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     「わらび餅」              -- Short Story 2-1 --

 朝の8時、「リフォーム立建」社長の泉を前にして営業の小西と杉尾の三人が事務所で話し合っている。

泉が尋ねる。
「であの小池さんの件、手がかりにするシロアリ駆除と床下換気扇はいけそうですか」
杉尾が答える。
「今日床下に入ってみる予定です」
「あなたが入るの」
「いいえシロアリ屋の江田と電気屋の玄葉を入らせます」
「江田さんて、あの理屈っぽい人かァ。あの人、前職は公務員ですよね。シロアリ駆除の経験はあるの、大丈夫?」
「はい、見た目はシロアリ屋とは思えませんが、屋根のような高いところは苦手ですが床下は大丈夫です」
「聞いてるのは、そういうことじゃないけど」
「理屈っぽいのも確かですが、上手に扱えば意外と素直ですよ」
「あ、そう、ボクは苦手だな、あの人。でも杉尾さんも床下に入って営業の熱心さを訴えたほうがいいのじゃありませんか」
「イヤです」
「閉所恐怖症とか」
「イヤな聞き方しないでくださいよ」
「ああ、ごめん」
「わたしは床下なんかまっぴらですよ」
「暗いところはダメですか」
「絶対にイヤです」
「でも誰か営業も入らないと、汚れ仕事は嫌う営業では小池さんも説得できないでしょう」
「イヤです。あんな暗くて汚れるところ」
「じゃ小西さんは」
「わたしも同様です」
「営業は一人も入らないではサマになりませんよ」
「いいんです、小池さんはそれで文句を言う人じゃありませんから大丈夫です。駆除も取り付けも江田と玄葉の仕事ですから」
「じゃとりあえず今日は下見ということで」
「いえ、今日は契約もさせます。なのでもう一人連れていきます」
「あ、そう、誰を」
「小泉です」
「ああ小泉クンか、そうだな、小池さんは一人身なんでしたね」
「そうです、小池さんは結婚の経験も無いそうですから小泉はピッタリです。小池さんはもう小泉のフアンですから」
「うちに雇ってと転がり込んできた小泉を岡田部長が即決で雇ったのは正解でした」
「でも小泉クン今日は逢坂さんと出かけてますよ」
「逢坂はいいんです。どうせ仕事なんか取れやしません。気に食わないとお客を批判して罵倒する男ですからね。社内でも屁理屈ばかりこいて嫌われ、かつ無駄話しが多くて時間だけが過ぎていく無駄飯食いですから。小泉にも逢坂に付き合っても得にはならん。さっさと別れてこっちへ来い。それなら得点にもなって営業のマージンも入るからと言ってあります。本人も必ず行きます、と言ってましたから」
「ま、営業同士でもめないようにしてください。それで小池さんの続きだけど、シロアリ駆除と床下換気扇をきっかけにして邸宅の全面改築、外壁張替と塗装、居間と台所の全面改修まで取れそうだと聞きましたが、いけそうですか。取れればかなりの金額になりそうで会社も期待しているのですが」
小西が胸をそらしながら言う。
「いけます、イヤいかせてみせます」
「最終的にはどの程度、おおよそいくらの金額になりそうですか」
小西と杉尾は顔を見合わせ杉尾が言った。
「何しろ平屋とはいえ昔は御殿と言われた屋敷ですから庭の工事も入ってきますし、そうなれば最低でも6,7千万円、うまくいけば億いや2億を超えるでしょう。それをきっちりやれば近所のお宅もうちに仕事をくれるでしょうし、そうなればウチも本格的な建築会社として東証上場も夢じゃありません」
小西が言う。
「あそこの町内だけでも目星をつけた家が十軒以上ありますから」
「そうなればあなたたちの取り分もでかいな」
「社長だって手に入るでしょう」
泉はへへへと笑いながら話しを続けた。
「小池さんに意見を言うような人は、そういうのは邪魔ですから」
「はい、親戚はいるようですが、付き合いはないようです」
「家もあれば年金もある。一人身で贅沢はしない、金を無心する親戚もいない、となれば資産家であることは間違いありません」
「どのくらい持ってンでしょう」
「近所の話しでは亡くなったご主人の生命保険や遺産、自己所有の家土地も貸家もありますし、およそ5億か、それ以上ではと思われます」
「小池さん、普通にはめている指輪も小さいけどダイヤ入りですよ、あれは本物でしょう。細い手首に巻いた時計も見たことも無い高級品ですしね」
「営業で伺った初日から寿司を取ってくれました。それもネットでも取り上げられる一番の寿司屋の出前でした」
「生活も派手ではないけど中身は相当に贅沢ですよ。あの歳じゃ他にすることもないのでしょう」
「今回の工事も仮に一部改築もやれば4,5千万にはなりますが、と先日も言うと『そのくらいなら現金で払うわよ。あの世に通帳も現金も持っていけないし』なんて言ってました」
泉は檄を飛ばした。

