(連載47)オノ・ヨーコへのトリビュート:アランとの最初のギグ:ロサンゼルス在住アーティストの回顧録:2006年
まず。今回ですね。
いきなりショッキングな画像をお見せします!!
気分が悪くなるかもしれないので、予めご了承を!!
また、刺激が強いので、不眠症の方は、ご注意を!!
夜、うなされるかもしれません。。。汗
また、教育的に問題があるかもしれないので、
自分が未成年だと思う方は、ご両親の許可をもらってください!!
また、パートナーに何やら、秘密を持ってる方。。。保障はできません!!
覚悟はできてますかぁーー???
ARE YOU READYぃぃぃーー??
さん
にー
いちっ!
ぎゃおおおおおお〜〜〜!!!
ぶはははははは〜〜〜〜。
はい。笑っていただいて、全然オッケーです!
ただ、著作権はリスペクトしてくださいよ〜〜。
間違っても、#つけて「金髪熟女ヌード人妻」などと、他に流出しないようにお願いします。今のところ、NFTには乗り遅れてますんでー。苦笑
しっかし、この写真。
後ろでドラム叩いてる、アランにさぞかし同情が集まるでしょうねー。
さて、今回は、ここにいたる経緯からお話しします。。。。
いつものことですが、前回をなぞります。流れをお伝えしたいので。いつも、ついつい毎回これが長くなってしまいますが。。。汗
はい。前回は、「自分の仕事」の話だったんですよ。
「金髪熟女ヌード」の話ではありません。苦笑
私の仕事、服のリサイクル、つまり自分が作ったリメイクの服を店番をしてたお店においてもらったら、2002年くらい?から、少しずつ、それが、売れるようになってきた。
なので、店番もやめ、それまでやってた、バイトの運転手もやめ、
↓
フリーランスのプロダクションのお手伝いもやめ。。。。
↓
もうメインの仕事が、リメイク業オンリーとなり、
↓
その時間がだんだん増えて、
↓
アシスタントも雇えるくらいにお金が回るようになった。
↓
そして、会社も作って、税金も払って、
↓
このまま、ずっと
リメイクの服のデザイナーとしてやっていく?????
つもりは >> まったく >> なかった!
ファッション・デザイナーが嫌いというわけでは、ありません。
むしろリスペクトです!!
でも、前回も言いましたが、1980年代にファッション・スタイリストをやってて、寝る時間もないくらい、クッソ忙しくなって肉体的にも心理的にも追い詰められて、やっとわかった事。
アタシって
ファッション・ビジネス むいとらんわ!
服は大好きなのに、ファッション・ビジネスの中で生きる自信がなかった。
だからこそ、服のアートをはじめた。。。。。ファッションの世界以外でも、衣服のいろいろな側面を、自分なりに表現できるんじゃないかと思った。
しかし、時は経ち、、、、
めぐりめぐって〜〜〜、大量生産の末に消費された膨大な服の山に、登ってかき分けて、選び出して、再度デザインしなおしたリメイクの服を作ったら、それが売れて、マネタイズができるようになった。
お金がはいってくるようになった。
しかし。
ここで、勘違いしちゃ、いかん〜〜!! と思いました。
忙しくなって、自分を見失しなわないためにも、そのビジネスとの、微妙なバランス感覚を保たなくてはならない。
言ってみれば、ファッション・ビジネスの裏口から、衣服の役割を俯瞰して見るテーマで作品を作っているのに、それにどっぷりつかってしまったら、ミイラ取りがミイラになるってしまうのと、同じやん?
アートを続けるためにも、お金だってほしいけど、でも、
自分が表現したいものは何か?を 探す挑戦は
絶対にやめたくなかった!!!!!
それが、服??? 音楽?? それとも 絵なのか??はっきり、わからなかったけど。汗
だからバンド活動も続けたし、それ以外にも、アート・パフォーマンスや、コンセプチュアルなファッションショーもやり続けました。
さぁてぇ〜〜?
ここで、冒頭の金髪ヌードに戻りましょう!
これが、その一つが、これだったんです。
ふ〜〜、やっと、今回の本題です。
その頃ですね、たまたまビデオ・アーティストの友達から、オノヨーコの有名なフルクサス時代(1960年代)のパフォーマンス「カット・ピース」というのをベースしたプロジェクトをやるんだけど、参加しない?と誘われました。
このオリジナルの「カット・ピース」というのは、オノヨーコさんが舞台に座ってて、観客が舞台にひとりずつ上がって、彼女の着ているものを少しずつハサミで切って(カットして)持ち帰るというパフォーマンスです。
観客という名前も知らない人々によって、自分が着ているものが少しずつなくなってゆくという、女性からすると見てるとハラハラするアート・パフォーマンスだったでしょうね。
しかし、この目線!! さすがのオノヨーコ様です!!
