ゲーム音楽を"鳴らす"お仕事
コンポーザーとの違い
ゲーム音楽の仕事というとどうしても作曲を思い浮かべてしまいがちですが、その曲をどうやってゲームの中で再生しているかは意外と意識したことが無い方も多いかもしれません。また、やったことが無ければ想像するのも難しいと思います。
しかし、この曲を鳴らすという仕事の出来によってプレイヤーがゲームにどれくらいのめりこめるかが大きく変わってしまうのです。
本記事では音楽でゲームを演出する仕事について概要を紹介します。これから業界を志す方の参考になれば幸いです。と言っても僕自身が演出に直接的に関わらなくなって久しいので誤った説明があったらこっそり優しくご指摘下さい。
再生!停止!音量変化!
曲を鳴らす仕事と言っても実際に曲に対して行う処理は
曲を再生開始する
曲を停止させる
曲の音量を変化させる
の3つで大体のことが説明出来ます。書き出してみるととてもシンプルですが、これをいつ、どのように行うかでゲーム体験が大きく変わります。
指標になる演出
ゲームに曲を入れる上で参考になるのがアニメやドラマ等の映像作品です。インタラクティブでない映像作品では、既に完成した映像に対して好きなタイミングに好きなように楽曲を配置することが出来ます。
いつ、どのように楽曲が始まり、どのように楽曲が展開し、そして鳴り終わるのか、その結果視聴者に対してどのような印象を与えているのかを観察すると、今まで漫然とBGMを聴いていた人も多くの工夫がなされていることに気づくと思います。
もしかしたら、曲の演出を気にせず漫然と聴けていること自体が演出としての巧みさの証であると言っても良いかもしれません。
こうして違和感なく聴ける、主張すべきところでは主張する音楽の制御(再生、停止、音量変化)を意識するようになると、ゲームでも同じようにゲームプレイの文脈に沿った音楽演出を実践したくなるでしょう。
映像作品と異なる点
ゲームは以下の2点において映像作品と大きく異なります。
ユーザーの遊び方によって数秒先の未来が変わり続ける
音楽がユーザーの遊び方に影響する
1点目について、例えば30秒後に感動的な瞬間が来るから早めに曲をスタートさせるといった演出がゲームでは困難です。遊び方によって5秒で急展開が訪れるかもしれませんし、30分経っても状況が変わらないかもしれません。
なので、ゲームの音楽はユーザーがゲームの状況を変えても変えなくても違和感なく再生されるつくりにしなければなりません。だからこそゲーム音楽=ループするという価値観が今なお根強いのです。逆に5秒後に急展開が来る場合の対処については後述します。
2点目について、映像作品は視聴者が一方的にコンテンツを受け取りますが、ゲームではプレイヤーがゲームに積極的に関わることが出来ます。そして、その関わり方にはプレイヤーの感情が大きく影響します。
音楽はプレイヤーの闘争心、悲しみ、不安、焦燥感などをサポートし増幅させることが出来、それらの感情が時に大胆なゲームプレイを促したり消極的な操作に導いたりします。
なので、ゲームで音楽を鳴らす時はそのゲームをどう遊んで欲しいかを考える必要があるのです。
何をきっかけに音楽を切り替えるのか
ここまでは漠然とした心構えや指標について述べてきましたが、この章では具体的に音楽を制御するきっかけについて考えていきます。
基本的にはゲーム内の状況の変化をきっかけにすることになります。例を挙げると
マップが切り替わった
バトル画面に切り替わった
イベントシーンが始まった/終わった
タイトル画面からゲームに入った
等です。ローディング(ゲームデータをメモリに読み込むこと)や画面の暗転を伴うことも多く、わかりやすくゲームプレイが途切れたり切り替わったりするので曲が鳴り始めたり終わったり切り替わったりすることの納得度が高いです。
ただし、最近のゲームは色んな出来事が読み込み無しにシームレスに繋がるため昔ほど曲を乱暴に切り替えるのが難しくなりました。
例えば次のような場合はどうでしょうか。
自キャラの残りライフが少なくなった
敵キャラが形態変化した
視界に入る敵が徐々に増えてきた
こうしたゲームプレイの中で連続的に訪れる状況の変化に対しても楽曲が追従することが望ましいのは言うまでもありません。ここで1つの楽曲の波形をループ再生し続けると、ゲームプレイのダイナミックな変化に対し楽曲が追従出来ないために曲がやかまし過ぎる/静か過ぎる/雰囲気にマッチしないといった瞬間が生まれます。
