第4弾 コロナ禍に起きている若者たちの関心・需要の変化
金丸 弘美(食総合プロデューサー・食環境ジャーナリスト)
〈連載〉もっと先の未来への歩み
『田舎の力が未来をつくる!』刊行以降、各地の事例は、挑戦に実をつけ、さらに先の未来へ進んでいます。 その後を取材した金丸弘美さんによる特別レポートを掲載いたします。
大学生が注目した活発な地方の取組
2020年、前半期のフェリス女学院大学国際交流学部「地域と食文化」(150名)、明治大学農学部食料環境政策学科「食文化と農業ビジネス」(123名)の授業を終了した。 その報告をさせていただこう。 なぜかというと新型コロナの影響で、学生の意識に大きな変化が生まれたからだ。
学生から届いた講義の感想には、昨年までとは明らかな違いがあった。 そこで、どんな授業をしたのか、結果、学生たちにどんなことが起こっているのかをまとめることとしたというわけだ。
新型コロナの影響で講義は遠隔操作で、結局、1度も学生と直接会うことができなかった。 学生も大学の卒業式、入学式も中止。夏休み後の後期授業も遠隔操作になった。 ほかの大学での話を聞くと学生のなかには高い家賃を払って東京にいる意味がないと田舎に戻った者もいるという。 講義では各地の取材での多くの写真を使い絵でわかるように心がけた。PowerPointを毎週3本ほど作り、そこに音声で解説を入れるスタイル。同時に関連のサイト、これまで雑誌やWEBで取り上げたレポートを添付した。さらに関連書籍の紹介をした。毎回ごとの学生の感想には、すべて回答をした。
授業のテキストには『田舎の力が未来をつくる! ヒト・カネ・コトが持続するローカルからの変革』(合同出版)を使用した。(以下、〇の数字は収録の単行本を示す)
変わる農業・消費者視点での栽培と農家が価格決定権を持つ
講義で取り上げた事例は、ほとんどが地域発のボトムアップ型の取組で、地域に経済や雇用を作っている活動だ。すべて現地取材をしたものだ。
農業では消費者との接点を作り、相手が欲しいものを栽培して直接販売し、価格決定権を農家がもち安定した経営を各地で営む若手中心の活動。持続経済と雇用も生んでいる。新型コロナの影響下でも売り上げを伸ばしている。
●北海道十勝平野「村上農場」のジャガイモ26種類の特徴と1か月半に1回レシピがついて食べ方を提案する直販体制。
https://wan.or.jp/article/show/7343
●群馬県昭和村の若手農家を中心に結成された「野菜くらぶ」。
生協・モスバーガー・しゃぶしゃぶ温野菜を中心に取引先が必要な野菜を契約で栽培し価格を保証してもらい、若手の独立メンバーを増やしてきた活動などだ。
https://www.yasaiclub.co.jp/
●愛媛県今治市JAおちいまばり「さいさいきて屋」。
野菜、果物、米、肉、花から漁業と連携して魚もある。生鮮3品が揃う。食堂、カフェ、キッチンスタジオを持つ。新規就農支援もしている。
https://www.ja-ochiima.or.jp/saisai/sub/shop.html
●JAおちいまばり「さいさいきて屋」のノウハウを持ち込み成功した神奈川県横須賀市「すかなごっそ」(横須賀のご馳走の意)。
生鮮が揃うことで地域での利用はもちろん県外にも販売を伸ばした。
https://ja-yokosukahayama.or.jp/sucanagosso/
●石川県白山市の稲作農家が集まり法人化した株式会社六星。
農業外の若手に経営を任せたことで直売所、レストラン、和菓子店など、米を主体に、惣菜、弁当、塩大福など食べ方を提案。地元でも大きな支持を受けている。耕作放棄地も引き受けて今では石川県最大の稲作も手掛ける。
https://www.rokusei.net/shop/
女性が主体となり食を中心に地域の持続社会を創る活動
●長野県上田市の再生可能エネルギーを推進する「上田市民エネルギー」。
通称「相乗り君」。企業、民家などの屋根に、みんながお金を出し合い、ソーラーパネルを設置して、地域全体に広げる取組。藤川まゆみさん。女性が中心に始めたものだ。
