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UAFX KNUCKLESで勉強したレクチの話
私のように「シミュレーターではMesa BoogieのDual Rectifer(以下レクチ)を触ったことがあるけど実物のことはよく知らない」というギタリストは世の中に意外と多いのではないかと思っています。
先日Universal AudioからリリースされたUAFX KNUCKLESはまさにレクチを再現したものだったため、これを触っているだけである程度レクチに詳しくなれたという話を本記事では書いていきます。
レクチをずっと触ってきた方からすれば今更な話しかしませんが、実機を全く触ったことが無い人にはかなり新鮮な話になるのではないかと思います。
今回の体験を通じて実機を触ることの重要さ、取扱説明書を読むことの重要さを感じたので、それが読者にも伝わると嬉しいなと思います。
先に書いておくとこの記事はPR記事ではなく私が勝手に書いているものなのでご安心下さい。
Rev.Fってなんだ
KNUCKLESで再現されているのはレクチのRev.Fです。Rev.とはRevision、つまり修正が加えられるたびに上がっていくバージョンのようなものです。レクチはRev.Aから始まってGまで存在するのでRev.Fは6番目のリビジョンということになります。
このリビジョンが更新されていく中でトーンへの修正が行われたことは想像に難くありませんが、ヘッドのロゴのサイズやセンドリターンの仕様等も変更されているらしいというのが興味深い点です。
なぜ"Dual"レクチなのか
最初に生まれたレクチはDualだったわけですが、では何がDualだったのか。考えられる理由は2つあります。
仮説1: 整流管が2本搭載されている
Rectifierは日本語に直すと整流器です。整流器とは交流を直流に変換する回路のことです。Dualレクチではこの整流器に真空管が2本使用されているため、Dualレクチと呼ばれていると考えられます。
なので、整流管が3本入っていればTripleレクチ、1本であればSingleレクチということになります。
だた、Tripleレクチは3チャンネルだからTripleレクチなんだよという言説も見かけるため何が真実かご存じの方がいらっしゃったら教えて下さい。Singleレクチは2チャンネルなんだが…?
仮説2: 整流器がソリッドステートと真空管の2種類から選べる
個人的にはこちらの方がしっくりくる説なのですが、レクチでは整流をダイオードで行うか真空管で行うかを切り替えることができます。この違いは当然音のキャラクターに影響を与えます。
真空管の整流回路では"sag"を生じます。sagとは、大きな信号が入力された時に急に電流を引っ張ることができず電圧降下を起こし、それが音楽的に心地よいコンップレッション感、柔らかさ、レスポンスの遅れを生み出す現象です。
正確にはそれだけでは無いらしいのですが私はアンプの回路を読めませんしアンプにテスターを突っ込んだこともないので、直感的な理解とリンクしやすいこの説明で納得しています。
まとめると、ソリッドステートの整流回路を選ぶと反対に音はタイトになりハリの有る音になります。
パワー管
レクチといえば6L6、みたいなイメージのギタリストは多いんじゃないかと思います。僕もそうです。しかし、現実ではレクチは6L6をEL34に載せ替えられるようになっています。
実際に真空管を載せ替えようとすると色々面倒臭いですし場合によっては危険を伴いますが、KNUCKLESではこの真空管の交換がタップ1回でできるようになっています。
6L6とEL34の音の違いは一概に真空管単体で議論できるものでもありませんが、6L6の方がタイトかつクリアでフラットな特性に感じます。EL34の方がミッドがモコッとしてハイがバチバチ言うイメージです。
Bold vs Spongy
レクチにはもう一つBold/Spongyの切り替えスイッチがついています。これは読んで字のごとくなので分かりやすく、Boldでは図太く芯のある音に、Spongyでは柔らかい音になります。
では実際に中で何が起きているかというと、Spongyにするとパワーセクションの電圧が下がるそうです。EVHが改造Plexiを使う時にVariacで電圧を下げてヘッドルームを狭くし歪ませやすくしていたのと同じようなことが起きます。
Vintage vs Modern
最初期のレクチには無かったように見えますが、ある時を境にレクチにはRaw/Vintage/Modernモードを切り替えられるスイッチがつきます。これを切り替えるとトーンと歪み量、音量が劇的に変化します。
オレンジ、レッドチャンネルいずれにおいてもVintageの方がウォームでファットな音になり、Modernはともすれば不快なほどに鋭いハイと部屋が揺れるような轟音のローを生み出します。
なので、楽曲のスタイルに応じて適切なモードを選ぶこと、選ぶとしたら音作りの最初に決めてしまうことが重要だと思います。最終的なトーンへの影響が極めて大きいからです。
Signal Flow
ここまでは単なるレクチに関する話でしたが、ここからはKNUCKLESに特化した話になります。
KNUCKLESにはSignal Flowという機能がついていて、
プリアンプとEQだけ
EQとパワーアンプだけ
全部通す
を選ぶことができます。1の設定はアンプヘッドのリターンに接続することが想定されていて、例えばリハスタのMarshall等に繋いで半レクチとして使用する、みたいな使い方ができます。
