は不明な様です。(今は分かってきたのかな)
若い頃からお前さんは、人間が堅すぎていけねーなんて言われてきたのも原因かな。

今思う事に、人体の強靭さは並大抵のものでは無いと云う事です。最初の手術では、三枚に開いた身体が元に戻るか心配で、寝返りするのもおっかなびっくりでした。後の二回の手術では、肉体は再生することを知り、俺の身体は偉いぞって褒めてあげることが出来ます。私はもしかしてトカゲの体質かな?

パスカルの「考える葦」の教えにある、「人は弱き者」の一面、医学の進歩のおかげもあり、簡単に死んでたまるかと意を強くした。


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