使えないおじさん【禍話リライト】
Gくんが小学生の頃。
地区の子供会が主催のイベントで、市にある少年自然の家に泊まったことがあった。
特に思い出に残るようなイベントではなかったため、日中に何をしていたかはよく覚えていないという。
ただ、ご馳走だぞ、と言って振る舞われたスイカが、全く甘くなくて不味かったことはよく覚えているそうだ。
Gくんは当時10歳だったが、年齢の割には少し冷めたところのある少年だったようだ。
そんなGくんでも、キャンプファイヤーだけは盛り上がった。
ところが、そんな楽しい気持ちを抱えたまま雪崩れ込んだ、引率者たちが主催の怖い話大会が、それまでのイベントの中でもダントツにつまらなかったのだ。
特に、引率の大人の中でもリーダー格の人の話が、めちゃくちゃ滑っていたことが記憶に残っている。
「なんか曰く因縁のある話だったんですけどね、すごくつまらない話だったんですよ。いつ怖いこと起こるの?みたいな。で、盛り下がってるのを察知したのか、最後は血まみれの女が出てきてギャー!ですよ。それを照れながらやるもんだからもう見てらんなくて……」
どことなく白けたムードのまま、会はお開きとなり、Gくんは施設の三階フロアにある四人部屋に戻って、寝ることになった。
その施設は、一階が大人用、二階が女子用、三階が男子用に分かれていた。
その日の真夜中のことである。
珍しくGくんは夜中にトイレに行きたくなって目を覚ました。
部屋にはトイレは備え付けられておらず、同じフロア内にあるトイレまで行かなくてはならない。
面倒ながらも尿意は抑えられないので、半ば寝ぼけつつ廊下に出る。
明かりは最低限しかついておらず、廊下はやけに薄暗い。
見回りの人もいないため、三階は静まり返っていた。
Gくんは廊下を進み、男子トイレに入って明かりをつける。
人がいた。
中年の男性が、個室に何やら張り紙を貼っている。
「あれ?ごめんなさい」
思わず反射的に謝罪の言葉が口をつく。
するとその男性は張り紙を貼りながら、Gくんの方も見ずにこう言った。
「ここ使えなくなっちゃったから、悪いけど下の階に行ってくれないかな?」
「あ、はい、分かりました」
そう言ってトイレの外に出て、階段の方に向かって歩き始めて、ようやく違和感を覚える。
あれ、変だな?
なんであの人真っ暗な中で作業してたんだろうな?
気にはなったが、尿意の問題も解消されていないし、若干寝ぼけてもいる。
だからGくんは、よくわからないけど、夜中に作業してるから明かりつけないのかもな……というよくわからない理由で無理やり納得して、階段を下りていった。
当初は、すぐ下のフロアのトイレを使おうと思っていたのだが、そこは女の子用のフロアである。
万が一にも誰かに出会してしまうと、気まずい状況になってしまうだろう。
だからGくんは、一階のトイレを使うことにしたそうだ。
一階に行ってみると、大人たちが宴会をしている。
「どうしたの?寝られないの?」
引率者がそう尋ねてきたので、「あ、今……」と答えかけたところで、あれ、と思った。
施設の人もそこにいるのだ。
そういえば、ここで働いてる人、この人だけだったよな……
あの人、誰だ?
そう思ってGくんは、先ほどあったことを大人たちに話したそうだ。
「あの、なんかトイレが使えなくなったとかで、大人の人が直してました。下のトイレを使えって」
「またまたぁ、俺らここに全員いるよ?」
「ですよね……寝ぼけてんのかな、ごめんなさい。僕、トイレを使います」
そう言ってトイレに向かったGくんの背後で、施設の人が「確認してきます」と言って、たったったったと階段を駆け上がっていく足音が聞こえてきた。
用を足し、手を洗い、帰ろうとしたところで、上から確認に行った人が戻ってきて、Gくんに話しかけてきた。
「あのさ、寝付けないでしょ?」
そう言えば、と思い返す。
普段はこんなふうに夜中に目覚めることはない。
親元を離れた合宿で気分が盛り上がってるからかな、と思っていたが、その聞き方が妙に気になったという。
「ちょっとゆっくりしてったら?」
そう言って、周りの大人たちがお菓子を出してくれる。
いいんですか?と言ってそれをもらい、Gくんはすっかりご機嫌になった。
いやー、ラッキーだなぁ。
もっとも、今から考えるとおかしな話である。
まだ10歳の子供を夜中に引き止めてお菓子を食べさせる、なんてことを大人がして良いはずがない。
だが、その時のGくんはそこまで頭が回らず、ただただ自分が幸運なのだと思っていたのだ。
そしてついには、一階の部屋に呼ばれ、大人と一緒に寝ることになった。
しばらく寝ていると、Gくんの耳に声が聞こえてきた。
どうやら、三階のフロアで一緒に寝ていた、五年生のようだ。
「どうしたの?」と大人に聞かれ、「トイレが今使えない、詰まっちゃってるとか言われた」と答えている。
「じゃあ、ここ使いな」
大人のその言葉に、時計を見ると真夜中の2時になっている。
Gくんが降りてきたのは23時くらいのはずだから、あの時から3時間ほど経っているのだ。
ずっと修理してんの?