http://eneshift.org/
●全国約400ある有人離島のネットワークを行う「離島経済新聞」。
島の経済、定住、事業などのノウハウの連携を行っている。デーリーで離島からの情報が届く。鯨本あつこさん。
https://ritokei.com/
●山口県周防大島での定住のための有料の島ツアーと定住人口増やした「瀬戸内ジャムズガーデン」を中心とした島の産物の高付加価値の商品づくり。白鳥ちあきさん。
https://wan.or.jp/article/show/7396
●埼玉県入間郡三芳町の産業廃棄物中間処理業・石坂産業の98%のリサイクルと森を再生するSDGsの実践活動。石坂典子さん。
https://ishizaka-group.co.jp/
●愛知県名古屋市の駅前で新規就農者を中心とした「オーガニック朝市」開催。吉野隆子さん。
https://wan.or.jp/article/show/8119
などだ。
学生の講義をベースに新たなレポートを発表
名古屋「オーガニック朝市」の講義のあと学生から「いい取組だが新型コロナで朝市は中止なのでは?」という質問が届いた。そこで吉野さんに電話を入れたところ自粛期間は公園での朝市は中止し事務所前で小規模に開催。しかし通販で売り上げを伸ばしていた。そこから農業や直売所関係者など全国にリサーチを行った。講義でとりあげたところはすべて売り上げをのばしていた。
社会学者・上野千鶴子さん(東大名誉教授)からレポートするように言われWEBで配信。連休中の2020年7月23日に配信され、すぐに1100名以上のアクセスがあった。
●コロナ禍のもとで:彼女たちのいま~「金丸弘美のニッポンはおいしい!」特別編
https://wan.or.jp/article/show/9013
これは連載「金丸弘美のニッポンはおいしい!」(タイトルは上野先生の命名)がベースとなっている。講義でも連載のなかから多くの事例を取り上げた。
http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/yotei/yoteidetail.php?&no=768&a=2017
上野千鶴子先生が理事長をされているWAN(Women's Action Network)の依頼で「食に携わる地方の、特に農業の女性を取り上げて欲しい」とのリクエストから連載を始めたものだ。
新型コロナの影響下でも売りあげを伸ばしたところは消費者の欲しいものを提供する、消費者の視点を取り入れる、接点を作る、レシピを提案する、通販体制をとる、ホームページの充実と発信など早くから行ってきたからだ。特に女性が主体となったところはきめ細やかで食べ方やレシピの提案など消費者との接点づくりが細やかだ。
全国でも農産物直売所では20~30%売り上げをあげた。自ら販売体制を築いてきたところは強い。地方と農業の新しい形が注目されている。地方の移住もニーズが高まっているし実際増えてもいる。学生たちにもフィードバックを行った。
持続社会を創るSDGsに繋がる実践活動
全国で空き家が増えるなかで、リノベーションを行い、地域のコミュニケーションを徹底するなかで必要とされる店舗、シェアハウス、ゲストハウスなどに生まれ変わらせ、定住・創業につないでいる建築士の全国ネットワーク「日本まちやど協会」。
http://machiyado.jp/
神奈川県小田原市・老舗蒲鉾店「鈴廣」が始めた全国の中小企業連携の再生可能エネルギーの取組とネットワーク「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」。
https://enekei.jp/
福島県相馬郡富岡町・福島原発の現地の視察レポート。(正式な書類申請をすれば福島第一原発の廃炉の活動現場を見ることができる)
ドイツフライブルグの原発を廃止し街ぐるみの再生可能エネルギーと歩ける町づくり。
イタリアの農村の宿泊・体験・観光・農業・観光・再生可能エネルギーを組み合わせた取組アグリツーリズム。大学・金融機関・行政・EU支援などだ。
