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--------- 天国と地獄 --------- --------- Short Story ----------

 「浜の真砂(まさご)は尽きるとも 世に盗人(ぬすびと)
の種は尽きまじ」

秀吉の香炉を盗もうとして捕らえられ、釜煎りの刑に処せられたとされている大盗賊石川五右衛門の辞世の句(とされている)。
どこまで真実かは分からない。

要は人間は誰もが盗人候補だ、とも解釈出来ないことはない。
「人を見たら泥棒と思え」なんて過激な教訓もあるし。
その盗人もコンビニでペンを万引きする中学・高校生から他国の島を盗もうという大陸の国まで、まさに小から大まで無限にいる。

息子は親の財布から金を抜き、親は会社の文具や備品を持って帰り、政治家は不記載という裏金をつくり、それを批判するマスコミ記者は経費を水増ししてポケットに入れ、それを飲み屋で盗られ、帰りにパチンコで裸にされる。
まあパチンコ屋も合法的な盗人稼業といえなくもない。

何よりも、人間は箍(たが)が緩めば、切羽詰まれば、法が無視できれば、何をしでかすか分かったもんじゃない。
貧困も絶望的なほどになると人が変わる。
それもいつもは大人しくて優しい人物ほどアブナイ。

現代社会においても盗人やそれに類する犯罪は後を絶たない。
現代の五右衛門はその形も手口も様々だ。
人心の崩壊はそのまま社会の崩壊につながる。
例えば埼玉県川口市などでは司法の手も緩みまくり、不法入国者が多い在日クルド人やその関与が疑われる事件と事故が急増している。

日本の国法は川口市では無視され。その執行すらも放棄されている。
それに耐えられず川口市を出ていく住民が増え続けているという。
なぜ日本人が逃げなきゃならないのか、まさに川口市には国と法が無きがごとしである。

川口市にはクルド市役所という身勝手な単語まで登場しているという。
川口市は昭和の頃にはキューポラのある町として映画にもなった鋳物の町つまり零細小企業と労働者の町だった。
そこにつけ込んだのが左翼と共産主義者や社会主義者だ。

この映画の俳優も左翼だらけだが、ヒロインだったのが吉永小百合氏。
いまは相応の歳だけど、若いときは日本を代表する美人女優の一人だった。
結果、吉永氏はその後は左翼の道を歩き、途中から左翼の看板オバサンになって美貌もどこかへ消えた。

そしていまや川口市は左翼と外国人が好む町に変貌し、行政はクルド人という異分子を入れまくり、日本人を追い出し、川口という町そのものが崩壊しようとしている。
一方で肝心の司法も最近は愚鈍化が進行し、地方の狂乱と事件事故に対しても無関心を装ってきた。

最後の砦になるはずの司法がすでにこの有様だから川口という町が危機にさらされるのも当然ともいえる。
奇怪な政治屋、怪奇な司法、虚偽と悪徳に満ちた不法移民、それを煽る新聞と左翼、まさに日本は悪意と作為を持った移住者の国になりつつある。

それに並ぶように、ひと昔前には想像もできなかった犯罪も増えている。
その一つが特殊詐欺だ。

   秋の日の昼下がり。
公衆電話ボックスで「洋介」という男が電話しようとしている。
洋介の前職は、東京に近く零細小企業が多い町にあった地方紙の記者だ。
ご多分にもれず、この町も左翼の金城湯池のような町だ。

そこで発行される新聞だから内容は左翼に偏ったもので、どこまでが真実なのか虚偽なのか、社内でもわからないような記事があっても平気で印刷していたヒドイ新聞だった。
それでも左翼の読者は自分で考える癖がついてないから、喜んでそれを購読していた。

だが時代は変わった。
それでなくとも新聞離れが続くいまどきだ、
購読数は目に見えて減っていき、当然ながら経営の大黒柱だった広告も激減した。

そこで出たのがお決まりの人員整理だ。
とはいえ地方紙で左翼の新聞社となれば、社員とは名ばかり。
ほとんど奴隷のような有様だった。
洋介も社員募集の張り紙を見て興味半分面白半分でのぞいた。

