(忌魅恐)あの先生に関して覚えていること【禍話リライト】

私が小学校5年生の頃の思い出です。
変なタイミングで担任の先生が変わったことがあったんです。
4月じゃなくて、学期の半ばのことだったと思うんですが、確か最初担任だった先生も女性だったので、おめでたとかそういうことなのかなとは思うのですが、詳しいことは全然記憶にありません。
確か夏休み前に先生が変わることになったのですが、担任として代わりの先生が来ることになりました。

それが若い先生で、今から考えると、新人の教師だったんじゃないかな、と思います。

その先生、菊池先生というのですが、その先生が初めて来て、朝の会が行われました。
最初の方の記憶は曖昧なんですが、「皆さん、はじめまして」って普通に挨拶をして、黒板に漢字で自分の名前を読み仮名付きで書いて、「私はこういう名前で、菊池なんとかです」って、そんな感じで挨拶をしていたと思うんです。
それで終わっていれば、特段の違和感もなかったんですが、そこでその菊池先生が変なことを話し始めたんです。

普通だったら、自己紹介といえば、例えばこの学校の卒業生ですとか、ここが地元ですとか、そういう話をして終わるじゃないですか。
でも、私が覚えているのはそういうことじゃないんです。
最初は確か、「私実はこの学校の卒業生で」みたいな話しだったんです。
それが、どこがどうなってそういう話になったのかわからないのですが、いつの間にか、学校とは全く無関係な菊池先生の子供の時の話になっていました。

菊池先生は、覚えている限りですが、こんな話をしていました。

「私、あなたたちくらいの年齢のときに、家でちょっと食器を割ってしまったことがあってね。そのことでお母さんにすごい怒られて、押入れの中に入れられて。それで、いいと言うまで開けちゃダメだって言われて、ピシャって襖を閉められたの。その押し入れは暗い物置の中の押し入れだったから、閉められると完全に真っ暗なって。私はその時、初めて本当の暗闇、明かりが一筋も差さない暗闇を体験したの。そうするとね、どうなると思う?右も左も、上も下もわからなくなっちゃうの。自分が周りの暗闇と同化しちゃうんじゃないかって、子供だからそういう気持ちになったの。でも、お母さんがいいと言うまで出られないから、すっかりパニックになっちゃって。真っ暗だから、全然目も慣れなくて、そのうちなんだかわかんないけど苦しい、なんか息苦しい、って……どんどん呼吸が苦しくなっていって、ああ、もうダメだって思ったんだけどね……急にフッと楽になったの」

私の記憶では、そこで唐突に話が終わりました。

次の瞬間には、「じゃあ、今日からよろしくお願いします」と言って、朝の会が終わってたんです。
流石にこれはおかしいなって子供ながらに思ったんで、当時のクラス委員長と仲良しだったこともあって、朝の会が終わった時に、何気なく話しかけたんです。
「ちょっと菊池先生って、変わってるよね」って。
それで、疑問に思っていたことも続けていってみたんです。
「フっと楽になった後、どうなったんだろうねえ」って。
委員長って、普段すごい真面目な人で、優しい人だったんですけど、それを聞いたら、急にキッと私を睨みつけてきました。
今思えば、憎悪にも似た感情をぶつけられたんだと思うんですが、当時の私からすれば、今まで向けられたことのない視線で睨まれてると思って、ビクッとしちゃったんです。
そんな怯えてる私に対して、委員長は詰るような口調でこう言いました。

「杏奈ちゃんさあ、ダメだよ。何で人の触れられたくないところを突っつくの?そういうのよくないよ」

それだけ言い放つと、プイと振り返って、もう私と口をきいてくれなくなったんです。
なんか私悪いことしたのかな、私はデリカシーがないことしたのかな……そんなふうに思ったんですが、気になるものは気になります。
私がおかしいのかな、ああいう話を聞くときはそっとしとけばいいのかとか、思ってはいたんですが、中休みの時間になって、ちょっと別の子にも聞いてみようって思ったんです。
それで、今度はタイプの違う子に聞こうと思って、男の子、ガキ大将みたいなタイプの子に聞いてみることにしました。
その子は普段の中休みなら、少ない時間でも外にでてドッジボールとかサッカーとかをしているような子だったんですが、その日に限って教室にたまたまいたんです。
私が、「菊池先生のことだけど」って言うと、「ああ、結構美人だよな」とか、呑気なことをいうから、いやいや、そういうことじゃなくて……って言って、本題に入りました。

