------ ミスタービンボー ------ ------ Short Story ------
わたしはとっくにこの世を去ったカラス。
言うなればカラスの亡霊のようなものだ。
あの世の住人なので身体は黒ではなく白になった。
何となくニワトリになったような気がしないでもない。
わたしは今、都内のとあるマンションの最上階、そのベランダにいる。
ここは流行りのタワマンではないし、超高価な部屋があるわけでもない。
だが入り口には洒落たエントランスもあって、超高級とまではいかないが、相応の所得の者が住んでいる。
目立たないけど、こういうところに本当の金持ちがいるものだ。
本物の金持ちは見栄も張らず、体裁を取り繕うこともなく、目立つところには滅多に現われない。
そういうのが本物の金持ち、資産家てものだ。
育ちもいい本当の美人は滅多に人前に出ることはなく、たまにゴミ袋を集積場に持っていくときに見かけるようなものだ。
やたらと人前に出てくるのは、成金であって本物の金持ちではない。
とはいえ、金持ちの定義も人により様々だけど。
このマンションにも本物と思える金持ちがいる。
わたしの独断では、このベランダの奥にいるオッサンもその一人だ。
わたしの知るところでは、オッサン個人の資産は動産・不動産合わせておおよそ20億くらいのようだ。
もちろんデジタルの時代になって50億100億の金を短期間で稼げるようになり、20億くらいでは小銭持ちの類かもしれない。
ただ、このオッサンはデジタルではない時代から金に必死で付き合ってきた。
なぜわたしがそんなことを知っているか。
わたしは姿はなく、いわば「気」のようなものだ。
でも不便なので、おぼろに姿はある。
だがもちろん人間には見えない。
気であるわたしは、望む相手の意識の中に入れるのだ。
このオッサンの意識の中にも入り、そしてオッサンの歴史も知ったのである。
オッサンは大学を出てすぐに証券会社に入った。
当時は今のようにパソコンもネットも無い時代で、総てが「場立ちで手サインと算盤」で行われていた。
その頃からオッサンは必死で働いてきた。
営業に替わって資産家の家を訪ねて歩く日々もあった。
あくどいこともやってきたし、客をはめて資産をガタ減りさせて破産寸前まで追い込んだときもある。
何か理由があったのだろうが、そこまでは分からない。
そういう荒波を越えてきて、いまわたしがいるベランダのそばの自室で朝から株のトレードをやっている。
オッサン個人の20億はいまのネット時代の金持ちの100億くらいの値打ちはあるだろう。
もっともその値打ちだけでは100億の買い物はできないけど。
オッサンは女房と二人の生活だ。
子どものいないオッサンは女房にも資産を分けている。
女房はいくらあるのか、貸家を二軒持って現預金や株などで合わせて4億くらいはありそうだ。
オッサンのほうは少々癖があるが、女房は利口で素直な女だ。
人生は永い、これからも稼ぎながら二人で生きて行ってほしいものだ。
女房がコーヒーを持ってきてオッサンの横に置いた。
オッサンはパソコン見ながらトレードに夢中だ。
さあてと、今日も秋晴れで気持ちがええし、遠出でもするか。
と思っていたら下のほうで「気」を振りまいている「気」を感じた。
わたくしと同族か、だがこの気は動物の気ではない。
人間の持つ「気」だ。
「珍しいな、気を持つ人間に会うのは久しぶりだ」
スッと下へ急降下した。
エントランスホールの下から気を感じる。
オッいた、こいつか。
一人の男が立っている。
その姿はとてもじゃないが、金には縁の無いような風体だ。
丸いメガネをかけ、ひょろりと痩せた男。
安物のスーツに同じく安物のネクタイ、くたびれた靴を履いている。
白いシャツは着替えもせずにどことなく汗と垢が臭ってくるようだ。
