見出し画像

第8弾 イタリア・スローフードに学ぶ地域農産物のアピール

金丸 弘美(食総合プロデューサー・食環境ジャーナリスト)

 〈連載〉もっと先の未来への歩み
『田舎の力が未来をつくる!』刊行以降、各地の事例は、挑戦に実をつけ、さらに先の未来へ進んでいます。 その後を取材した金丸弘美さんによる特別レポートを掲載いたします。  

 この記事は、「月刊社会民主」2021年2月号に掲載されたものです。編集部の許可を得て転載するものです。


売り上げを伸ばす生き物いっぱいの田んぼのお米

 これまで各地で食のテキスト化とワークショップを勧めてきた。食をブランド化したい食育を進めたいと話があったときに、食材の背景や環境を調査し食べ方までを提案していくものだ。
 実際に取り組んだ兵庫県豊岡市「コウノトリ育む米」リンク]、高知県中土佐町「大野見エコロジーファーマーズ」リンクは、大学や専門家の連携で、田んぼの生き物や水質など環境調査をし、生物の豊かな田んぼのテキストを作成した。そのことでお米の価格があがり、売り上げもあがった。コロナ以降も売り上げを伸ばしている。

兵庫県豊岡市のコウノトリ
大学と連携した大野見エコロジーファーマーズ。学生による田植え

 環境調査とテキスト作りのきっかけになった農家が千葉県香取市堀之内の藤﨑芳秀さんの「藤崎農場」リンクだ。
 最寄駅はJR成田線下総神崎駅。出会いは1995年。久々に年賀状をいただいたので電話をしたらとてもお元気。82歳。お孫さんが農業を継ぎたいと、今、一緒に仕事をしているとのことだった。
 藤崎さんの米は「とびっきり米」で販売されている。田んぼは7ha。米の値段は1俵(60kg)で4万5000円。相場の4倍近い。直接、消費者に販売している。
 無農薬で化学肥料も極力使わない。
 田んぼは耕さず大きな苗(成苗)を植える。
 冬場は水を張る(冬期淡水)をしている。
 その結果、田んぼには、多くの生き物がいる。
 ドジョウ、タニシ、トウキョウダルマガエル、ニホンアカガエル、アオガエル、ウシガエル、トンボ、イナゴ、カメムシ、ゲンゴロウ、ミズカマキリ、タガメ、ザリガニなど。多くの鳥もやってくる。オオタカ、トンビ、オオサギ、チュウザキ、コザキ、アオサギなどだ。
 藤崎さんの話は、拙著『メダカが田んぼに帰った日』(学習研究社 2002年)でも取り上げたリンク
 生き物いっぱいの米作りが支持されてコロナ以降も売り上げが伸びている。

商品のストーリーが伝わる藤崎農場のとびっきり米

 米農家の離農や耕作放棄地が増えている要因のひとつに米の価格が安いというのがある。一般に米の引き渡し価格は1俵で1万円ほど。人件費、苗代、肥料、ガソリンなど経費を引くと赤字になってしまう。また米の消費量もここ40年で半分以下になっている。

直接消費者に田んぼの物語を語り販売につなぐ

 藤崎さんとの出会いは、藤崎さんと川向うの茨城県稲敷市の農家さんたちに農業指導をしていた岩澤信夫さん(故人)に「直接、消費者に米を販売したいが、どうすればいいか」と相談を受けたのが始まり。そこで「直接、消費者に話せばいい」と話した。
 藤崎さんたちの農家は、種籾は農薬を使わずお湯で消毒、田んぼは耕さないで大きな苗を植える、冬場は水を張り生き物の生息環境を作る。これは異例の取組だった。
 岩澤さんから「消費者に米作りを話して、わかるのか」と言われた。
 「わからないから話すんです」と私。
 実は、岩澤さんはとても弁がたつ方だった。しかも稲が成長する過程の写真を撮ってもいらした。紙芝居形式で写真を使い消費者に話して、そこでおにぎりを出せば必ず人を惹きつけるに違いない、と思ったのだ。
 それを実行した。
 恵比寿の知人のマンションの集会所をお借りしてマスコミや知人に声をかけた。会場は立ち見になった。環境という物語が参加者の興味を惹きつけた。そこから田んぼのツアー、雑誌の特集も生まれた。こうして消費者に現場を見てもらい、そこから販売が始まった。
 そもそも藤崎さんたちは、生き物を増やそうとしていたわけではなかった。
 米の価格が安い、高齢化もしている。そこで極力省力化し、農薬や化学肥料、ガソリンも減らし、経費削減が目的だった。結果、自然環境が豊かになり、田んぼの生き物たちが戻ってきたのである。
 現在の多くの田んぼでは昔のように生き物がいない。というのは、周辺の水路がコンクリートで整備され生き物の生息環境がなくなった。
 秋は収穫のために田んぼから水が抜かれ乾田になる。ドジョウやホタルなど越冬ができない。
 さらに農薬が使われることで生き物が生息できない。現在もカメムシ対策で使われているネオニコチノイド(浸透性農薬)はミツバチを死滅させ、人の脳にも影響があると問題になっているが、今も多く使われている。
 藤崎さんの田んぼの噂は、福島県郡山市、宮城県田尻町、新潟県の佐渡ヶ島まで伝わり、岩澤信夫さんと各地をご一緒した。省力化した稲作に関心が集まったのだ。
しかし、みんなが同じように始めたかというとそうはなかなかならなかった。というのは慣行の農法とはまったく違う。同じようにやってはたしてうまくいくのかわからない。鳥が飛んでくれば稲が荒らされる。農薬をまかないと害虫にやられる。と、なかなか受け入れられなかった。
 しかし、宮城県田尻町の一人の農家さんが、周りに迷惑にならないようにと離れた田んぼで、やってみたら、翌年、白鳥が田んぼに飛んできた。それを「白鳥米」として売ったら、たちまち完売してしまった。そんな実績ができたことで少しづつ広がった。そのあと、町が環境に配慮した田んぼに補助金を付けるという活動も生まれた。
 宮城県では「雁を保護する会」の呉地正行さんや、仙台市科学館の岩淵成紀さん(当時)日本雁を保護する会リンクなどが、野鳥や生き物の調査を科学的にされていて、そこから、より具体的な、環境の豊かさが明らかになるようになった。

