楽しいこっくりさん【禍話リライト】
40代の女性Yさんは、子供のころ、親の仕事の関係で転校がちだったという。
そんなYさんは、小学4年生の時に、とある地域に転校することになった。
Yさんは転校慣れしているため、クラスにもすぐに打ち解けて、楽しい日々を過ごしていたのだそうだ。
転校から1週間くらいしたときのことだった。
「あたしたち、こっくりさんしてるんだぁ」
Aさんという子が中心になっている、クラスの女子グループに、Yさんはそう声をかけられた。
「へえ、流行ってるもんね」
Yさんとしてはそこまでこっくりさんに興味があったわけではないので、対応もそっけないものになる。
それだけでなく、その時Yさんは、ふと、いじわるを言ってみたくなったらしい。
「あれってさ、でも、誰かが動かしたり、無意識のうちに動いたりするって本に書いてあったよ」
要するに、インチキだよね?と遠回しに言ってみたのだった。
ところが、Aさんたちは全く気にする様子がない。
それどころか胸を張って、こんなことを言い出した。
「うちはちょっと本格的だから」
「本格的って、どういうこと?」
好奇心をくすぐられたYさんが尋ねると、Aさんたちは口々に彼女たちのこっくりさんが「本格的」である理由を説明してくれる。
話によれば、校舎の裏に焼却炉があるのだが、さらにその裏の藪の中にけもの道があって、そこを進んでいくと祠のようなものがあるのだという。
同級生たちは、そこを「お稲荷さん」と呼んでおり、こっくりさんをやるときには、まずそこにお参りしてからやるのだそうだ。
「それは本格的だねぇ」
「でしょう?」
「ここにそんなのあるんだね。知らなかったなぁ」
「まあね。ほとんどの人が知らないんだ。先生でも知らない人は多いよ。知る人ぞ知るって感じ」
「へえ」
俄然興味のわいたYさんは、その日、これからこっくりさんをやるというAさんたちに誘われて、その祠に行ってみたそうだ。
行ってみると、確かに焼却炉の裏に藪があって、そこに人が何度も出入りしているんだろうな、という程度の細い道ができていた。
その先に問題の祠があったのだが。
かなり子供のころの話なので詳細までは覚えていないのだが、問題の祠についていえば、お稲荷さんっぽくはないな……というのがYさんの印象だった。
今から考えると、狐をかたどった置物などは置かれていなかったとYさんは言う。
ただ、わざわざ指摘することもないので、他の皆に倣ってその祠に手を合わせて、お祈りのまねごとをしてみた。
そしてそのあと、教室に戻ってこっくりさんを始めた。
すると。
すごく楽しかった、というのだ。
こっくりさんをやっている間、とにかく楽しい気持ちになったことをYさんはよく覚えている。
皆も同じく楽しくてしょうがないようで、ずっとハイテンションでしゃべり続けていたのだが、後で考えてみると何を話したのか、何をこっくりさんに尋ねたか、全く覚えていないのだ。
Yさんとて、こっくりさんの経験は初めてではない。
回数は多くないものの、他の場所で行ったこっくりさんに関しては、何を聞いて何で盛り上がったか、くらいは普通覚えていたのだ。
ところが、その小学校で祠にお参りした後に行ったこっくりさんの内容については、何も覚えていない。
その日のうちに全部忘れてしまうのだ。
もちろん、あまりにその場が楽しすぎて、笑っていた理由も忘れてしまうこともあるかもしれない。
けれども、こっくりさんをしていてそんな状況になることはちょっと理解しがたいものがある。
当然、Yさんもそのことを不思議には思っていたというのだが、とにかくひたすら楽しかったため細かいことはどうでもよくなって、まるで中毒のようにこっくりさんをやり続けたらしい、
半年たって、また親の仕事の都合で転校することになったのだが、一番の思い出は楽しかったこっくりさん……というくらい、そのお参り後のこっくりさんにハマっていたそうだ。
「半ばトリップ状態でしたね」
Yさんはそう苦笑いする。
それから時が経って、Yさんが大学生の頃のことだ。
その頃にはお父さんの仕事が安定していて、引っ越しはなくなっていた。
