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(掌編小説)見たことのある猫

小さな頃飼っていた、亡くなった猫そっくりな猫に再会した。
それから僕の知らなかった秘密のドアが開かれていく。


希光人きひとくん。久しぶりだね。もう中学3年生か。私も年を取るわけだ。夕ご飯食べていきなさい」
 天地先生は僕が赤ちゃんの頃からお世話になっている(らしい)先生だ。もう随分年寄りで、80歳はゆうに超えているはずだ。僕の母親と友達で、母親も確か65歳。僕を産んだのが50歳の頃になる。まわりの人達は超高齢出産だと驚いてたらしいが、僕にとっては参観会で他の若いお母さん達と違うことが、少し恥ずかしかった記憶しかない。父親は僕が生まれる前に死んだという。もちろん記憶はない。しかし父親の遺産は莫大だったらしく、お陰様で何不自由ない生活をさせてもらっている。今まで買ってもらえなかったものは何ひとつないんだ。
 僕はクリニックの3階にある先生の私室で、メイドさんが用意してくれたハンバーグを前に先生と向かい合っていた。古ぼけているけれど立派なテーブルと椅子。天井からつるされたシャンデリアが薄暗く部屋を照らす。小さな頃から何も変わらない。
「希光人くんは将来何をしたいのかな?」
 突然先生が聞いてきて、僕はハンバーグを切るナイフの手を止めた。一番聞かれたくないことだった。音楽が好きだから音楽をやりたいなんて夢みたいなバカなこと、口が裂けても言えない。だから僕は何も答えずに、へらへら笑っていた。先生は穏やかに微笑んだまま何か別の話をしようとしているようだったが、そのうちに看護師さんがやってきてクリニックに戻っていった。僕はほっとして、またハンバーグを食べ始めた。
「ニャー」
 猫の声?僕は振り向いた。僕の後ろのドアの隙間から黒猫が顔を出していた。あれ?…そんなバカな?
「メラ?」
 黒猫は僕の顔をじっと見ていた。僕は思わす立ち上がり黒猫に近づくと、黒猫はすぐに走り出し、どこかに逃げていってしまった。僕が幼稚園の頃飼っていた黒猫のメラにそっくりだった。僕は帰りがけに天地先生にそのことを話してみたが、先生は笑って「そうかね」と言うだけだった。メラは僕が可愛がっていた猫で、小学校に入った頃に亡くなっている。

 翌日学校で親友の陸にそのことを話した。
「生まれ変わりじゃね?お前のことが心配で会いに来たんだよ」
 陸はいつもあっけらかんと前向きなことを言う。それで毎回助けられているのだが、今回はどうしても引っかかったままだ。家に帰ると、僕はついつい匿名のSNSでつぶやいた。

「小さな頃飼っていた黒猫が、知り合いのお医者さんの家にいた。とうに亡くなっているのに、気のせい?」
 するとすぐにDMが送られてきた。
「その先生なら僕も知ってるよ。僕は35歳の君だから」
 僕は驚いてその気味の悪いDMをすぐに削除しようとしたが、次のメッセージを見て指が止まった。
「黒猫の名前はメラちゃんかな?草薙家の猫は代々メラちゃんだからね」
 僕は心臓の鼓動が加速していくのを感じて、喉が一気に乾いた。そして彼のメッセージは長文で続いた。

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