イタリアのスローフードは食のガイドブックがあった

 実は、その頃、イタリアから戻り『スローフードな人生!』(新潮社 2000年)を出した島村菜津さんにお会いしたリンク
 彼女に藤崎さんの活動を話したら「スローフードに似ている」と言われた。とはいっても、さっぱりわからない。そこで北イタリア・ピエモンテ州ブラのスローフードの本部を訪ね彼らの活動を取材に出かけた。すると、地域の食の調査が徹底的されていて、出版部がありガイドブックが作られていたリンク

スローフード本部の出版部が発行するガイドブック

 州政府、町の支援と資金援助もあり、地域の農家の加工品のプロモーションが大々的に実施されていた。つまり日本のように大手代理店に委託せず、地元のNPOに資金を出す。こうすれば地域にノウハウも雇用も生まれる仕組みだ。
 食材では、伝統的な地域のチーズやワイン、サラミ、ヤギなどをいったものが、調査され本が作成されている。
 イベントでは、生産者が直接、商品を紹介する。そして試食もある。食べる場も作られている。会場には、国内外問わず、バイヤー、レストラン、マスコミなどが呼ばれ、商取引まで繋ぐ。

スローフードの「味覚の講座」

 つまり、藤崎さんたちから「米を消費者に売りたい」と相談され、写真でわかりやすくし、一般の人に紹介して食べてもらい適正な価格で販売し農家の継続に繋ぐということは、スローフードの活動と重なった。
もっとも彼らは、NPOでありながら150名も雇用し、会費だけでも年間3億円があり、州政府と町のプロモーション事業の委託も受けていて、その取組は壮大で、地域経済と雇用と、地域振興に明確に繋がる形で取り組まれていて、その活動に瞠目したものだ。
 このあと、兵庫県豊岡市から相談を受けた。「コウノトリを育む米」を売り出したいというものだった。そこで提案をしたのがテキスト化。つまりスローフードのように詳細なガイドになるものを作成することだった。
 テキストを制作し食べ方まで提案する取組は販売にも繋がっている。
コロナで大変だというニュースばかりだが、実は、環境を豊かにした農家の取り組みや直売所などは堅実に売り上げを伸ばしているところが多い。
今こそ、改めて環境と食の取組を支援するべきではないか。地域発のボトムアップが必要だ。そのための行政・大学・地域・金融機関・若い人の支援事業が求められている。

豊岡市のコウノトリの取組、スローフードは、以下の本で紹介をしています。
地域ブランドを引き出す力 トータルマネジメントが田舎を変える!』金丸弘美 著
http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/book/bookdetail.php?no=182&a=1

【追記】

2021年2月3日、豊岡市から「コウノトリ育む米」の最新版テキストが届いた。とてもよくできていて、全国の実践で参考になりそうだ。
http://banraisya.co.jp/kanamaru/data/workshop/pdf/workshop20210203.pdf

著者プロフィール

金丸 弘美
総務省地域力創造アドバイザー/内閣官房地域活性化応援隊地域活性化伝道師/食環境ジャーナリストとして、自治体の定住、新規起業支援、就農支援、観光支援、プロモーション事業などを手掛ける。著書に『ゆらしぃ島のスローライフ』(学研)、『田舎力 ヒト・物・カネが集まる5つの法則』(NHK生活人新書)、『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(角川新書)、『田舎の力が 未来をつくる!:ヒト・カネ・コトが持続するローカルからの変革』(合同出版)など多数。
 最新刊に『食にまつわる55の不都合な真実 』(ディスカヴァー携書)、『地域の食をブランドにする!食のテキストを作ろう〈岩波ブックレット〉』(岩波書店)がある。

金丸弘美ホームページ http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/home/index.php

[好評配信中]
「地域資源を生かす幸せな田舎の作り方~小さな経済の地域力・田舎力~」
「地方創生カレッジ」各地で試みてきた食のブランド事業が番組となりました。
第1週/ユニット1  食のテキスト化から創るブランディング (動画:6本、合計:56分)
第2週/ユニット2  食をプロモーション する (動画:6本、合計:55分)
第3週/ユニット3  個性を育む味覚ワークショップ (動画:6本、合計:61分)
第4週/ユニット4  農村宿泊と観光アグリツーリズモ (動画:6本、合計:66分)
■日本生産性本部、地域活性化センター制作
https://chihousousei-college.jp/e-learning/basic/industrialization/127.html 

いいなと思ったら応援しよう!