鏡の2人【禍話リライト】

「俺さ、めちゃくちゃ怖い体験をしたんだよ。ただ、軽く酒は入ってたんだけど……少なくとも言えることは、自分は酔っ払っても幻覚を見たことはないってこと。記憶もしっかりしているんだ。だけどさ……」

こういう前置きで、Hくんが語ってくれた話だ。

その日、Hくんはすっかり酔っ払って家に帰っていた。
夜中の1時を回った頃だった。
繁華街を通って帰っていると、ふとトイレに行きたくなった。

トイレ行きたいなあ。
どっかねえかな?

そんなことを思いつつキョロキョロと見回していると、小さな公園が目に入った。
今までは気づかなかったのだが、たまに通りかかるその道に、公園があったのだ。

ああ、ここ公園だったのか。
でもずいぶん小さいなぁ。
ベンチくらいしかないか……

そう思ったのだが、近づいてみると奥にトイレがあった。
男女に分かれているきちんとした公衆便所だった。

ちゃんとしたトイレがあるじゃん!
よかったよかった。

Hくんはトイレに駆け込んで、小用をたす。
ところが、用を足し終わったところで、Hくんは急に気持ち悪くなってきた。
振り返ると個室が二つ並んでいる。
Hくんはそのうちの一つの個室に駆け込むとドアを閉めて、便器を抱えるようにして蹲る。

「おえー」

便器の中に、吐こうとする……のだが、思うように吐けない。
ただ、えづき続けていると、そのうち少しだけ楽になってきた。

あーあ、最後の一杯いらなかったなぁ。

そう思いつつ、個室の中で一息ついていると、急に手洗い場から声が聞こえてきた。

「三杯しか飲んでないですよ」

え?

Hくんは驚いた。
トイレに入ってくる気配はなかったからだ。

だが、Hくんは吐こうとしていたので気づかなかったのかもしれない、と思い直す。

「三杯しか飲んでないですよ」

男は冷静な声で繰り返す。
2、30代の男性の声のように思えた。

誰に言ってんだ?

Hくんが訝しんでいると、男性に答える声がした。

女性の声だった。

「三杯でこうはならないでしょう?」

女は笑っている。

「いやいや三杯しか飲んでませんよ」
「三杯でこうはならないって~」

二人の会話は成立しているものの、ノリが全く違う。
多分、男性が何かしらバカなことをしたのだろう。
それを女性が笑っている感じがした。
ただ、そのように状況分析をしたところで問題は残る。

そこは、男性用トイレなのだ。

困ったな……
酔った勢いで来ちゃったのかなぁ。
嫌だな……

しかし、もういつまでも個室に籠っているわけにもいかない。
早くトイレから出たいのだが、相変わらず男と女は同じようなことを喋っている。

「こうはならないって~」

まあ、出れば女の人も我に返るだろう。

そう思って、個室のドアを開く。

ガチャ。

Hくんは思い切って個室を出た。

ところが。

手洗い場はもちろん、トイレ内に誰もいない。

え、いない?!

だが、正直なところ、そのことよりもはるかに驚くべき光景がそこに広がっていた。

床に血が飛び散っているのだ。

え。
これ、口から吐いたんじゃないの?

周りにすこし飛び散った血しぶきが、吐しゃ物の飛び散り方を思わせたのだ。

え、ちょっと何?!
いやいや……

思わず後ずさって、声を漏らす。

「うええ、何これ」

そして、その瞬間、手洗い場の鏡が目に入った。

その鏡にはHくん自身が映っていたのだが、その背後に見知らぬ男女が立っていたのだ。

「うえ!!」

叫び声をあげて振り返るが、誰もいない。
鏡を再び見ると、鏡の中には男女の姿が写っている。
男性がどうやら血を吐いたようで、スーツとシャツが血に塗れている。
女性はその様子を見てクスクス笑っている。

え、え。
幻覚?!
何?
どういう幻覚なん??

戸惑いつつも目を離せず二人を凝視していると、鏡の中の女がHくんの方に向かって笑いかけた。

ねえ、バカでしょう?と言わんばかりの笑みだった。

Hくんはトイレを飛び出して外に出る。

「血が飛び散ってる!!」

たまたま公園前を歩いていた通行人に声をかけると、その人は大いに驚いた。

「ええ?!」

その人の袖を引っ張り、二人で慌ててトイレに戻ったのだが。

血は全くなかった。

「にいちゃん、酔っ払ってるだろ?人に迷惑かけちゃいけないよ」

通行人に諭されて、釈然としない思いを抱えながらもHくんは部屋に帰った。

一人暮らしの部屋に戻った頃には、Hくんもすっかり酔いが覚めていたそうだ。

どういうこと?
えー?!
今まで酔っ払ってこんなことなかったぞ……おかしいなぁ。

帰り道のあいだじゅう、ずっとそんなことばかり考えていたのだが、いつまでも思い悩んでいても答えなど出ようはずもない。
洗面所でうがいをして、顔を洗って、タオルで顔を拭きながら鏡を見た。

自分の後ろに先ほど見た女だけが立っていて、こちらを見て笑いかけていた。


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「あの時俺はシラフだったから、あれは幻覚じゃないんだよ、間違いなく。なあ、あれってなんなんだ?」
「さあ……」

幸いなことに、Hくんはそれ以降、その奇妙な男女を見かけることはなかったそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第25夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第25夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/640255119
(44:23〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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