ところが新聞には縁なんか無く、記者の経験すら無いのに、いきなり記者で雇われた。
「なんていい加減、これでいいのかい」と本人があきれたくらいだ。
他の記者も聞いてみると似たようなものだ。

前職が労組の専従、日用品のセールスマン、商売やってて夜逃げ、という猛者ばかりだった。
社長も中小企業で労組に首を突っ込んで、デモのとき公務執行妨害で逮捕されて首になった男だった。

社長は新聞も市内の印刷屋にさせ、バックマージンを得ていた。
社員のことなんか、考えやしない。
新聞社の人減らしの一番は社長だった。
何で?と思ったら、この新聞社、社長の後ろに本当の経営者が隠れていた。

それは帰化した外国人だった。
パチンコ屋も何軒も経営しており、戦後からこの町で稼いできた男だ。
「へえ、そうだったの」
と気楽に思っていた洋介だったが、二番目に首になったのが洋介本人だった。

その理由は一番若くて家族がいない、からだった。
しかし経営難での首切りなら年配の者からが普通だが、そうではなかった。
洋介以外のみんなが左翼だったのだ。
だから気心が知れているし、何を考えているかも見当がつく。

「何のことはない、オレだけが異分子だったわけか、アホくさ」
なるほど、左翼どころか、帰化外国人にも有利な記事が多かったのは当然だった。
こんなこと、他の社員はみな知っており「知らなかった」のは洋介だけだった。

理由は一つ、洋介は左翼の色に染まらず、ごくごく普通の人物で、左翼イデオロギーにも興味を示さなかったからだ。
つまり洋介だけが社内で浮いていたからだった。
だが左翼には縁が無かったことは、後に幸運を生むことになることは洋介はもちろん知らない。

どこかの商店や企業で首切りがあると大騒ぎして紙面でたたきまくっていた、この地方紙だが、自社の社員の首切りは平気だった。
退職金とも言えないわずかな金で洋介は追い出された。
だが洋介はまだ二十代前半で預貯金もほとんどない。

わずかな退職金というか涙金もあっという間に底をついた。
次の就職も元職が左翼系の地方紙の記者であったことが足かせになった。
募集を知って訪ねても、相手はそれを知るなり、態度が豹変した。
行く先行く先みな同じだ。

それからは新聞社の通勤用に買っていた中古の小型バイクで仕事探しの日々だ。
だが前職が記者となると左翼でなくとも世間は優しくはない。
記者は”つぶし”が効かないのだ。
つまり常識と道理と礼儀が欠落していると思われ、疑われ、元職を知ると向こうが断ってくる。

大手新聞社の記者だって普通の企業はまず雇ってはくれない。
常識が欠落し、その態度もすこぶる傲慢で尊大な癖がついているのだ。
ましてや左翼地方紙の記者では、そこら辺の乞食のほうがまだマシだ、と言われるくらいだ。

洋介はバイクを走らせている。
いま行ったところもあっさりと断られた。
(・・辛い・・・地獄のようだ))
信号で止まっていると周りは見た事のある景色だ。

思い出した。
一年ほど前にオレオレ詐欺の被害にあった家が見えた。
取材で一度きたことがある。
婆さんの一人暮らしだが、ボケてはいないが、正常かと問われればウ~ンと頭を傾げてしまうような状態だった。

子どもたちが、もう施設にと言うのを頑として断り、この家で一人で暮らしている婆さんだった。
婆さんの名前も家族構成も電話番号も、あのとき取材した手帳に書き込んである。
その手帳はいまも常に持ち歩いている。

洋介はそこを通り過ぎ、しばらく行ったところのコンビニでバイクを停めた。
そして何か考えている。
ポケットをさぐった。  
百円硬貨が4枚と小銭が少々。
これが全財産だ。

顔を伏せているが、泣きそうな顔だ。
駐車している車の陰で悩んでいる。
そしてホッと頭を上げた。
何か、覚悟を決めたような顔だ。
ーー
 そして近くの公衆電話のボックスに入った。
百円硬貨を投入口に入れた。
手で手帳を開いている。
電話する相手はあの婆さんだ。

