
(掌編小説)占いは猫の目のように
朝のテレビの占いがどうしても気になる小学校5年生のあつやくん。今朝の占いはどうかな?
「ごめんなさい!今日のアンラッキー星座はいて座のあなた。めんどうな頼まれごとに右往左往しちゃうかも。でも大丈夫!犬を連れた人が助けてくれますよ。今日も楽しい一日を!」
朝のテレビのお姉さんが明るく今日の占いを教えてくれた。でもあつやくんは暗い顔。そう、今日のアンラッキー星座のいて座なんですよね。
「あつや。そんな顔してると不幸が寄って来るぞ」
「そうよ。占いなんていちいち気にしてちゃダメだよ」
お父さんとお母さんは口をそろえて励ましてくれる。でもあつやくんは相変わらず不満顔。占いだと犬を連れた人が助けてくれるって、それに賭けるしかない。
「行ってきまーす」
在宅ワークのお父さんと専業主婦のお母さんを残して、あつやくんは緊張しながら学校へ。季節は秋から冬への11月。今朝は少し肌寒いね。
学校も終わり帰り道。朝は犬を連れた人に出会わなかったから、学校ではあんまり良いことがなかったかも。給食のパンを床に落としてしまったりね。そんな些細なことも、あつやくんは占いの言うとおりだと思い込んでいた。だから何とか挽回しようと、きょろきょろと犬を連れた人を探しながら歩いていたら、目の前に立っていたのは猫を抱いた女の子。犬じゃなくて猫か。

「こんにちは!この猫をお願い!」
あつやくんより少し小さな女の子は、そう言ってあつやくんに猫を手渡すと、公園の向こうに走っていってしまった。
「えええ!!!!」
あつやくんは白い猫を抱いたまま、しばらく立ち尽くしていたけれど、仕方なく家まで帰ることに。犬を連れた人を探してたのに、猫を連れた女の子にめんどうな頼まれごとをされて右往左往…。冷たい風が吹いて肌寒いけど、柔らかいお餅のような猫は温かくて気持ちいい。家に帰ったらお父さんはなんて言うんだろう?お母さんは味方してくれるかなあ?あつやくんはドキドキしながら家のドアを開けた。

「おいおい!簡単に猫なんかもらってきちゃだめだよ!返してきなさい!」
お父さんは、いつもよりかなり強めにあつやくんを叱った。ソファに寝転がっていたお母さんは驚いて飛び起きた。あつやくんはバツが悪そうに猫を抱いたまま立ちすくんでいる。
「生き物だからね。簡単には飼えないよ。お父さん、一緒に行って返してきなさいよ」
お母さんがそう言うと、お父さんはひとつため息をついて立ち上がった。
「行こう。あつや。その子の家まで」
あつやくんは少し気が進まなかったけれど、黙ってうなずいてお父さんと家を出た。外は北風がビューと吹いていて、お父さんはあつやくんの上着をさすって言った。
「寒くないか?」
「うん。大丈夫。猫あったかいし」
あつやくんは上着の中の猫をぎゅっと抱きしめた。そして2人は女の子と出会った公園の近くまで行くと、あつやくんは突然公園のベンチを指さした。2人は無言のままベンチまで歩いていった。もう暗くなった空、公園の街灯は煌々と明るくベンチに座っている女の子を照らした。女の子は菓子パンをかじりながら振り向くと、2人の雰囲気から怒られるんだと思ってうつむいた。あつやくんの上着の首元から猫は顔を出して、「ニャー」と鳴いた。女の子は立ち上がってあつやくんの目の前に近づくと、顔を出している猫の頭を撫でた。
「シロちゃん。ごめんなさい。家じゃ飼えないから、お願いします。ごめんなさい」
女の子はそう言った後、何度も頭を下げた。お父さんは女の子に静かに話しかけた。
「あなたの名前は?」
「りな。吉沢りな」
「何年生?」
「4年生」
「お父さんかお母さんと話をさせてくれるかな?猫を飼うのに、あつやとりなちゃんだけで決めてしまうわけにはいかないよ。お家に連れていってくれる?」
お父さんがそう言うと、りなちゃんは「帰ってきてるかなあ?」と小さな声でつぶやきながら、2人を自分のアパートに案内した。アパートまで歩いている間、りなちゃんはお父さんはいなくてお母さんだけだということ、お母さんも仕事が遅くて、帰ってきているか分からないということを話した。
3人でアパートの階段を上がってりなちゃんの部屋の前に立つと、部屋の電気は点いていなくて誰もいそうになかった。りなちゃんは自分の鍵でドアを開けると2人を玄関まで招き入れた。テーブルの上の菓子パンの山が崩れていて、りなちゃんは丁寧に積みなおして言った。
「やっぱりお母さんはまだ帰っていないみたい。上がってく?」
「いや、じゃあ電話番号を渡しておくから、お母さんが帰ってきたらおじさんのところにお母さんから電話をくれないか?やはりちゃんと話さないと」
お父さんはそう言って電話番号をりなちゃんに手渡すと、あつやくんを連れて玄関を出た。りなちゃんも慌てて玄関を出ると、あつやくんの首元から出ている猫の頭を撫でて「いい子にしてるんだよ」と言った。

家に帰ったお父さんとあつやくん、テーブルの上にはお母さんが作ったあったかいおでんの夕食。お父さんは冷蔵庫からビールを取り出して飲み始めた。お母さんはテレビの天気予報を見ながらアツアツの大根をハフハフしながら食べている。あつやくんは部屋の隅でおとなしくしている猫を見ながら、何となくごはんが食べられないでいた。
何日経っても、りなちゃんのお母さんからの電話は無かった。
「もう一度だけあの子の家に行ってみよう」
お父さんはそう言った。お母さんは猫を抱きながら、なだめるように言った。
「もう、いいじゃないの。何にも言って来ないんだから」
「それでもさ、けじめってものがあるから、話だけはつけないと」
あつやくんはお父さんの方を見た。
「僕も行くよ」
「そうか」
2人は夕ご飯を済ませた後、温かいジャンパーを羽織ってりなちゃんの家に向かった。お母さんは最後まで、もう行かなくていいのにと言っていた。シロちゃんも家族になりつつあったんだね。
どんどん冬が近づいてくる。風の冷たさが違う。空気の味が違う。夜の切なさが違う。2人は寒い寒いと言いながら、りなちゃんと出会った場所で立ち尽くした。

ここから先は
¥ 100
この記事が参加している募集
もしもおもしろかったら、チップいただけますと励みになります