そんなことを疑問に思ったという。
やがて、用を足し終わったその子も大人の部屋に連れてこられ、Gくんの隣で寝かされたそうだ。
翌日になって、朝に三階の部屋に戻った。
「お前ら二人ともいないから何かと思ったわ」と言う、班長の六年生に事情を説明すると、「何それ、ずるくない?」と少し憤慨するような様子を見せた。
もっともそれは子供の戯れのようなもので、皆にお菓子が配られると彼も全く不満は無くなったようだった。
しかしGくんには、大人たちがなんとも言えない微妙な表情をしていたのが印象に残っているそうだ。
翌年。
その宿泊イベントの開催場所が変わった。
例年同じ場所だったのに、急に変更されたという。
前のところが潰れてしまったのか、と思ったが、どうもそうではないらしいということをGくんは後に知った。
ただ、その段階で三階は完全に使われていないらしいという話をGくんは聞いたそうだ。
もっとも、だからと言ってそれ以上何かを知りうるようなすべもなく、ただその時は、なんか気持ち悪いな……というだけで終わったそうだ。
あとあと、かなり時間が経ってから。
大学生の時にふとその当時のことを思い出し、今考えたらめちゃくちゃ怖いんじゃないか?と疑念を抱いて、施設について調べたそうだ。
すると、一つの事実が分かった。
自分たちが使った5年前に、とある団体が借りてその施設で合宿をしたときに、朝、トイレで死んでいる人がいると大騒ぎになったことがあったのだ。
亡くなっていたのはその団体とは関係のない人で、施設関係者の親族だったらしい。
トイレの個室で自殺していたそうで、首吊りだった。
「それ聞いた時、ふと、あの晩聞いた、もう一人の男の子の言葉を思い出しちゃいましてね。彼、『詰まっちゃった』って言われたっていってたんですけどね。それ、トイレが詰まってたんじゃなくて、その人の気道が詰まってたんじゃないかって……」
Gくんはそう思い、改めてゾッとしたそうだ。
ちなみに、現在でも、その建物は使われていないのだが、施設自体は残っているという。
だからGくんは、その施設に行ったことがあるという人にはその施設で何かなかったか聞くようにしているというのだが、最近こんな話を聞いたという。
自分たちがその施設を使った数年後。
もうそのフロアは使われていなかったそうだが、二階のトイレを使った人が妙な体験をしたのだという。
夜にトイレに行ったら、そこで記憶が飛んで、明け方まで外に座っていたのだそうだ。
幸い夏だったので、体調は崩さなかったというのだが、気がついた時にはひどく驚いた。
え、なになに?!
6時??
外にある大きな時計で時間を確認して、驚きを新たにする。
夢遊病?などと思いつつ部屋に戻ると、同じ部屋のみんなが起きている。
起床時間は7時なので、随分と早起きだな、と最初は思ったのだが、どうも様子がおかしい。
全員、ベッドから体が起き上がっているだけの状態だった。
「え、どうしたの?」
その言葉に、リーダー格の仲間が答える。
「お前、夜トイレ行って、帰ってきたんだよ」
「え?」
「お前、夜1時くらいにトイレに行って、帰ってきたんだけど、お前じゃないんだわ。お前だっていうんだけど、どう考えてもお前じゃないんだ。そいつ、さっき出てったんだよね……俺ら全然寝られなくて」
その話を聞いたGくんは、フロア変えても駄目じゃねえか、と思ったそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第3夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第3夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/650079054
(17:08〜)
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