「最初に先生が何か話したじゃん?」
「ああ、ああ、最初ね」
「うん、あの押し入れの中に閉じ込められてって話で」

それに続けて、“あれって変じゃなかった“みたいなことを言おうとしたんですが、その子は私がそれを言う前に「お前そういうとこあるよな」って、私の話を遮ったんです。
そして続けて、「お前、人の知られたくないところにずかずか入っちゃうとこあるよな。それ、気を付けたほうがいいよ」って、怒っているというよりも、心配しているような、親身になって忠告しているというような、そんな口調で私に諭してきました。
それにちょっと私も気圧されてしまって、「ありがとう」ってなぜだかお礼を言って、それで話は終わったんです。

そのまま彼もどこか行っちゃったので、私としてはまたパニックです。

えっ、なんか親切な感じで言われたけど、これは私がおかしいってことなのかな?
一番優等生な子と、一番不良な子が同じことを言うんだから、多数決でいえば私が間違ってるのかな?

そう思って、もやもやした思いを抱えながらも、その日はもう学校では誰にもこのことを聞きませんでした。

でも、帰り道でやっぱり疑問が頭をもたげます。
やっぱりおかしいよなぁ、変だなぁって、うんうん唸りながら帰ってると、隣のクラスの子に声をかけられました。
その子は顔なじみで、同じ地区から学校に通っている子でした。

「杏奈ちゃん、どうしたの?深刻そうな顔して。お腹でも痛いの」
「いや、違うんだけど……」

それで思い切って、これこれこういうことがあって、ここで話が終わったんだよって、菊池先生のことを話してみました。
するとその隣のクラスの子が、目を丸くして言うんです。

「なんでそこで終わっちゃうの?おかしいじゃん。オチがないじゃん」

そう言われて、ようやくホッとしました。
ああ、私だけじゃないんだ、そう思うの……って。
そこから、私は堰を切ったように彼女に疑問に思ったことを言いました。
すると彼女は、いちいちそれをうんうんと聞いてくれて、「そうだよねぇ。結局何を意図して話した話だろうね」みたいなことを言ってくれて。

「そう、そうだね!そうだよね!そうだよね、私おかしくないってよね!?」

興奮してそういうふうに言ったら、それに対しても「普通そう思うよ」って言ってくれたので、それでなんだか自信がつきました。
ああ、私おかしくないんだ、良かった……と思いながら家に帰ったところ、ひとつ年下の妹が先に帰ってたので、妹にもこの話をしました。
すると妹も、「なにそれ?そのあとどうなったの?」っていう反応だったので、私はますます自信を回復しました。
そうだよね、おかしいよね……そんなことを言っていたら、妹から、「そうそう、今日ね、お父さんとお母さんがなんかの寄り合いかなんかで帰ってくるのがちょっと遅くなるから、先にご飯を食べててって言ってたよ」と言われて。
夕飯は冷蔵庫に置いてあるから、あとはご飯をチンして……とか話していたら、電話が鳴ったんです。

最初は、お父さんかお母さんからの電話かな、と思ったのですが、ナンバーディスプレイに表示されていたのは知らない番号でした。
固定電話からだったので、同じ地区だな、ということはわかったんですが、出てみたら同じクラスの、自分とほとんど話さない男の子でした。
当時は連絡網などで、クラス全員の電話番号が書かれた紙が配られたりしていますから、自分の電話番号がわかること自体は不思議ではありません。
ただ、それにしても要件がわかりません。

「杏奈は私だけど、どうしたの、永井くん?」

そう聞くと、少し切迫したような調子で永井くんは口を開きます。

「今日さ、先生が話をしたじゃん?」
「菊池先生、よね?」
「うん。あれさあ、おかしいよね?オチなかったよね?なんか、フっと楽になったで終わっちゃってさ。あれ、おかしいよね?」
「うんおかしい、絶対おかしいよ。私もそう思った」
「な、そうだよね?俺さあ、周りに聞いたんだけどさ。ほとんどのやつが、何言ってんだよとか言ってさ。なんか、それ以上触れるなとか言ってくるんだよ」
「私も私も」
「だよな?!それが気持ち悪いな、と思ってさ。そうだよなー、よかった!」
「そうだよねー」
「だからさ、ちょっともう、全く話してねえ奴に聞くしかねーなーと思って、あぁ良かったあ。本当ありがとう」
「いや、私も気になっててさぁ、そうだよね、おかしいよね」