だが、真っ昼間に盗人でもあるまい。
ロビーから宅配の男が出てきた。
でもオッサンに気づかない。
それどころか、立っているオッサンの身体をすり抜けていった。
そうだろうな、わたくしと同じく「気」で姿が出来ているんだから実体は無く、空気のようなものだ。
気だから姿をつくる必要はないのだが、わたくしもそうだが、姿がないと落ち着かないのだ。
姿がないと何でか身体中が痒いし、どうにも落ち着かない。
なのでみんなが気で姿をつくっている。
しかし、このオッサン、何でこのマンションに、何か用事でもあるのか。
見すぼらしい姿だし、手ぶらというのも気になる。
エントランスの端にとまっているわたしに気づいたのか、男がわたしを見上げた。
わたしには彼が見え、彼にもわたしが見える。
わたしは「おはよう」と言った。
「カラスか」と彼は返してくれたが、”カラスか” はないだろう。
第一印象はあまり良くない。
人間の姿をしているが、どうもどこか違う。
「このマンションに何か用かい」
するとわたしを見上げながら彼はおいでおいでと手招きした。
(手招きか、生意気な野郎だ)と思いながらゆっくりと彼の前に下りた。
彼はそこへ座ると自己紹介した。
そこへ2階に住んでいる一家が出てきた。
床に座り込んだ男と、その前にいるわたしに一家は気づかぬままに、わたしたちの身体をすり抜けていく。
一家は夫婦と子どもが二人、小学生くらいの男子と女子だ。
旦那は起業経営者でしばらく前に東証のグロース市場に上場している。
そのときも、最上階のあのオッサンにあれこれと教えを乞うていた。
まだ若いがオッサンが気に入っている一人だ。
一家がすり抜けるとスッと風が舞うのを感じた。
一家がわたしと彼の間を通り過ぎるとき風に乗って匂いがした。
夫人のかすかな香水の匂い、旦那も同様で、子ども二人はミルクのような匂いがした。
一家の生活が垣間見えるようだ。
一家が通り過ぎると彼が言った。
「オレの見た目は悪いだろ、失業者みたいだろ」
「うん、そう見えるな」
「実はな、オレは貧乏神だ。知っての通り、アンタには見えても人間には見えない。
オレに実体は無く、あるのは『気』だけだ。お前も同じだろう」
「うんそう、わたしも元はカラスだけど今は気だけだよ。でもアンタが貧乏神とはね、初めて見たよ」
「そうか、オレの場合は人間の意識の中に入り込んで、その人間を貧乏にする真正銘の貧乏神だ。
オレの仲間は多い。
町にも村にも色々様々な業界にも潜り込んでいる。
ただそういう生き方ゆえに仲間の中には、みずからのえげつなさと卑しさに心を病む者もいる」
「貧乏神にも心があるのか、それで病むとは傑作だけど」
「傑作はないだろ、でも貧乏神にも心はあるんだ。少々複雑ではあるけどな」
「複雑とは何だよ」
「オレたちは残酷で苛烈で薄情で冷酷だがな、同時に慈愛も憐憫の情もあるし、家族愛も社会への愛もあるんだ。
それらがだな、仕事をするたんびに交錯してな、心の中で葛藤が起きるんだ。
ここまでやっていいのか、やり過ぎじゃないか、いやまだ足らない、もっとやれ、いやもういい、ダメだもっと、てな貧乏神ゆうてもな、心の中は複雑なのよ」
「そりゃ人間と同じだろ、人間と大して変わらんがな」
「オレをバカにしてんのか」
貧乏神はちょっと怒ったようだ。
人間と同じと言ったのが癇に障ったらしい。
「自分的には人間より優っていると思うがな」
カラスはケンカする理由もない。
「うんそうだね、人間よりはマシかな」
貧乏神は笑いながら続ける。
「そういう人間をだな、そそのかし煽ってだな、その人間を最後には貧乏人にするのがわたしの仕事だ。お前は人間の意識の中には入れまい」
「入れるよ」