2は手前にプリアンプを接続する場合のパワーアンプシミュレーターとして使えることを意味します。例えば私の環境でいえばFriedmanのIR-Xがありますが、KNUCKLESに繋いでパワー部をシミュレートしKNUCKLESのキャビをかけて出力したり更に後ろにOX StompやIRを入れることで、ライン環境でリッチな音を得ることができます。これは、実際にレクチをそうやって使うギタリストが多かったことから着想を得て入れられた機能だそうです。
KNUCKLES単体で使う場合は3でOKです。
Ibanez TS-808 vs tc electronics Integrated Preamp
レクチのようなブーミーでハイゲインなアンプを使う際、メタルギタリストはアンプの前段にオーバードライブペダルを接続することでローとハイを抑え込み、信号を持ち上げることでタイトな音にしようという工夫を行ってきました。
この使い方で最も広く受け入れられてきたモデルの一つがIbanez Tube Screamer 808ではないでしょうか。OVERDRIVEを下げきり、TONEを12時かやや上にし、LEVELを持ち上げるという使い方はメタルギタリストなら一度は試したことがあると思います。
KNUCKLESにはこのTS808が最初から入っているのでとても便利です。便利なのですが、当然アンプ直と比べるとディテールやニュアンスは失われますし、そのままだとちょっと古臭い音になったりもします。
現代的なメタルで多弦ギターを使うような場面ではアンプはむしろハイが適度なところでロールオフし、パーカッシブなハイミッドがタイトに出てローは大胆にカットされていることが求められたりします。そんなときはTCモード(tc electronicsのIntegrated Preamp)に切り替えるて、BASSを下げてTREBLEを12時から上方向のほどよいところまで上げて、LEVELを上げきるようなセッティングにするとローがバッサリカットされ、ハイミッドがやりすぎなくらい誇張された音が簡単に作れます。
間違っても汎用性の高い音ではないですが、レトロなレクチの音を少しでも今風に使いたい時に使える方法かもしれません。
ただしキャビネット、テメーはダメだ
ここまで説明してきたようにKNUCKLESはレクチを良いところも悪いところも本当に忠実に再現しているペダルではあるのですが、ライン出しで使う場合にキャビネット部分がどうにも噛み合いません。
レクチとのマッチングを考えるとやはりMesaのOS412キャビネットを使いたいところです。KNUCKLESで言うところの赤LEDの真ん中のCA V30がそれにあたりますが、ここに合わせるととんでもなく明るい音が出てまともに音作りできません。間違ったSM57の立て方をした時の音になります。ノイズやインダストリアル系の音楽をやるのであればこれが正解なのかもとも思います。
かろうじて使えそうなのが緑LEDの真ん中のSuper 80(CelestionのLead 80)を使ったキャビモデルだけで、その他は明るすぎ、鋭すぎで、特にリードで使える音にするのは難しいと思います。もしそういった明るいキャビモデルを選ぶ場合はKNUCKLESのあとにEQを繋いでバッサリローパスしてしまうべきだと思います。私の作ったデモ曲ではリズムギターをCA V30で弾いてはいますが、ミックスで10kHz付近からローパスフィルターを入れています。そこまでやってこれだけ明るい音になります。
とはいえ、キャビネットの品質自体はOX譲りなのでそこに問題があるわけではありません。OX Stompと組み合わせてより自分の出したい音にマッチするキャビネットとマイクの組み合わせを使えば、KNUCKLESの音作りの可能性は飛躍的に広がります。
また、OX Stompに限らず普通にIRを使ってしまっても大丈夫です。IRを使えばOXキャビの強みである音やタッチ、フィールのダイナミックさは必ず損なわれますが、全体的な音色やトーナルバランスの感じの選択肢はIRを使うことで大きく広がります。
いやらしく弊社のIR販売サイトへのリンクを貼ってきます。
さいごに
世の中に「レクチみたいな音が出るペダル」はアナログ・デジタルを問わず色々と存在しますが、「レクチというアンプヘッドを触って音作りする"体験"」を再現しているペダルは恐らく今のところKNUCKLES以外に存在しません。私がKNUCKLESのことをシミュレーターではなくエミュレーターだと感じる理由はそこです。
ペダルの形をしてはいますが概ねレクチのヘッドのつもりで接することができるのがUAFX KNUCKLESです。なので、レクチが好きな方であれば実機を買う以外ではこれ以上の選択肢は無いと思います。
逆にレクチが好きではないギタリストにとっては、レクチの嫌なところが忠実に再現されているので間違いなく合いません。私もレクチが嫌で意図的にレクチを避けてTriple Crownを使っているので、KNUCKLESがレクチに忠実であるが故に欲しいという気持ちが起きません。
最近のアンプはもっとユーザーフレンドリーで手軽に良い音を出せるようになっているものが主流ですが、KNUCKLESはレクチ同様にEQもクセが強いため12時に合わせればそれなりに良い音で鳴るというナイーブな気持ちを持っていては音作りはできません。
といった具合に、ペダルを触るだけで実機のことが学べるUAFXのアンプペダルシリーズは本当に恐ろしい技術の結晶だなと思ったのでした。今回はKNUCKLESに焦点を絞りましたがANTIも良くも悪くも初代Peavey 5150です。