SWEETHOME
昨年の伽十心くんのグループ展「cacement13 vol.2」について書こうと思っていた。なんだか辛くて書き逃していた。
一年前になる。私は離婚した。
心身ともに疲弊、むしろほぼ死んでいた。
それでも身体動かし、仕事をして、食事を摂り、眠った。
離婚はともかく引っ越したことは後悔していた。一人暮らしは心細く、楽しみは何も無かった。
私たちは、都会の中心で比較的広く家賃が安く、変わった部屋に住んでいた。
雨の日は部屋の隅から奇妙な臭いがすること、高速道路が目の前にあることが家賃の安い理由だったと思う。
高速道路では頻繁に事故が起こった。私たちは「死亡事故多発」の看板を台所の窓から見ながら過ごした。
友人が遊びに来ると、その看板を見せるのが私たちのお決まりのジョークだった。つまり、死はすぐそこにあることを知れ。
どの部屋にも大きな窓があった。窓に合わせた大きさのカーテンを買ったら金額に驚くほど大きな窓だった。
台所の窓からは空港線が見えた。そこを元夫が自転車に乗って帰ってくるのを見るのが好きだった。そこでは目撃しただけで二件の死亡事故が起きていた。
隣の部屋には親子三人が住んでいた。父親が暴れている音と悲鳴が聞こえてくることがあった。次に聞こえたら通報しよう、と決めていたが、そのうち父親を見かけなくなった。
同じ階で暮らしていた老人は孤独死した。死の直前は急激に認知症が進んでいたのだと思う。部屋から異臭を放っていた。福祉課に連絡をしようかと話していた矢先に救急隊が来て、数日後には空室になっていた。
不吉な部屋かもしれないが、大きな窓からは常に光が差し込み、穏やかであたたかな部屋だった。
その部屋での生活を思い出しては泣いた。
私にとっては一人での生活は生活ではない。作業だ。心細く虚しい作業だ。
甘えている。後悔している。
そして自分を恥じている。
戒めとして、そしてこれからもこの生活、あるいは作業を続けていくための写真を選んだ。
お金さえ払えば、然るべき手続きをすれば、またあの部屋に住めるだろう。でもそんなことは出来るわけがない。私はあの部屋を捨てたのだ。
1,607日住んだ部屋を捨てたのは私だ。
私は罰を受けているのだろうか。
今はやっと一人暮らしに慣れてきた。
元夫は私が自殺をしていないか、たまに確かめに来る。
以下は展示時に掲載した文章だ。
1,607
物が無くなった部屋を見て悲しくなった。たくさんの物を捨てた。欲しくなったり、必要だから買った物だった。
用済みになった物は悲しい。そして用済みにしたのは私だ。
帰る場所がない。
自分で失くしてしまった。
自分で作り上げた心地良い空間を壊してしまった。
これからも繰り返すのか?
目先のものに囚われているだけなのか?
確かな物なんて無い。
これからどう生きていけばいいのか。
一日を終わらせ、眠りにつくことだけを目標にしている。
あたたかいだけの布団に入る。引っ越し以降、洗えていない毛布に包まれている時だけ安心できる。
腕に傷を刻む代わりに写真を撮り、選んだ。全ての傷と共に生きていく。
20230208 伏見さくら
今年もcasement13に呼んで頂いた。
期間は2/12〜2/18です。
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ご予約は各種SNSのDMかメールにて。
rapunzel_of_the_dead@yahoo.co.jp
主催の伽十心くんのXはこちら
ID @fateful13