電話を切ると、「どうしたの?お姉ちゃん」と、妹に聞かれました。

「クラスメイトの子からの電話で、先生の話はやっぱりおかしいよねって」
「そうだよね」
「でも他の子達はなんでおかしいと思わないのかなぁ」

そう言ったら、妹は、お姉ちゃんの学校の子たち、勉強しすぎでおかしくなってるんじゃないって笑って言うんです。
私の学校は、ある大学の系列の私立校だったので、受験などもあって、妹のイメージでは頭のいい子が集まる学校になっていたようです。
そんなことないよ、普通だよとは言いましたが、もしかするとそうなのかもしれないな、と少し納得するような気持ちにもなりました。

そのあと、お父さんお母さんが遅くなるということなので、妹と用意されていたご飯を食べて、お風呂には先に妹が入りました。
夜の8時頃だったと思います。
家の電話が鳴りました。
お母さんからの電話で、二人とも帰宅がもう少し遅れるとのことで、夕飯は食べたのか、お風呂には入ったのか、先に寝ていなさいなどあれこれと世話を焼いてきました。
私はわかった、先に寝ておくね、と答え、電話を切りました。
そして、ちょうど電話を切ったぐらいのタイミングで妹が風呂から出てきて、私に誰からの電話か尋ねてきます。

「お母さんたちからの電話。もう少し遅くなるって」

そう答えて、次に私がお風呂に入りました。
お風呂に入っていると、また電話が鳴る音が聞こえてきました。
お父さんかお母さんからの電話で、ちょっと早く帰れることになった、などという内容だと思っていたのですが。

お風呂から出ると、妹が神妙な顔をしています。

「おねえちゃん、クラスの人から電話来たよ」
「えっ」

私は驚きましたが、先ほどの永井くんの電話のようなものだろうと思い、「どんな電話だった?」と尋ねます。
すると妹は、いぶかしげな表情を浮かべながら答えました。

「また電話しますって、すぐに切られちゃったけど、なんか変な感じだったよ」
「えっ?緊急連絡網とか??」
「さあ……」

要領を得ないので、固定電話の着信履歴を調べてみると、確かに私の前の大守さんからかかってきた電話のようです。
やっぱり緊急連絡なのかな、それにしてもなんだろう……
そう思い、すぐに電話を掛けました。

「もしもしX小学校の5年A組の加藤ですけど」

電話が取られると同時に、私が名乗ります。
そこで私は、おや?と思いました。

沈黙してたんです。

明らかに誰かが受話器の向こうにいるのに、私の名乗りに一切応じず、無言で立っているのです。
そして、たった一言。

「全部お前のせいだからな」って。

それで電話を切られました。
私が驚きのあまり硬直していると、妹が心配して駆け寄ってきます。
「どうしたの?」と問われると、同じクラスの子なんだけど全部お前のせいだって……などと、混乱のあまり要領を得ない返答をしてしまいました。
妹はそれを聞いて、私以上に怒り始めました。

ちょっと言い掛かりもひどすぎるんじゃないの。
お姉ちゃんのクラスの子、おかしい子ばっかりだ。
ちょっとすぐにかけなおしたほうがいいよ。
文句言ってやろうよ。

そうたきつけられて、私は大守さんにかけ直しました。
5分も経っていなかったと思います。
電話はすぐにつながり、若い男の人の声が聞こえてきました。
大守さんのお兄さんのようでした。
口調が少し慌てていて、後ろも騒がしい感じがします。
私が名乗ると、「同じ学校の人?!」と大きな声で言われて、こう尋ねてきました。

「今、妹が急に学校に行くからといってこんな時間に出ていっちゃったんだけど、なんか知ってますか?学校で何かあるんですか?!」

私、それを聞いて本当にびっくりしてしまって。

「いや、ちょっとわかんないです」って答えるのが精一杯でした。

電話を切ると、妹が心配げに話しかけてきます。

「え、どうしたの?おねえちゃん。すごく顔が真っ白だけど……」
「なんか、この子、私に電話かけてきて、その足で飛び出て学校いっちゃってるらしい……」
「ええ?!この時間学校やってないでしょ?もう9時だよ」
「うん、やってないよね……?」

