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日本にリモートレコーディングが普及するとどんなメリットがあるか

コロナ禍にどこの国でも当たり前になったリモートレコーディングですが、日本の大規模スタジオにおいては特に普及する兆しは今のところ見られないようです。

本記事では「リモートレコーディングって何をするものなの?」というところからリモートレコーディングで得られる恩恵、解決できる課題までざっくりと解説していきます。

「どんだけ昔の話してるんだよ今もう皆やってるってw」と言われるのであればそれが一番良いことなのでこの記事のことは忘れてください。

リモートレコーディングの要件

横文字で言われると何かとても難しいことのように思えますが、奏者とクライアントが

  • 同じスタジオにいない

  • でもリアルタイムにコミュニケーションを行う

という条件が満たされていれば使うツールはさておきリモートレコーディングと呼んでいいんじゃないかと思います。

リアルタイムに意思疎通するので隙間時間に行う宅録は除外します。また、エンジニアはプレイヤーと同じ側にいるものとします。

どんないいことがあるか

「スタジオに来ればいいじゃん。なんでわざわざそんなことするの。」と思われそうですが、様々な恩恵があります。

シェアセッション

例えば「◯月◯日に20人編成のストリングス収録を終日行うので、30分1枠を◯◯万円で販売します」といった収録をスタジオやプロダクション主導で企画することができます。

これによって

  • マイク、シートのセッティング費

  • スタジオのレンタル費

  • エンジニアのフィー

  • 奏者のフィー

  • etc

を参加したクライアント同士で折半することができます。クライアント目線だと「録りたい曲が1曲しかないため打ち込みで我慢」みたいな時に気軽に録れるようになりますし、複数プロジェクトで原盤制作費が別々のところから出ているけど同じような編成で録りたい曲がある時にまとめて録りやすくなるでしょう。

セクション録音でなくとも、例えばブズーキやシタール、ウード等の珍しい楽器について「録りたいのは1曲だけなんだよな…」という事情からギタリストになんとか頑張って弾いてもらう、みたいなことをしなくても、レア楽器を録りたいクライアントがセッションをシェアすれば奏者のスケジュールを一日埋めることも比較的容易になる、かもしれません。

スタジオやプロダクションの立場のメリットだと、例えば本来発生すべきだったレコーディングの機会がやむを得ず打ち込みや宅録で済まされてしまうのを回避することができます。スタジオ閑散期のマネタイズとして、また奏者のスケジュールをレコーディングで埋めるためにも有用なのではないかと思います。

海外からのブッキングを受けやすい

これははっきりとスタジオや奏者側のメリットですが、クライアントが現場にいなくてもいいということは、日本にいなくてもいいということです。地球上のどこにいてもいいし、ネット回線さえあれば宇宙にいてもリモートレコーディングはできます。

ということは、収録の最中や収録の前後のコミュニケーションを英語で行える人材が1人いればスタジオの空き時間をレコーディングで埋められるということです。勿論ただ英語が喋れるだけではだめで、英語でやり取りできる音楽家が必要です。

日本人にとっては恐らくこれが最もハードルの高い条件ですが、私が過去に録音を経験した国では非英語圏のスタジオであっても英語でのコミュニケーションが可能な方が必ず数名居ました。

地方から出てこなくても良い

首都圏以外に住んでいる作曲家が気軽に東京でレコーディングできるようになりますし、出張で地方や国外に出ている作曲家もタイムゾーンの差さえ気にしなければ気軽にレコーディングの予定を入れられます。

普及させるための絶対条件

国内のレコーディング産業にとってメリットの大きいリモートレコーディングですが、普及させるためには必要な設備、環境をスタジオが持っていることが絶対条件です。リモートレコーディングのために毎回何か特別なセットアップをしなければならないうちは普及しないと思います。

都度クライアントがZoomやListentoを持ち込んで配信するやり方ではその機会限りの対応になってしまうため業界全体への普及には繋がりません。

また、需要がなければ当然普及もしません。作曲家の側からリモート対応をしつこくお願いし続けて断られるという事例を積み重ねていくこともまた重要だと考えます。

リモートだと得られないもの

レコーディングをリモートにすることで当然失うものも多々あります。

経験値

現場に赴かないことで作曲家、編曲家が得られる経験値は間違いなく減りますし、奏者やエンジニアとの信頼関係の構築も難しくなります。なので、大原則として現場に居合わせることが可能なのであれば行くべきです。

多くの収録を経験し、エンジニアやプレイヤーとの信頼関係が構築出来た後であればリモートは非常に良い選択肢となるでしょう。

「一堂に会した」という実感

レコーディングスタジオに関係者が一堂に会することには「制作が一段落した」という区切りをつける意味合いもあります。そうした儀式的なものはリモートではすっ飛ばされてしまうため、反対する声が挙がった場合には丁寧な対話と説明が求められるでしょう。

SNS映えする写真

これは半ばネタではなく真面目な話なのですが、制作の現場に居合わせていることを発信することは作曲家にとって「あの人何してる人か分からないよね」状態に陥らないために大きな意味を持ちます。

まとめ

このようにリモートレコーディングには様々な恩恵があるため、日本のレコーディング産業、音楽制作を活性化させ得る要素ではないかと私は考えています。

スタジオ側が乗り気でないのであれば作家が声を上げてリモートレコーディングを要求することが必要で、そこに需要があると理解してもらうことが最も重要です。

ただ、一朝一夕に全てのクライアントが満足するような体験をスタジオ側が提供できるかというと当然そうではありません。はじめのうちは必ずリモート起因のトラブルや手間が発生します。

ヨーロッパのプロダクションではリモートレコーディングの体験の質を高めるためにここ数年で凄まじい勢いで改善が行われたのですが、いきなり最初から全部真似しようとしても人とお金と時間がどれも足りないと思われるため、いずれ別の形でシェアしたいと思います。

勘違いしないで欲しいのが、リモートが対面に勝る選択肢と言いたいわけではないという点です。スタジオに行けるならそれが一番良いに決まっています。ただ、それが叶わなかった場合の機会損失を埋めるためにリモートが非常に有効だということが伝わっていれば幸いです。

また先述の通り、リモートレコーディングが普及するか否かはスタジオの頑張り以上に、作曲家からスタジオへの強い要望が出され続けるかにかかっています。需要が無いところにサービスは生まれないので、リモートレコーディングしたい人はこれまで同様積極的にスタジオに働きかけ続けるべきなんだと思います。

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