取材したときは直接には話していない。
他の社の記者が問い、警察が話した状況を聞いただけだ。
洋介は意を決したように番号を押した。
必死さが横顔に見えている。

電話を持つ左手の指が震えている。
そばをゴーッとダンプが地響きを立てながら走り過ぎた。
ルルルールルルーと向こうの呼び出し音が鳴っている。
小さな音とともに向こうの声が聞こえた。
「はい、もしもし」

「ああ、婆ちゃん?」
「・・・ ・・・ そうだよ、おお、珍しい、健太郎かい」
「・・・・・・」
「健太郎かい」

「ああ、うん、そ、そう」
洋介は健太郎に化けていた。
「どうしたんだい、声が違うじゃないか」
「・・・・・   」
「もしもし、もしもし」

「ああ、ごめん婆ちゃん、コロナのワクチン打って以来、身体がおかしくなって」
「大丈夫かい、でもアンタ、それにしても電話の様子も話し方もおかしいよ」
婆さんは気づいたかと思ったが勢いで言った、

「じ、実はさ、大変なことになっちゃって」
「声も上ずってるじゃないか、どうしたの」
「か、か、会社の集金した金を盗まれてしまって・・このまま帰ると、オレ首になりそうなんだ」

「そりゃ大変だ。いくら盗まれたのよ」
「ええっと、全部で255万7千円」
2557はあの地方紙の番号の一部だった。
「そりゃ大金じゃないか」

「ううん、貯金も無いし・・・ 」
「それで電話を ・・・ よし、じゃ婆ちゃんが出してあげる。今から郵便局へ行くから。郵便局は近くだし、うちへすぐおいで、急ぐなら玄関で待ってりゃその場で渡すから。じゃ260万円あったらいいんだよね」

「ああ、うん、それでいいよ、助かるよ、恩に着るよ」
「恩なんか、いいさ、それどころじゃないでしょ、まかしときなさい」
と婆さんが言うと、洋介は「じゃそちらの住所を」と言いかけて、ガチャッと電話を切った。

「住所を聞いちゃおかしいわな・・」と洋介はつぶやいた。
しかし焦って思い付いた電話だ。
金を自分で取りに行くのか、他人じゃ声が違うし、自分で行けば顔も知れるし、ひょっとしたら婆さんはあの取材のときに顔を覚えているかもしれない。

何よりも自分はすでに未遂とはいえ罪を犯している。
公衆電話のボックスの中で思わず身体が震えた。
バイクにまたがり、電話をもっていた左の手のひらを見た。
汗で濡れていた。

こんなことは初めてだ。
「なんてバカなことをやったんだろう」
正気に戻った。
あとはどこをどう走ったか覚えていない。

気づいたら繁華街に来ていた。
ここも取材でよく歩いた場所だ。
知っている人に会うと体裁が悪いが、バイクの燃料も少ない。
街路樹の下のベンチに座った。

「マズかったなァ、電話したのも・・ 親父とお袋にも永いこと逢ってないし、こうなったら生活保護か。恥をかいても罪を犯すよりはマシか」
洋介の頬にひと筋の涙が流れた。
「腹も減った・・・ 」

腹がキューと鳴った。
「惨めだな・・・」
バイクの燃料も気になるが、ここでじっとしていても、ひもじくなるだけだ。

バイクにまたがりキーをひねったそのときだ。
後ろから男の声がした。
「おい、洋介じゃないか」
聞いた声だ。

振り向くと、以前地元の食に関した連載記事で半年ほど世話になったラーメン屋の大将だ。
もう60歳はゆうに超えているが、元気だ。
「久しいな、元気だったか、あの新聞社、辞めたんだってな」

「ご存知でしたか。お久しぶりです。その節はお世話になりました。ありがとうございました」
「いいってことさ、いまどうしてる。仕事は見つかったのかい」
「いいえ、まだ、ただ元職を聞かれると即、首を横に振られます」