https://www.godo-shuppan.co.jp/news/n34744.html
とくにイタリアのアグリツーリズム、イギリスのB&Bは、学生に大きな衝撃を与えたようだ。農家が宿泊施設になっている。農村の古民家、鶏小屋などを綺麗にリノベーションして、外観は昔のままに、内装は個性豊かに。しかもキッチン、リビング、ベッドなどがあり、個室、あるいは1棟貸しになっている。地域のワイナリー、チーズ工房、マルシェ、料理体験などを連携させて、憩いの場、観光にも繋がっている。学生から「ぜひ現地に行き確かめたい」「実家が農業だが、宿、カフェなどを、ぜひやってみたい」「農村の景観と家屋を一体化した取組のレベルが高い」と反響が大きかった。
コロナの影響で学生の自己実現の意識が激変
コロナの影響で学生のリアクションが、かなり変化した。学生たちから届く講義の感想は昨年までのとは明らかに内容が異なっている。
というのも地方から出て大学に入ったものの学校には行けない。自宅から遠隔操作で授業を受ける学生もいる。都市での暮らしが危ないということもでてきた。就職希望のところの大手企業も採用がおぼつかない。海外に行く予定が中止。などという状況も生まれた。 学生たちに地方でのさまざまな主体的な経済活動があることを伝えたことで、大きな意識の変化があったようだ。
地方は高齢化で若者がいない、働くところがない、男性中心社会、寂れている、などと思っていたという感想も多かった。ところが新しい発想で、これまで都市にも地方にもなかった事業を生み出している人々がいる。地域にコミュニケーションを創り経済も雇用も生んでいる。しかも持続経済に繋がる活動になっている。
また、さまざまな現場で女性が主体で活動している。
そのことで、学生から「地域活動をしたい」「地方に移住したい」「都市に来てコロナの影響を観たら地方の方が自然も多く魅力的」「農業に興味がある」「テレワークができることで都市にいる意味が薄れた」「地元に帰り社会貢献する仕事がしたい」「女性が主体の活動があり憧れる。私も彼女たちを見習いたい」など、去年とは激変する感想が次々と返ってきた。なかには、自分の出身地、あるいはその近くで新しい活動が生まれていることを講義で知って衝撃を受けたという学生もいた。
また紹介したところの多くでインターシップ、ワークショップを開催していること、国では「地方創生法」があり、各自治体が移住・定住促進をしていること、相談窓口があることなども紹介したところ、実際に調べたり、訪ねたりした学生もいた。
注目は高知県の大学と連携した人材育成事業
とくに反響があった活動に、高知県の人材育成事業「土佐MBA(まるごとビジネスアカデミー)」 と、和歌山県田辺市「たなべ未来創造塾」がある。
二つの事例は、行政・大学・商工会・金融機関などと連携して、若者の起業を支援する授業をしていることだ。
高知県は全体が86%の森林でおおわれ、平地がほとんどない。かつて盛んだった林業も輸入木材の影響で経済が回らなくなった。しかし地域にある小さくても多様な素材を上手く加工して直接県外に売り利益と雇用につなぐ。地域の自然を広域で連携して観光資源として売り出すなど、ユニークな活動をしている。
若い人を育て自ら事業を作る人を応援しようと「土佐まるごとビジネスアカデミー」を創設し大学、金融機関、民間企業が連携して、学ぶ場まで作りだした。授業料は無料のものから、有料でも500円から2000円程度が多く廉価だ。
高知は農業・漁業が盛んだが1次産品が中心で所得が少ない。加工したものを県外から購入して結果的にマイナスになっている。そこで人材育成で加工・販売までができるようにフォローすることが始まった。やがて販売戦略、経営、経理、ITも必要と専門分野を学ぶ場を広げた。大学と一緒に研究までできる体制もとっている。
2012年度から始まり2万人が受講。43件の起業が実現。県外の売り上げも伸ばし移住者も急増。県民所得も増やした。
和歌山県田辺市の若い人のスモールビジネスを生み出す塾開講