「そうか、でも、オレは人間の意識の中に入るだけじゃない。入ってその人間を操り、貧乏なら金持ちになるように仕向け、最後には一文無しにするのだ。こんなことお前できるか」
「いや、そこまではちょっと」
「そうだろうな、だからお前はカラスなんだ」
「バカにしてんのか」
「事実を言ってるだけだ。悪いか」
「悪くはないけど・・」
「逆にな金持ち、大資産家ならもっと稼がせ、いい気分になったところで貧乏にたたき落とすのだ。どうだ、面白いだろ」
「喜ばせておいてから落とすのかい、あまり褒められたもんじゃないな、そりゃちいと性質(たち)が悪いぜ」
貧乏神はむっとした。
「そうかな、そうは思わんがな、まあお前はしょせんカラスだからな」
都合が悪くなるとカラスを下等にしてそのせいにするようだ。
「人間を天国に連れていって、そのあとで地獄に落とすとき、その人間の落胆と絶望の崖に立ったときの人間の面白さは他では経験できない。満面の笑みが数日で悲嘆に変わる面白さは、オレたちでなければわからない。面白いぞ、貧乏神は」
「でアンタ、ここに何しに来たの」
だが貧乏神はそれには答えずに続ける。
「金持ちや資産家が総ていいとは限らない。貧乏の中にも探せば幸せはあるものだ。探せば、の話しではあるけどな。探さなければわからない幸せというのもイマイチではあるが。
でも貧乏人を見れば何とかして成功させてやりたい、何とかして金持ちにしたやりたい、と心底思う。
事実、わたしが陰で助けて成功し、大資産家になった者も多くいる」
カラスは言った。
「初めに言ったことと矛盾しているじゃないか」
「そうよ、そこが弱いところだ。それゆえにな、心に葛藤があるのよ。これでいいのか、自分は貧乏神だ、なのにそれでいいのか、とな」
「なら貧乏神なんか辞めればいいだろう」
「これがオレの運命、定めなのよ、オレ自身には何もできない」
「中途半端なんだな、貧乏神てのは、つまんねえ」
彼はまたㇺッとした。
「つまんねえか、そうか・・」
「でアンタ、ここへはやはりそういう仕事で」
「ああ、そうよ」
と言って貧乏神はカラスを見ながら短く言った。
「お前は・・・気に食わん。カラスのくせに、よくしゃべりやがって」
一羽と一人の間に気まずい雰囲気が漂った。
カラスは思った。
(相当にわがままな野郎だな、貧乏神てのは)
しばし沈黙が続くとカラスが尋ねた。
「でさあ、アンタここの誰を狙って来たのよ」
貧乏神はこういう話しになると対応が変わるらしい。
「今回の客は元株屋だよ」
「ほら見な、あそこ、ちょうどエレベーターから下りてきたのが、お客の女房殿だ」
カラスが見るとあのオッサンの女房だ。
「歳の分からない顔をした小太りのオバサンだ。派手じゃないが着てるものはブランドものだし、手にしているバッグも安くはないぞ。ただ厚化粧で唇が異様に赤いし、どこか色っぽいのは金のおかげだろうな」
女房はカラスの中をすり抜けて行った。
彼もそのうしろ姿を見ている。
「何か変な臭いがしたな、あの臭いは・・ああ整形中なんだ」
「整形かい」
「うん、脂肪の吸引中だろう。これから美容外科に行くんだろうな」
「ふうん、気がつかなかった」
「お前、あの女房、知ってんの?」
「うん、ちょっと、もちろん旦那も」
「ああそうかい、オレはこれからその旦那の中に入るが、お前は無理だろ」
「うん、人間の意識の中には入れるけど、操るのは無理だよ」
「どうする、ついてきて部屋の隅にでもいるか」
「永いのかい」
「ううん、株だから一週間から二月か三ヶ月くらいかな、お前、飽きたら他へ行きゃいいだろ」
「うん、ついていくよ」
一羽と一人にエレベーターも階段も関係ない。
貧乏神はオッサンの部屋を一通りぐるっと廻って見ている。
「ふうん、みな中々の部屋だな。調度品も安物は無く、クローゼットの中も広く高くてブランドものばかり。
外見ではマンションは並みのものだが、部屋の中は大したものだ。