「まあ、あの新聞社じゃあな、まともな相手なら雇わないよな。お前は真面目で思想的にも染まってないからまだマシだが、そんなことは相手には分からんもんな」

「はい、ボクもここまで元職に足を引っ張られるとは思いもしませんでした。自分の不明と愚かさを反省するばかりです」
「そうかぁ、お前らしいな。ところでのど乾いてないか」
今の洋介は腹に入るものなら水でもいいときだ。

大将は洋介がそういう状態だろうとすぐに勘づいていた。
「いま金はあるのか」
「恥ずかしい話しですが・・」
「ちょっとこっちへ来いよ」

大将は近くのコンビニに洋介を連れていった。
見れば店内の一角にイートインコーナーがある。
「お前、何でもいいから食いたいものを選びな。おれが払うから」
「いいんですか」

「うん、ちょっとそのコーナーで休もうや」
洋介は菓子パンを二つと缶コーヒーを持ってきた。
「そんだけで、ええの、足らんだろう」
「ああ、大丈夫です、ありがとうございます」

大将が金を払いコーナーに座った。
大将は声の大きな男だが、洋介の事情を察しているのだろう、日ごろになく声が小さい。
「気をつかってくれている」
と洋介はすぐにわかった。

コーヒーの冷たさと、人の気持ちの温さも感じた。
洋介は飲みながら泣きたくなるのを必死でこらえている。
それは大将にも分かっている。

「しかしいつまでも無職じゃ食えねえだろう。どうだ、とりあえずうちに来てみんか。たかがラーメン屋だが、そこら辺の会社には負けねえ。これから支店も増やしていくつもりだ。次の仕事が決まるまで食わなきゃならんだろう」
地獄に仏だ、洋介は大将の顔を見た。
何もかもわかってる、うちに来いよ、と言ってる顔だ。

大将は続けた。
「働きながら他を探しゃええじゃないか。給料はバイトの額だが、男一人が生きていくには贅沢さえしなきゃ大丈夫だ。どうだい、お前なら履歴書も要らねえわ。今からでもええぞ」

洋介は人目もかまわずにとうとう泣き出した。
(洋介、相当な目にあってるな)と大将も思った。
「おい、あまり大声で泣くなよ、オレがいじめているように見えるじゃないか」
「す、すみません・・・」

洋介は思った。
(助かった、婆さんの家に行かなくていい)
「おい、大丈夫か、返事はどうだ、洋介よ」
「ああ、すみません、すぐにでもお願いします」

「よし、わかった」
「でもまさかここでお会いするとは・・・」
「へへ、そうかい、あの連載の取材がすんでからな、お前の会社に電話したことがあるんだ。するとな出たのが社長だった」

洋介には思ってもいなかったことだった。
「うちへ電話されたんですか」
「うん、最初に会ったとき、お前にはあの仕事は不向きだとすぐに分かってた。ただ記者の癖がついているのも困るしな、それでな電話に出たのが社長だったので、お前のことで改めてお話しにお伺いしたいと言ったんだ」

「それで社長は」
「いやいや、もう最初からケンカ腰でな、冷静な話しなんかできやしない。こちらの用件を言うやガシャッと電話を切られたよ」
「そんなことが・・・」

「聞かされてないんだろうな」
「はい、全然聞かされてません」
「だろうと思った。あの連中てのは仲間にならない者には容赦がないからな」
「ボクは何もしてないですけど」

「何もしてないということは弱みも無いてことだ。あいつらは弱みの無い奴はキライなんだ。そういう連中なんだよ」
洋介はあれこれ思い出した。
それを大将に言うと大笑いした。

「そうだろな、あの連中はそういう世界に生きているし、そういう世界でなければ生きられない連中なんだよ。もう普通の社会には戻れない連中なのよ」
洋介はあの新聞社の本当の姿をいま知った気がした。

「でも良かった、お前の電話も通じんし」
「払ってないもんですから、止められちゃって」
「そうだろうな、オレも経験が無いわけじゃない、わかるよ。でも電話が通じないのは困る。とりあえずな、多少の金をここでわたしておく。電話代は必ずはらっておけ。みな給料から少しづつ天引きになるが、ええな」