若い人の事業の夢を形にしているのは和歌山県田辺市「たなべ未来創造塾」。
https://www.godo-shuppan.co.jp/news/n33535.html
市と大学、商工会、金融機関が連携して、若い人の夢を実現するためにサポートをする塾だ。
20代から40代までで、自分の仕事や夢を実現したいという人を募集し、それを形にできるように支援する。
2016年からスタート。塾は12名。塾は14回。受講費は全部で1万円。前半は講義、後半は自分のやりたいことのプランの計画を練り、それを具体的に見える化をしていく。最終回ではPowerPointとポスターでプレゼンを行う。具体的に事業をしたいとなれば金融機関もサポートして事業計画をフォローし融資も受けられる。現在5期目がスタート。卒業生から35名の起業が生まれた。
筆者の長男・金丸知弘も移住し塾に入り、サポートと金融支援を受けて食品加工工房と1棟貸しの宿泊施設を創った。
https://www.pref.wakayama.lg.jp/bcms/prefg/000200/nagomi/w33/20_21/index.html
各地で推進してほしい地域主体の若手の起業支援
高知県と田辺市に共通していることは、
①地域を取り巻く状況、農業、漁業、観光業、商業などの売り上げ、人口減、高齢化率、空き店舗など、数値をしらべて具体化をしていること。そこからどこにチャンスがあるかを見出せるようにしていること。
②大学と地元商業機関も連携して、専門的でかつ実践的な講義をしていること、
③具体的な事業計画を受講者に出させて金融機関がフォローをして投資し起業を形にしていること。
④会社員や経営者でもスキルアップで参加できること。
⑤横のネットワークをつくり異業種連携で新規事業が生まれるようになっていること、などがあげられる。
学生からすれば、都心にしか、いい大学はなく、就職に有利と思っていたら、コロナで激変。地方で自己実現ができる行政と大学と金融機関も連携した取組がある。であるならば、むしろ地方で夢をかなえたい。高知県と田辺市のような取組を全国に広めてほしいという声がいくつも届いた。
行政・大学・金融機関・地域事業者連携という同様のことは、イタリア・アグリツーリズモでも実施されており、その結果、地方での若者の創業が増えている。これも講義で紹介をしたところイタリアに行き現場を観たいというレポートが多く届いた。
全国の自治体では商工会の起業支援や勉強会もおこなわれている。しかし、しっかりしたプログラムで、大学・金融機関も連携して、具体的な事業計画を形にしていくまでをフォローし、若い人たちの起業をうながす仕組みは決して整っているとは言えない。
ぜひ、高知県、田辺市のような大学・行政・金融機関連携のボトムアップモデルを各地で作ってほしい。
現在、多くの自治体関係者に呼び掛けているところだ。
参加したい、学びたい、夢を形にしたい、地域で貢献したい、移住したい、地元に戻りたいという若者は、目の前にいる。「地方創生」の本番はこれからだ。
著者プロフィール
金丸 弘美
総務省地域力創造アドバイザー/内閣官房地域活性化応援隊地域活性化伝道師/食環境ジャーナリストとして、自治体の定住、新規起業支援、就農支援、観光支援、プロモーション事業などを手掛ける。著書に『ゆらしぃ島のスローライフ』(学研)、『田舎力 ヒト・物・カネが集まる5つの法則』(NHK生活人新書)、『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(角川新書)、『田舎の力が 未来をつくる!:ヒト・カネ・コトが持続するローカルからの変革』(合同出版)など多数。
最新刊に『食にまつわる55の不都合な真実 』(ディスカヴァー携書)、『地域の食をブランドにする!食のテキストを作ろう〈岩波ブックレット〉』(岩波書店)がある。
金丸弘美ホームページ http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/home/index.php