当時Yさん一家はマンションに住んでいて、Yさん自身、そこから大学に通っていたという。
もちろんその頃には、その小学校のことや、楽しかったこっくりさんのことを思い出すことはなかったし、夢に見たこともなかった。
ところが、である。
大学が夏休み中の、ある日のこと。
Yさんは夢を見た。
夢の中で、Yさんは小学校4年生当時の自分に戻って、Aさんたちとこっくりさんをやっていた。
「うわー、やっぱり楽しいなぁ!」
「次、何々?何聞いたの?!」
「へえ、鎌田さんとこの早苗ちゃん、心臓が止まっちゃうんだぁ!」
「あの子元気そうなんだよぉ、かわいそうにぃ」
「バレエとかやってるのにねぇ」
「若いのにかわいそうだねえ!」
そう言って皆が、ゲラゲラ笑いあったそのタイミングで、Yさんは飛び上がって目を覚ました。
全身が汗だくになっている。
夢の中では、自分も含めて、皆が楽しそうにしていた。
しかし、Yさんは今やそれどころではない。
鎌田さんは、マンションの2軒隣に住んでいるご近所さんの名前なのだ。
普段からそれほど交流があるわけではないが、会えば挨拶もするし世間話もする。
早苗ちゃんはその家の小学生の娘さんで、バレエをやっている利発そうなかわいらしい子だった。
ええ、何?!
ちょっとどういうこと??!
もちろんYさん自身、鎌田さんに対しても娘の早苗ちゃんに対しても含むところなど何もない。
どちらかと言えば好感をもっているくらいだが、その程度の温度感なのだ。
なのに自分は、なぜあんなにひどい夢を見たのだろうか……Yさんはそんな自分に少し自己嫌悪も覚えたのだという。
そのことが原因というわけでもないだろうが、Yさんはその日から少し体調を崩してしまった。
熱っぽさが続き、バイトも休んでいたそうだ。
そのうち何とか熱も下がってきて、そろそろ外に出られるかな……と思っていた、発熱から3日目の夜中のことだ。
トイレに立ったときに、静かに玄関のドアを叩く音が耳に入った。
うん?
誰?
覗き穴から覗いてみると、鎌田さんが立っている。
ノックというほど大きな音ではないが、ドアを叩いていることは確かなので、Yさんは「どうしたんですか?」と言いながらドアを開けた。
その瞬間。
Yさんはギュッと腕をつかまれた。
鎌田さんは、怒りをにじませながらYさんを睨みつけ、こう言った。
「あんたさあ、罪の意識がないなら何やってもいいと思ってんの?」
「?!……やめてください!!」
Yさんは腕を振り払うと、慌てて玄関を閉め、ドアをロックしチェーンをかけようとする。
しかし、突然のことにYさんは手が震えてしまい、うまくチェーンがかけられない。
その間も、鎌田さんは外でずっとYさんをなじり続けていた。
「罪の意識がなければ何をしてもいいっていう、その考え自体がさあ!」
ようやくカチャリ、とチェーンをかけると、鎌田さんは文句を言いながら自分の部屋に戻っていったようだった。
Yさんはその夜のその出来事がショックだったこともあって、誰にも相談できないまま日々を過ごしていた。
できれば鎌田さんと出くわさないように、生活時間帯をずらして行動していたのだという。
その出来事があってから、1週間後のこと。
鎌田さんが急に引っ越してしまった。
どうして?と親に理由を尋ねてみると、親も知らないそうで、他の住人も理由がわからないと言っているとのことだった。
ただ、引っ越し先は近場で、ほんの数ブロック隔てた場所だった。
小学校の学区も変わらず、ただマンションを引き払っただけだった。
風の噂によれば、早苗ちゃんの具合も悪くはなってはおらず、相変わらず元気に過ごしているのだという。
しかし、Yさんの心には“しこり“が残っていた。
ひょっとすると、引っ越した理由は自分なんじゃないか。
そう思うと、なんとも言えずいやな気持ちになってしまう。
そもそも自分はなぜあんな夢を見てしまったのだろうか……そう考えてみると、なんとなくあの「祠」が関係しているのではないかという気がしてくる。
そういえば、当時のクラスメイトで一人、電話番号知っている子がいたな、ということを思い出して、こっくりさん仲間ではなかったけれど、連絡を取ってみた。