「よおし、小池さんの家、全財産を家につぎ込ませて裸にしてもいいから徹底的に根こそぎ頂きましょうよ。いざとなれば施設に入れりゃいいんですから。何ならそこまで付き合ってもいいから絶対に逃がさないようにしてください」
杉尾が言う。
「大丈夫です。いけます。絶対にうちで取れます。逃がしません。今日は小泉を連れていきますし、あいつがいれば一発で決まると思います。何しろ小池さんに一番効き目があったのが三回同道させた小泉でしたから」
「小泉クンそれほど効き目がありましたか」
「ありましたよォ、あれは小泉が持って生まれた才能ですね、育ちもそういう育ちだったのでしょう。一見すると爽やかで利口そうで何よりも顔がいい、この業界にも中々いない珍しい男です。小泉の中身なんかしょせん客には分かりませんから」
「ああ確かにそうだな」
「どことなく人畜無害そうですが、中身はどっこい、わたしに娘がいれば絶対に近づけたくない男です」
三人はどっと笑い杉尾が言った。
「毒も使い方次第で薬になります。そういう男だけに営業の芝居では使えます」
泉が言う。
「小泉クンを雇うと決めたのは岡田副社長でしたよね」
「はい、何も出来ない何もしない岡田副社長の唯一の功績です」
「あまり岡田さんを悪く言わないでよ、あの人、下手に怒らすと実家のスーパ-から使用人が苦情を言いにくるんですよ。『うちの坊ちゃんを粗末にしないように』とね。あの人、実家がないと何も出来ない人で、おまけに実家はうちの大株主ですから」
「社長も言うじゃありませんか。岡田さんは偉そうに振る舞うばかりで何も出来ない人ですからね、つい」
「東大とハーバード引いたら何も残らない人ですからね」
一瞬の沈黙、泉が尋ねた。
「それで小泉クンに戻るけど、契約の成否は彼にかかっているてことですか」
杉尾が言う。
「そうです、小池の婆さん、小泉を見た途端にうちを気に入ってくれましたからね、いやああの歳になっても女は女ですよ。二度目に行ったときにはもう目がハートマークでしたからね」
小西も続く。
「ひと晩小池さんに添い寝させたら家屋敷も全部タダでくれるかもしれません」
「すごいなァ、小泉クンは」
そう泉は笑いながら言うと、二人に尋ねた。
「小泉クンとボクと、どっちが女性にもてそうかなァ」
小西と杉尾は苦笑いしながらしばし黙った。
そして天井を見上げて同時に言った。
「さあ~、どちらもイケメンですからなァ」
何とも表現し難い奇妙な空気が三人の周辺に漂っている。