ところが、前半で紹介した再生/停止/音量変化という手法だけではこのような切れ目の無いゲームプレイでの適切な音楽演出は困難です。そこで、音楽もゲームの流れに応じてシームレスに切り替えてしまうという手法が普及しました。いわゆるインタラクティブミュージックと呼ばれる演出の中心となる手法です。
楽曲を複数のパーツに分解し、ゲームプレイのテンションに寄り添う形で小節頭やセクション頭などのキリのいいところで自然に繋ぎ合わせていくことで、ゲームの抑揚と音楽の抑揚をリンクさせることが出来ます。
これはまさに多くのTVアニメやTVドラマでの音楽演出と同じことをプログラムで自動的にやることだと言えます。
難しい技術だと思って身構えるよりは、より柔軟に、やりたい演出が出来るようになったと考える方がワクワクすると思います。アイデアさえあればツールは必ず後から付いてきます。
手助けしてくれるツール
ゲームはプログラムで動作するものなので、楽曲の制御についても「このタイミングでこの波形を再生して下さい!」みたいな仕様を書面に起こしてプログラマに渡してゲームの処理の流れの中に挿入してもらうというのが最もプリミティブな楽曲の実装でした。
しかしゲーム開発ツールの進化とともにサウンドクリエイターが自由に楽曲の制御を行える仕組みが増えていきました。UnrealやUnity等のゲームエンジンでもコードを書かずにある程度のことは出来るらしいですし、WWiseやADX、Fmod等のオーディオ専用のミドルウェアを使えば「ゲームの中で◯◯が起きたら曲を△△する」という命令をサウンドクリエイターがかなり自由に行えるようになっており、ゲーム内のどの情報を受け取れば楽曲の演出が出来るのかプログラマーに伝えるだけで昔では考えられないほどの楽曲演出をサウンドクリエイターの手元で完結させることが出来ます。
乱暴に説明すると、オーサリングツールのプロジェクトファイルの中に
ゲーム内で◯◯が起きたら△△するという命令
制御される波形
を詰め込みゲーム内のシーンごとにファイル管理するのがサウンドクリエイターの仕事で、プログラマーはそのプロジェクトをゲーム内で読み込んだら勝手に音が鳴ります。
余談ですが、ゲームでは音楽で演出を行うことを実装と呼びます。ゲームにおける音楽演出はプログラムに実装される機能だからです。
齟齬を起こさないプログラマー的思考
演出の自由度が上がるということは制御の条件分岐の複雑さが増すということでもあります。◯◯が起きたら△△するという命令がいくつも組み合わさった時に齟齬無く、納得度の高い楽曲制御が行われる仕様を考え、その通りに動作しているかを確かめることが非常に重要な仕事になります。
なので、ゲームクリエイターである以上自分でコードを書くことが出来なくても処理のフローチャートを脳内に思い描くことが出来、書面に起こすことが出来、なんならコードを読むだけなら出来る、といった能力が音楽制作とは別のところで必要になってきます。
また1つのゲームプロジェクトを大勢で触ることも多いため、他人が見ても把握しやすいデータや仕様の作り方も問われます。
やったことが無い人にとっては面倒臭そうに見えますが、実際やってみると奥が深く専門性も高く非常にやりがいのある仕事なのでオススメです。同じシリーズもの、同じ作曲家でも実装するクリエイターが違うだけで全くゲーム雰囲気が変わります。
良い演出をするために必要な資質
前章で述べたような技術的な部分はやっていれば誰でもある程度身についてくるもので、実際に重要なのはその技術でどんな演出をしたいかというアイデアです。
様々な音楽を知っている/探し続ける
様々なスタイルのゲームを遊んで演出を観察する
それらを使った演出のアイデアを考える
その演出がプレイヤーの感情にもたらす効果を考える
といったことを好きでやれる人はかなりこの仕事に向いていると思います。
ここで重要なのは自分自身が音楽を作れる必要が無いことです。自分が作っているゲームにいつどんな音楽を当てればゲームが楽しくなるかを考えられる力だけで戦えます。
そのために非常に複雑に切り分けられた波形を緻密に計算されたルールでひっきりなしに切り替え続けるような名人芸を仕込むのが正解かと言うとそうとも限らず、ただ単に状況に応じてちょっと音量を上げてあげるだけで物凄く心に響くかもしれないというのがゲームで音楽を鳴らす仕事の醍醐味だなあと思うのでした。