少し前に教えてもらった番号だったのでまだ使っているか心配していたのだが、幸い電話はすぐにつながった。
「あ、久しぶり~」「久しぶりだね~」などと、しばし挨拶を交わしたあと、Yさんは気になっていたことを友人に尋ねてみた。
もちろん、例の夢の話は一切彼女には話さないまま、である。
「あのさあ、小学生の時のこと思い出して連絡したんだけど」
「へえ、今、近くに住んでるの?」
「いや、そうじゃなくて、今、私、全然違うとこに住んでるんだけどさ。Aちゃんって、元気にしてる?」
すると、電話口の友人は急に黙ってしまった。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ああ、そうなんだ……これも何かの偶然かな?」
「え?」
「あのさ、ちょうど2週間くらい前のことなんだけど……」
友人の話によると、Yさんが例のおかしな夢を見た、その日に、こっくりさんをしていた仲間のなかでもリーダー的な存在だったAさんが亡くなったのだそうだ。
「それもね……ちょっと変な亡くなり方で」
大学生だったAさんは、その小学校に侵入して、焼却炉の中で自殺したという。
もちろん今は焼却炉自体使われていないので、焼死したわけではない。
詳しくは知らないが、何かしらの方法で命を絶ったらしい。
「それでお葬式とかあって、大変だったんだけど……」
「ええ?!」
ショックを受けたYさんは、同時にある種の焦燥感も覚えていた。
夢とAさんの死が無関係とは思えない。
あの焼却炉の向こうには、例の祠があるのだ。
……確認しなきゃ。
その思いに突き動かされ、Aさんはおよそ十年ぶりにその小学校に行ったそうだ。
当時付き合っていた彼氏にお願いして、車を出してもらって向かったのだという。
行ってみると、焼却炉にもロープが張られていて、ここで事件があったんだな……という痕跡が生々しく残されていた。
「たしかこの奥に藪があって祠があったんだけど……」
彼氏にそう言いながら確認するが、以前にはあったけもの道がなくなっていた。
それでもあたりをつけて藪をかき分け中に入っていく。
すると。
以前祠があったと思しき場所に、大きなコンクリートの塊のようなものが置かれていた。
よく見ると、以前祠だったものにそのままコンクリートをかけて固めたような、知らない人が見たらオブジェにすら見えるような、そんなものが置かれているのだ。
Yさんが何も言えず、目を見開いたまま絶句していると、彼氏もその異様さに飲まれたようで、「これはやばいね」と呟く。
「とりあえず、帰ろう」
彼氏にそう促されて、Yさんはようやくその場を離れたそうだ。
帰りの車中のこと。
最初は二人とも黙り込んでいたのだが、小学校のある市から出たくらいのあたりで、彼氏がYさんに声をかけてきた。
「大丈夫?」
「うん……」
「あそこに祠、あったんだよね?」
「うん……」
「……俺、思ったんだけどさ」
そう言って彼氏は言葉をいったん切り、数秒間考えてから言葉を発する。
「……本当にやばいものなら、壊すじゃん、祠なんて。それを石で固めるってさ……やばいものが外に出ないようにしてるってことでしょ?」
「え?あ……」
なるほど、言われてみるとそうかもしれないと、Yさんは思った。
「だからさ……お前、もうかかわらない方がいいよ。お前のその友達って人もさ、なんかあって祠に行こうと思ったら、祠に入れないから手前にあるもので代用したってことなんじゃないのかな……」
それから20年ほど時間が過ぎたが、Yさんはその小学校があったあたりに行くことはなかったし、今、コンクリートで固められた祠がどうなっているのかも、わからないそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第1夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第1夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/648918046
(1:04:49〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。