 するとテーブルの向こうで話しを聞いていたのか、最高顧問の鳩山がするっと泉の横に座って口をはさんだ。
「その小泉クンて、会ったことないけどどんな人なの」
泉も小西も杉尾も迷惑そうだが、鳩山はこの会社の元々の創業者で資本金も出している大資産家だ。
とはいえこれも自分がつくった資産ではなく、母方の祖父が築いたものだ。
なので生まれも育ちも苦労しておらず、その結果として頭はいいのだが、なぜかいつもボーッとして自分が無く、何をしても緊張感も無い。
こういう人物だから他人の話しにすぐに感化される。
決めたことも朝令暮改でひっくり返し、おかげで午後三時の男と陰口をたたかれている。
つまり最後に聞いた人の意見に流される、という意味だ。
鳩山はいても何の役にも立たないし客の一人も紹介すらしたことがない。
とはいえ会社の創業者であり大株主となれば無碍にもできない。
泉は面倒くさそうに口ごもった。
すると助け船のように口を入れてきたのが泉の腰巾着の安住だ。
会社創立時からのベテランだが肩書は特に無く、いわば無駄飯食らいの一人だ。
それだけに社員のことには詳しい。
安住は話しに割り込みソファーの肘掛けに座って言った。
鳩山はイヤそうに顔をそむけたが、鳩山の顔にくっつくように安住が言う。
「あの小泉はですね、ライバル社の自公ホームで何も出来ずに首になりそうになり、ウチに雇ってくれとすがってきた男です。ひと言で言えば「遊び人」ですよ。それだけに女を扱うのは上手い。何せ見た目がいいでしょ、どこかのお坊ちゃんのようにも見えるし、オバサン・バアサンを騙すことにかけてはうちでも一番です」
「休みの日には何してるの」
「夜は女性ハンターだそうです。すでに子持ちですが、奥さんはハーフで何かの集会で手をつけたらしく、出来ちゃった婚の似たもの夫婦ですな」
鳩山は「フ~ン」とうなづくとフワァ~と立ち上がった。
全員が立ち上がり安住が道を開けると鳩山はそのまま黙って玄関を出ていった。
「幻のような男だな。ええよな、大金持ちは、あれで世間が通るのだから」
と囁いたのは『無用の男』と陰口をたたかれている総務の枝野だ。
安住が追うように言った。
「ボクはあの人は人の姿をしたATMとして見ています。人ではなくATMなんです」
一同は確かにそうだな、という顔をした。
泉が続いた。
「じゃ、頑張ってください。夕方を楽しみにしています」
と言って泉が見回すと経理の長妻や元社長の菅や古参の小沢も子分を連れて立っている。
億の声を聞いていつの間にか欲ボケした人の輪が出来ていた。

小沢がのっそりと前に出てきて小西に言う。
「小泉クンてそんなのか」
「営業はさっぱりですが、応援で行くと相手が契約してくれるんです。特にオバサン、婆さんに効きますね」
杉尾が次いで言う。
「確かにな、オレなんかこの通りの人相で犯罪者みたいだけど、あいつを連れていくと相手の対応がコロッと変わるんだよ。この前も難しそうな顔をしてオレと目を合わさなかったオバサンが小泉を見た途端にハイハイと契約して印鑑をポンと押してくれましたからね、いやあ人間見た目ですよ、見た目が悪い奴はダメですよ、この稼業は」
小西が言った。
「アンタは見た目も中身も悪いもんな」
「うるせえ、そりゃお前も同じだろう。元は木っ端役人だった奴が何を偉そうに」
小西が言った。
「アンタだって元は人の粗ばかり探して食ってたヤクザじゃないか。それ以外にもあるぞ、あるぞ悪事が、何ならここでみなしゃべってやろうか」
杉尾は真っ青になって言い返した。
「そ、それは言わない約束だろう。二度というな!今度言いやがったら殺すぞ」
一同が凍り付いた。
「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて」
と笑いながら言ったのは泉だが、そのつくり笑いが不気味でその場の全員が固まった。
安住が言う。
「小泉は女を前にすると相手の歳にかかわらず途端に変身する特技があるんですよ。あれは生来の遊び人ですよ。でも話し始めると相手が信用しなくなるんです。小泉を使うにはコツがありましてね。とにかく話しをさせずに見せるだけにすること。話しをさせるとすぐに話しの内容がいい加減で正体がバレて客の方が引いてしまうんです。演説ならいいんですが、ビジネスで相対するといけません。いつだったか契約書を見ながら『セクシーな契約書ですねぇ』なんてほざいた男ですから、横にいさせてニコニコさせておきゃいいんです。客もバカが多いですから」
そこは小泉本人もわかっていて誰かの応援で出向いてもできるだけ話さないようにしてそばにいる。
そうして契約がスムーズにいく。
会社の売り上げ競争でも本人の成績はさっぱりだが、応援でのマージンが相当ある、という珍しい営業マンだ。

リフォーム立建には他にも海千山千で癖の強い営業がゴマンといる。
他社の大悪口を言う者、他社のありもしない不祥事をあるように話す者、中には他社の誹謗中傷を書いた悪質なチラシを顧客の住まいの近辺にばらまいた奴もいる。さすがに警察沙汰になったが本人は知らぬ存ぜぬでうやむやにしてしまった。
会社創立時からの主要な客は労働組合の組合員だ。
大きな組合のおかげでリフォーム立建は一時は百人を超える社員を抱えるまでになった。しかしその後は営業社員たちの詐欺師的正体がバレ、仕事もいい加減で、約束も守らず、今では組合にも愛想をつかされ、見る影も無い。
それでも何とかかんとか生きているのは、ひとえにバカな客がいるからだ。