それでも幼い私たちにはどうしようもなく、ただ、リビングでバラエティ番組をつけて気を紛らわせながら、親が帰ってくるのをじっと待っていました。


あとで分かったことなのですが、結局その日、私のクラスの半分ぐらいの生徒が夜に学校に行ったみたいです。
近い時間帯の話ではあるんですが、それぞればらばらに。
当時私の小学校は、警備員さんはいたんですが、たった一人で見回ってたらしくて、生徒たちがあちこちから学校に侵入しているのに気づいたっていうんです。
どう鍵を開けたかはわかりません。
でも、そこらじゅうの窓とかドアの鍵が開いてて、そこから侵入してきたらしいです。
警備員さんは一生懸命止めたそうですが、1人では限界があります。
応援を要請して、先生がたや警察もやってくる大騒ぎになったそうです。
子どもたちが一斉に校舎に入り込んでしまった
警備員さんの話で、子どもたちは校舎の中に入って階段を上っていった……ということが分かったので、先生や警察の人を含め、何人かで問題のフロア、私たちの教室のある階まで上がったというのですが、パッと見たところ子どもの姿はなかったそうです。

不思議に思って探してみると。

みんな、掃除道具入れとか、ロッカーとか、密閉空間に隠れていたそうです。

学校中の、あちこちの。

階段の下の小さな倉庫とか、普段はなじみのないところにも。

とにかく密閉できる空間に、めいめい入っていたんだそうです。

それで、何とか全員を集めて、その場にいないクラスメイトは家にいるか確認の電話がかかってきたりして、大変な大騒ぎになりました。
結局ほどなくして、クラスメイトは全員見つかりました。
クラスメイトが見つかった後、集まった先生たちがクラスメイトに事情を聴いたといいます。
なんでこんなことしたんだ、と。
ところが、全員自分が何をしたのか、覚えていないというのです。
なんで自分がここにいてこんなことをしているのか、わからないと。
結局、集団ヒステリーか何かということで片付けられました。

その日、学校に集まらなかった、私を含めた残りの半分のクラスメイトたちにはある共通点がありました。
菊池先生のあの話に、何らかの違和感や引っ掛かりをおぼえた子どもたちです。
もちろん程度は様々だし、反応もさまざまです。
なんか変だな、と思いつつもすっかり忘れてしまった子もいれば、私のように気にはなっていたけど口に出さなかった子もいました。
学校に来た子たちはというと、後々聞いたところによると、菊池先生が何を話したかさえ覚えていないというんです。
菊池先生は、それっきりです。
その一日だけで、あとはいなくなってしまって、また別の先生がやってきました。
その後、なんとなくこの日の出来事は触れることがタブーのようになって、あまり触れられることはありませんでした。
私にとっても、思い出すのも嫌な出来事ですが、実際に学校に行ってしまった子たちにとってはそれどころではないんでしょうね。
いまだにうちの小学校は、同窓会も開かれたことがないんです。


【編集者によるメモ】
お話をしてくれた加藤さん自身はよく覚えていらっしゃらなかたったが、調べてみるとくだんの菊池先生の失踪については、「名門私立小学校の女性教師の謎の失踪」ということで、地元紙などに小さくではあるが取り上げられていた。
先生のご両親も失踪の理由がわからず、必死に娘を探していたようだ。
前述の事件があった当夜、担任ということで菊池先生にも連絡を試みたそうだが、結局当日は連絡がつかなかった。
それどころか翌日無断欠勤をしたということで、両親立会いのもと1人暮らしのアパートに立ち入ったところ、部屋はすっかりもぬけの空になっていた。
それも、必要なものは全部持っていなくなったということで、意志をもっての失踪であると思われた。

菊池先生が何を目的にあんな話をしたのかはわからない。
だが何らかの意味があって、彼女はあの話を生徒たちに聞かせ、そしてその目論見は、おそらく失敗したのだろう。
彼女の行方がどうなったのかについての続報は、ない。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「忌魅恐NEO 第1夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

忌魅恐NEO 第1夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/625554757
(24:04頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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