オッサンは白髪頭を揺らせながら椅子に座ってパソコンをいじっている。
貧乏神が合図したのでそのままわたしは箪笥の上に移動した。
もちろん我々の姿も音も椅子のオッサンには分からない。
オッサンの前にはパソコンが4台並びその他にもタブレットや電話、ノートなどであふれている。
常にパソコンの画面を見続けているので頭が左右に動きまくる。
ときたま「オオッ」とか「ウッ」とか「どうした」とかひとり言をつぶやく。
貧乏神が言う。
「オレはこれからこのオッサンの意識の中に入る。中から状況を話してやるよ、他へ行ってもええし、そこにおってもええ」
「とりあえず、ここで見てるわ」
「うん、じゃあな」
と言うや貧乏神はスッとオッサンの背中に入った」
「へえ、こういうことが出来るのか。商売とはいえ大したもんだ」
オッサンの意識の中にいる貧乏神からすぐに伝心があった。
「オッサンの投資資金は現在15億あまり、現金預貯金も相当ありそうだ。まあまあのクラスだな。現物株に加えて信用取引もやっているが、女房名義の不動産も預貯金もある。万が一の場合にも後顧の憂いは無いようだ」
カラスはおおよそは知っていたが黙っている。
「それでこれからどうすんの」
「作戦はな、まずはこのオッサンに儲けさせる。そして大儲けをさせる。そのあとで少し時間を空けて一か八かの大勝負をやらせる」
「それで」
「勝てるように思わせながら直前で大損をさせるのさ。最後はオレが掘った穴に落とすんだ。見ものだぞォ~」
「やっぱりアンタ、性格悪いよ」
「だから貧乏神なんだよ」
「そりゃそうだろうけど」
「お前、このオッサンが好きなのか」
「好きってわけじゃないけど」
「金も財産も失わせた上に精神までボロボロにするのが貧乏神の仕事だ。邪魔すんなよ」
「邪魔はしないけど、自分のやってることが悪いとは思わんのかい」
「貧乏神にそういう思考の回路は無い。薄情で冷酷で残酷。それを恥じることもないし、裏切られても平気だが裏切っても平気」
「さっき言ったこととまた違うじゃないか、アンタたちはそもそも神じゃないよ」
「お前なァ、神だからってみなが良いわけじゃないぞ。神にも色々いる。神だって人間を騙しもすれば皆殺しにもする。神は人間の裏返しだからな」
(神は人間の裏返しか)、そりゃそうかもな、とカラスは思った。
パソコンの画面にてんでな色の線や点やが点滅し、間では電話も入る。
オッサンが特に見るのが数字だ。
「株だもんな、数字が総てだよな」
「しょせんは博打よ」
貧乏神が言ったこともまるっきりウソではない。
しばらくすると貧乏神が叫んだ。
「オイッ、えらいこっちゃ。オッサンは多くの会社の株を持っているが、青天の霹靂というか、いきなり株価が下がり始めた。えらいこっちゃで、これは」
確かにパソコンの画面が一気に賑やかになっている。
オッサンが持っている多くの株がグングン下がっているらしい。
「なんで、下がるの」
「本人にも分からんようだ。下がる原因が判然としないまま、売りが売りを誘って大暴落している」
確かに日経平均は一気に4000円を超えて下がっている。
「それでオッサンは」
「それがな、大量の信用取引つまり「空売り(からうり)」をしてやがったたんだ。大儲けよ」
カラスはまだよく分からない。
「空売り?大儲け?たまに聞くけどよくわからん」
「証券会社から株を借りて売るんだ。そして決済の日までに買い戻して株を返し、その差額で儲けるんだ。だからその株が下がれば下がるほど大きな利益が出るわけさ。普通の株は上がったら儲けで下がったら損だが、空売りは下がれば下がるほど儲かる仕組みさ、
例えば一株1000円の株をな、信用売りで1万株売ったとしよう。関連費用をのぞくと1千万円が手に入る」
「うん」