 泉がまたつくり笑いをしながら言った。
「ま、とにかく何でもいいから早く手をつけて小池さんからきっかけになる仕事を取ってください。まずは手がかり、それさえ出来ればあとはこっちのもんですから」
「小泉とは現場で会うことになってますから」
「この時間はまだ戸建ての屋根塗装で逢坂と一緒にいるはずです」
「ああ、さっき逢坂から電話がありました。今度の相手も年寄りで小泉のおかげで契約が取れそうだと言ってました」
「逢坂と小泉か、オレは友だちにはしたくない二人だな」
「人の事は言えんだろう」
「アンタもな」
「何だと、もう一度言ってみろ」
「ええ加減にしてくださいよ。とにかく早く契約取って足掛かりにして」
それでも杉尾は言った。
しつこくて粘着質なのが杉尾のウリだ。
一度目をつけたら逃がさない。
脅しも脅迫も徹底的にやる。
「小泉は女殺しの年寄り殺しですよ。チクショーオレがもちっと人相が良けりゃな、最高の営業になれたのに」
「アンタ、そういうのを叶わぬ夢てんだよ、それにアンタ自分で言うほど人相が悪くはないよ、良くもないけどさ」
「お前のそういう言いぐさがオレは気に入らんのだよ」
「まあまあ落ち着いて、ね、笑顔笑顔ですから営業は」
と言いながら小泉はにっこり笑った。
小西と杉尾が同時に言った。
「社長、その不気味なつくり笑い、もうやめてもらえませんか。夜中にうなされて目が覚めることがあるんです」
「ボク、笑顔をつくってるかなァ、自然に笑っているつもりだけど」
「とにかく気味が悪いんですよ、アンタのその笑顔は」
「・・・」
泉は黙ってしまった。
「じゃ、行ってきまあす」
二人は出かけて行った。
泉は手鏡を出して自分の顔を映し笑顔をあれこれ変えながら笑っている。
「やっぱり気持ち悪いよ」
とケリをつけたのは鳩山と同じ最高顧問の菅だ。
泉が菅に言った。
「顧問の笑顔も気持ち悪いですよ、性格がむき出しで」
「何だとォ。お前誰に向かって言ってんだよ」
「まあまあケンカしないで」
と言ったのは小沢だ。
泉と菅が小沢に言った。
「アンタの笑顔こそ気持ち悪いわ」
三人でもめ始めた。

 リフォーム立建はまとまらないバラバラの会社なのである。
こんなところに仕事を出すのは自殺行為だが世の中は広い。
小西が小泉に電話した。
10時、小泉はコンビニの外に立っていた。
「やあどうもボク小泉です」
「知っとるわい、わざわざ言うな」
小泉は車に乗ると二人に尋ねた。
「うち以外にも何社か小池さんちに来てんでしょ」
「うん、目をつけるのは皆同じだよ。特にしつこく来ているのが3社。屋根・外壁塗装のシャーミン社とリフォームのキョーサン商会と白蟻退治のレーワン興業、この3社は毎日のように来ている」
「特にレーワンは代表の山本が小泉クンに似てなくもない」
「ボクにですか、どこがですか」
構わず話しを続ける。
「あいつは演劇が趣味でな、何をやっても芝居がかっているんだよ。客の中にはそれを面白がって契約するバカもいる。山本レーワンの契約をしたら命取りよ。金を引っぺがされるだけでなく、芝居の観客にまで狩りだされる。もちろん有料でな」
小泉は「へえー」とうなづきながら言った。
「それでシャーミン社とキョーサン商会はどうなんですか」
「シャーミン社は昔は良かったが嘘とでっち上げがヒドクてな、加えて社員の出来が悪すぎて今じゃ女社長の福島が一人で回ってんだが本人は金をしこたま貯め込んでいて商売はどっちでもええというような有様だ。でも時間だけはあり過ぎるほどあるので営業はいわば暇つぶしよ。だからあそこは怖くも何ともねえ」
「キョーサン商会もシャーミン社と同じだ。代表が融通の利かない志位てオッサンでな、これがまた妄想と空想に埋まった男でな、現実離れした見積もりを出し、仕事をさせればヘマばかりで客の苦情が絶えない。そのくせ小泉クンとは違った手口で女、特にネエチャンやオバサンを騙し抱きこんでは社員にしている奇妙な会社よ。志位は女性社員に手をつけてんのかもしれんな」
「まあ、うちの一番の強敵はアンタがいた自公ホームだな。所帯が大きいし人も多いからな。ただ社内が二派に分裂しているのが欠点だな。岸田一派と山口一派に別れてて、どちらにも属さない社員もいる。今の社長の岸田が出来が悪くてな、副社長の山口は中華飯店の習ていう男の言いなりでな、前の社長だった安倍がチンピラに殺されてから社内はもう分裂状態で今では中はメチャクチャよ」
「よく知ってますね」
「ということで小池さんちの仕事はほぼ間違いなくうちで取れる。せいぜいレーワンが庭掃除を受け合うくらいかなぁ、あそこは山本の個人商店のようなものだからな、好きなようになる。いずれにせよ今日は契約まで持っていくからな」