「はい、すみません、勝手ばかりで」
「いいさ、何事も経験だ、先できっと生きてくる」
と言いながら大将は厚い財布から10枚の万札を出した。
「とりあえず、裸だが10万、これは給料からの前払いだからな、プレゼントじゃないぞ」

「ありがとうございます」
まさに地獄から天国だ。
「じゃ、オレはもう一軒用事があるから、そうだなァ、じゃ午後5時くらいにうちに来てくれんか。いつも来てたあの店でええが」

「結構です。お伺いさせていただきます」
「いやあ、良かった。新聞社はお前のアパートも教えてくれんかったし、オレも忙しいしな、気になってたんだ、良かったよ、ここで会えて」
「ボクも助かります」

「うちは知っての通り、みないい奴ばかりだ。きっとお前と気の合う奴もいる。じゃ5時にな」
「はい、お伺いいたします」
大将の店は何度も行っている。
若いのも年配もいるが、みな感じは良かった。
コンビニを出ていく大将のうしろ姿がかっこ良かった。

陽が少しづつ傾いていく。
洋介はそっとあの家の近くまでバイクを走らせた。
あの公衆電話のボックスが目に入った。
婆さんが玄関に出ている。

そして辺りを見回している。
すると横の陰から男が二人、出てきた。
よく見ると近くにも似たような雰囲気の男が三人か四人いる。
婆さんは男たちと話している様子だ。

洋介にもそれが誰かは分った。
「警察」
洋介の背中に冷たいものが走った。
記者の仕事で警察にはよく顔を出して知っている警官も多い。
「これ以上は近づけんな」

婆さんは男たちと話している。
なんて話しているのか。
洋介は手を見た。
もう汗は消えていた。
顔を見られぬようにしながらバイクを走らせた。
ーーーー
 それから数ヶ月後のことだ。
洋介はあの大将の店で働いている。
アルバイトだが、人が足らず正社員にもじきになれそうだ。
店はこれから支店がまだまだ増えていく。

いずれ遠くないうちに洋介も支店の店長になれる可能性も出てきた。
もちろん洋介の働き次第ではあるが。
洋介ももうラーメンから離れられない。
当面は大将にしがみついてでもラーメンの修行と経営の仕方を学んでいくつもりだ。

今日も朝から出てラーメン店で働いている。
ここはあの婆さんの家の近くだ。
たまに前を出前で通り過ぎる。
いつも静かで玄関も変わりはない。

今日も出前の電話は時間帯になるとひっきりなしだ。
バイクの免許を取っていたのが役に立っている。
女性の店長が言った。
「洋介さん、これ出前お願い。一丁目の影田さん」

洋介は腰が抜けるほどおどろいた。
(一丁目の影田、あの婆さんの家じゃないか)
「はい、すぐに」
すぐに動くのがラーメン屋だ。

岡持ちに注文のものを入れ、バイクを運転して出た。
そして通りの角を曲がった。
洋介は覚悟を決めた。
「婆ちゃんは、あの取材のときのオレの顔を覚えているだろうか。ままよ、行ってみなきゃわからない」
洋介は家の玄関前にバイクを止めて見た。

玄関は開けっ放しで、何人か人が動いている。
「こんちわ、出前のお届けですが」
すぐに奥から女性が二人と中学生くらいの男子が一人出てきた。
「どうもご苦労様」

手分けしてラーメンなどを出している。
婆さんの姿は見えない。
女性が言った。
「今晩は通夜だから、夜もまたお願いするかもしれないからよろしくね」

「お通夜ですか」
「ええ、お婆ちゃんが亡くなってね」
亡くなったのか、洋介は複雑な気分になった。
「ああ、あの午前二時までは出前もしますから」

「ああ助かるわ、夜はもっと数が増えると思うから」
「ありがとうございました」
洋介はバイクで店に戻る途中で、どこかの家の陰にバイクを止めて手を合せた。
(亡くなったのか、悪いことしちゃったな、ゴメンな許してな婆ちゃん)

夕暮れ近い町を洋介のバイクが駆け抜けていった。
遠くでパトカーの赤いライトが点滅している。
何か、あったのだろう。


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