で、今回は、このアート・パフォーマンスのトリビュートのプロジェクトで、私以外にも、5組のローカルの気鋭チーム、エッジーな劇団やパフォーマンス・アーティストがこれを元にしたパフォーマンスを披露するという事でした。
で、私は、何をやろうか?と。
どうせなら、オノヨーコがやった事と真逆な事をやったらどうだろう?と思いました。
彼女が舞台で少しずつ着ているものを剥がされるなら、わたくしは、真反対に、「大衆からどんどん服を着せられていく」というコンセプトにしたら、どうか。と思いまして、
それの、まあ、最初のシーンですが。
こんな裸の服を・・・肌色のレギンスに偽のヘアをつけてるわけですよ。
こんなもん、見たくない方もいらっしゃるかもしれませんが、まあ、「アート」なんでね、許してくださいませ。
〜ちなみに「アート」といえばなんでも許してもらえると思っている自分。
床にちらばっているのが、服やカツラやソックスや手袋で、これを見てる人に選んでもらって、それを私に着せてゆく、持たせてゆく?というアクションなのですが、
その着せられる服っていうのも、普通だと面白くないとって思って、にワケわからん服を20種類くらいを自分で作ったんです。
それを、床にバーーーーっと散らばせて、
観客はどれかを選んで、ひとりずつ、私に近づいて、私に着せるんです。
こんなかんじです。
(以下、ビデオを写メしたんで、質が悪くってすみません。)
で、着せてもらったら、私はすぐ脱ぎます。
そして、また別の観客が着せにきます。
着たらすぐ、脱ぎ捨てます。
これをずーーーーと、繰り返す。
そして、このアションの間、私はずっーーーーっと、オノヨーコさんの「ウォーキング・オン・シン・アイス」を歌い続けたんです。
以前にも連載45で、お話しましたが、私は、このイベントの直前に元ディーヴォのアランと知り合っておりました。
彼はとても、口少ない人でしたが、私のやってる服のアートに興味を持ってくれ、このイベントの事を彼に持ちかけたら、あっさり、「オッケー」と言ってくれたんです!!!!
それで自分で作ったオノヨーコのカバー「ウォーキング・オン・シン・アイス」を、打ち込みで作って、アランに渡しました。そして、この曲をずっとパフォーマンスの間(20分くらい)とぎれなく、リピートしたいと言いました。
そしたら、彼は「いいよ」といいました。別に質問があるわけでもなく、アドバイズがあるわけでもなく、たったの2行の会話で約束が成立しました。
もちろん私の方も、アランに対して、希望など、あろうものなく。笑
だって、あのアラン様がやるんだったら、なんだってオッケー!
そして、なんの、リハもなにもなし。。。。の
ぶっつけ本番!!
当日、彼はシンプルなドラムセットを持ってきて、
私は、何を着せられても、
ともかく歌い続けました〜〜。
アランも、何事もないように、
たたきつづけました〜〜。
実際に、最初のうちは、一人ずつ参加するという計画が、うまくコントロールされてましたが、だんだん、カオスになってゆくと、いきなりふたりの人が現れて、自分の着てたものを脱いで私に着せるという、ハプニング(文字通り!)がありましたが、、、、、
しかし、主催者が入ってきて、「ひとりずつなんで」と、立ち入ってくれました。
しかし、私は、何が起きても、何事もないように、ともかく歌い続けた。。。。
こんな箱みたいな服を被せられても。。。。
箱の中で、歌い続けた。。。。。
アランも叩き続けた。。。。。。もうぐっちゃぐっちゃ!!
今、このビデオを改めてみると、面白い発見がありました。
「見てる人は着せようとする、私は脱ぎ捨てる。」
強制的に何かを着せられる私は、ただそれに従いながらも、挑戦的な態度で歌い続けている。。。
あのオノヨーコの歌「 walking on thin ice .... 薄い氷の上を。。。歩いている。。。」ていう歌。 ご存知でしょうか?
一度聴いたら、忘れられない あの「アイ、アイ、アイ、アイ〜〜」っていうフレーズ!!!
もう、女の心の魂の叫びというか、どんずまりの絶望感というか。。。。。まあ、第一級の ド「演歌」ですよね〜?苦笑
そんな心の底からの叫びを歌いながら、怒りとともに脱ぎすてる。
でも、それが、ものすごく惨めでもあり、なんか可哀想にも思える。
また、変な服を着せられた私は、ビジュアル的には、おもしろおかしくもあり、(写真にある箱の服とか、被せられても、歌ってましたし。観客も笑ってた。笑)
ずっと何があろうが、歌い続けてる私の姿は、聴衆者参加型のパンクのコンサートのように、
テンションがマックスなのに、
何か哀れな存在に見えた。
いつか何か機会があれば、この動画を皆様にお見せしたいですが、今のところ、、、、、、ないです。
どうしても、見たいヒマな方がいたら、コメントください。10人以上いれば、この著作権保持者に聞いてみます。苦笑
ところで、このイベントの時、私はアランのことをあえて、
あの、アラン!
だと、誰にもいいませんでした。
おそらく、あの、ディーボのアランが!!カムバック?と、うたえば、注目度が100倍くらいにはなっていたでしょう。
でも、初めて会った時から、アランはディーボの事を話したがらなかった。彼は自分が元ディーボじゃなくて、「自分が現在やっている事に興味があるから、見にくる人」そういう人たちだけに、集中していました。
その態度は、ずっと、かわりませんでした。この時も、そしてそれからずっと先も、、、、、
なので、私もその辺には細心の注意を払いました。
しかし、この熱いイベントが終わったあと、アランは前の奥さんを招待してたらしく、「彼女がねー なぜか、えらく感動してたよ〜。」と言いました。
私はもちろん、彼とは知り合ったばかりだったので、もちろん前の奥さんの事なんて、まったく知りませんでしたが、その言葉が、なにか、ものすごく温かくて、嬉しかった。。。。
そして、彼は、何事もなかったかのように、ギグが終わったら、さっさと、ひとりで、去っていきました。
それから、五ヶ月後。今度は自分の回顧展で、オープニングのショーをやる事になって、この時も、アランは、何も多くは言わずに手伝ってくれたんです。
次回はこの回顧展についてです。
続く。