「レーワンはシロアリ駆除と床下換気扇いくらで出してくるんでしょうか」
「山本が何度も来ているようだけど小池さんが言ってた。『山本さん、いつも訳のわからないことを喋ってコーヒー飲んで帰るだけ。四五人で来ては大声で喋って騒いで、言いたいことだけ言って帰るのよ。あの山本さん、一人じゃ絶対来ないし、仲間がいないと来ない、あんな奴信用できないわよ』て言ってた。とりあえずシロアリ駆除と床下換気扇はウチで取る」

 昼になった。
小西が杉尾と小泉を連れて小池の屋敷の玄関チャイムを押した。
防犯カメラも三人を見ている。
二人の後ろに小泉が立ってニコニコ笑っている。
杉尾が「ずっと笑ってろ」と言ったからだ。

家の表札には小池ユリコ(以下ユリコ)とある。
都庁に勤めていたらしいが、この屋敷の主と昵懇になって二人で暮らしていたが、主が行方不明になって今は一人暮らしだ。
なぜかアラブ人の恋人がいたという噂だが、どこまで本当かは分からない。
いまさらどうでもいい話しだが。
ユリコが玄関に出てくるまで小泉が言った。
「ユリコさん、預貯金、どのくらいあるんでしょうね」
小西がシッと小泉を黙らせた。
玄関が開くとユリコが三人を見て笑った。
「いらっしゃ~い」
「お世話になります「リフォーム立建」の小西でございますが」
「わかってるわよ、今日は三人で来られたのね」
小泉に気がついていることは三人にもわかった。
小西と杉尾そして小泉を客間に入れた。
「早速ですが今日はぜひシロアリ駆除と床下換気扇のご契約をいただきたのですが」
「ああそうなの、いいわよ」
ユリコの目は小泉を見ている。
小泉もニコニコニコニコ笑っている。
杉尾は目をパチクリパチクリしながら喧嘩腰のような言い方で答えた。
「小池さん、シロアリ駆除なら任せてください。わたしもこの道25年になります。羽根一つ残さず退治してご覧にいれます」
ユリコは喜んだ。
「まあ、しゃべり方は雑で乱暴だけど頼もしいこと。きっと白蟻も殺しまくって山に埋めてくれるでしょう。よろしくね」
「あの、山に埋めるとは、どういう意味ですか」
「ううん、特に意味は無いわよ」

四人はユリコが取った出前の天丼で夕飯を済ませた。
台所で小西が契約書を仕上げている。
シロアリ駆除と床下換気扇の工事の契約書だ。
杉尾が言った。
「作業は明日からかかります。先に換気扇をやって続けて駆除をやります」
「ああ、いいですよ、ご自由にやってください」
三人は家を出た。
車で会社に戻る三人。
小西がハンドルを握りながら言った。
「小泉クンを連れてきたのは正解だった」
「そう、ユリコさん小泉ばっかり見てたもんな
小泉は自分の売り上げにもなるし、笑いながら言った。
「何度でも夜中でもついていきますから」
「ああ、頼むよ」
小西が言った。
「換気扇とシロアリやったら、あの家の大改装も庭の改修も契約させようぜ、今年はもう働く必要が無くなるくらいの稼ぎになるぞ」
「オオー」と杉尾と小泉は車の窓を開けて夜の街に吠えた。

次次週くらいに続く


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