「ところがこの売った株は証券会社から借りた株であり、信用で一時的に売ったに過ぎない」
「なるほど、それで他人の株を売ったら?」
「期日には返さなきゃならない」
「そうだな」
「ではいつ返すか、株価が下がったら買い戻して返すのさ。例えば株が500円に下がったところで買うと、わかるよな」
「500円で1万株を買い戻せば500万円。それで借りた相手に1万株が返せるわけだよね」
「そうさ、最初に1千万円手にして、500万円で買って戻すと差し引き手元には500万円が残る。大儲けだ。これが扱い高が大きくなると莫大な儲けになる。もちろん利息や手数料はいるけどな、全体から見れば微々たるものだ」
「この場合、逆に上がると莫大な損になるってことか」
「そうよ、このオッサン、なぜかわからんが、下がると踏んでかなりの株を空売りしていたようだ」
「それが当たったんだ」
「そうよ、なんてこった、来る早々に大儲けしやがった」
「ハハ、算段が狂ったけど、どうせ最初は儲けさせる予定だったんだろ」
「まあな、最初の手間が省けたってことだけどさ、面白くはないよな。さあてこれからどうして大損させるか、だな。まあ見てろよ、オレの腕前を」
カラスも複雑な気持ちだ。
それから半月ほどは何事もなく過ぎた。
なぜか、肝心のオッサンと女房が二人で海外旅行に行ってしまったのだ。
大儲けしたので、あの三日後に連れだってヨーロッパに行ってしまった。
ところが貧乏神もオッサンの意識に入ったまま、一緒にヨーロッパに行ってしまった。
「どうせ本人がいなきゃ事にならんで、オレも一緒に行ってくらあ」
と言って旅立った。
貧乏神は海外は初めてのようだ。
帰ってくるまですることもない。
カラスは一羽だけでじっとオッサン夫婦と貧乏神の帰りを待った。
これが生きた者なら退屈で途中で投げるところだが、なにせこの世のものではない。
静かに何もせずに二週間が過ぎた。
玄関でガサガサと音がする。
「おお、やれやれ帰ってきたか。あいつゥヨーロッパに行ってさんざん見てきたに違いない。土産は・・・無いだろうな、あいつのことだから。土産話しでも聞かせてもらうか」
ダダッと二人が入ってきた。
「あ~楽しかったな」
「本当にね、ヨーロッパは四度目だけどさ、田舎もいいねえ」
「ああ、この前儲けた金は半端じゃねえし、税金もすんでるし、お前、もっとええマンションに移るか」
「わたし、ここでいいよ」
「そうかァ、じゃまたの機会にするか」
「うん、それでいいよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「そうかい、そうかい、ええな賢いなお二人さん・・・ところであいつは、オイッ貧乏神よォ。どこにいる」
呼んでも呼んでも返事がない。
「オッサンの意識の中にいるはずだ」
カラスは必死で叫んだ。
「おい、どうした、どこにいる、返事しろ」
オッサンはキッチンで二人でビールを飲んでいる。
だが貧乏神の声は聞えない。
貧乏神はオッサンの意識の中にはいなかった。
ヨーロッパのどこかでオッサンから出たらしい。
「帰って来てない。ヨーロッパがそんなに良かったのか。英語もしゃべれんくせに・・・オッサンを地獄に落とすんじゃなかったのかい、貧乏人にするんじゃなかったのかい、どうすんだよ、また話しが違うじゃないか・・・
まあいいか、いつか日本人の意識の中に潜り込んで帰ってくるんだろう。短い付き合いだったが、何となく哀しいな」
カラスはベランダから秋の空に向けてスッと飛び立った。
後ろでオッサン夫婦の楽しそうな笑い声が聞えていた。
「二人とも元気でな」
青空に吸い込まれながらカラスは思いっきり叫んだ。
「ミスタービンボーよォ、お前いまどこにいるんだよォ」
それからひと月後、カラスは成田空港の国際線到着ロビーにいた。