タクシーの木箱【禍話リライト】
Mさんという女性と話をしている時に、ひょんなことからタクシーの話題になった。
確か、旅行の話をしている時で、タクシーをチャーターすれば効率的に観光地を巡れる、というような話題になった際に、彼女が妙な反応を見せたのだ。
彼女は大袈裟なまでにこちらの提案を否定して、自分はタクシーに乗らない、あんな経験をしちゃったらもう乗れない、と言い張るのだ。
普段は車に乗るし、どうしても必要な時は公共交通機関を使う、と言い、運転代行も怖い……というくらいなので、筋金入りである。
興味を持った私は、彼女がタクシーに乗らなくなったきっかけとなる体験について尋ねてみた。
以下は、彼女から聞いた話である。
Mさんが大学生時代のこと。
友達の女の子たちやゼミ友達と、そのゼミ友達の男子の部屋で、軽くコンパ的な飲み会をしていた。
男3、女3の計6人で、楽しく飲んで食べて、お喋りをしていたという。
その話の流れの中で、怖い話しようと誰かが言い出したので、即席の怪談会が始まった。
話そのものは、ほとんどが特に怖くもない、どこかで聞いたことのあるような話だった。
とはいえ、全体的には可もなく不可もなくという感じで、Mさん自身の話も含めて取り立ててつまらないわけではなかったのだが、それなりという感じで少し弛緩したムードが漂っていたそうだ。
そんな中、酒が切れたので男子が1人買い出しに出かけたところで、別の男子学生が、「ちょっとマジな話なんだけどさ、話していい?」と言い出した。
「マジな話?」
Mさんが尋ねると、彼はまじめくさった調子で続ける。
「実はさ、俺、高3の時に担任から聞いたすげえ怖い話あるんだけど、いいかな?」
「おいおい、あんまりハードル上げるなよ?」
もう一人、残っていた男子学生が茶化すが、彼は相変わらず真面目な表情を崩さない。
彼は普段、むしろふざけているタイプのキャラなのだ。
「いや……でも、やっぱり良くないかな……」
そう言って彼は、躊躇うそぶりを見せる。
しかし、飲み会の席では、そんな彼の躊躇いも一種のスパイスである。
Mさんたちは、俄然彼の話に好奇心をそそられた。
「イヤイヤ、そこまで言ったんなら、してよ」
「……じゃあ、するか」
彼は静かに語り始めた。
——————
夏期講習の時に、彼が担任から聞いた話だという。
少人数の講習が終わった後に、先生がポツリと、「こんな天気の日だったな……」と呟いたのを、耳ざとい高校生たちは聞き逃さなかった。
「え、なんの話ですか?」
皆がそう聞くと、担任は実はな、と話を始めた。
その様子から見ると、どうやら担任はその話をしたくて堪らなかったようだった、と彼は言う。
「半年くらい前にな、友達の息子が……小学生だったんだけどな、急に亡くなってなあ。お通夜ってことで、行ったんだよ」
担任はお通夜に行ったものの、声もかけられないほど友人夫婦は憔悴していた。
彼らのことは結婚前からよく知っている。
子供とも、担任は仲が良かった。
遊びに連れて行ったこともある。
長患いでもなく、突然のことだから余計にショックだったのだろう、と担任は言っていたが、その子供の死因は教えてくれなかった。
ただ、棺の中は見ていないと言っていたので、事故じゃないかなと彼らは思ったそうだ。
通夜を終えた担任は、タクシーで帰宅したという。
翌日は、葬式だった。
担任は葬式にも出席したが、前日と変わらず、憔悴しきっている友人夫婦の様子を見ているといたたまれない気持ちになった。
そこで焼場までは行かずに、葬儀場からそのまま帰ることにしたのだそうだ。
前日と同じようにタクシーを呼んで乗り込むと、偶然にも同じ運転手だった。
とはいえ、「珍しいこともありますね」などと声をかけたわけではなく、お互い顔を見て、一瞬“おや“という表情を浮かべただけだった。
まあ、乗り込む場所は違ったけど、地域的には同じだからそういうこともあるかな……という程度のことである。
気を取り直し、後部座席に乗り込もうとした担任の目に、場違いなものが飛び込んできた。
後部座席の奥の方、運転手の真後ろの座席の上に、木の箱が置かれている。
やや小さめの、桐箱のように見えた。
おかしいな、とは思いつつも、席に乗り込む。
「どちらまで?」
ああ、運転手は自分の顔を覚えてないのかな、そんなに人の顔見てないのかな、と思いつつ、自宅の住所を告げると、そこで完全に思い出したように運転手は納得した表情を浮かべた。
そしてそのまま車は滑るように出発する。
木の箱のことについては、一言もない。
流石になんとなく決まりも悪いので運転手に声をかけた。
「運転手さん」
「なんですか?」
「後部座席の運転手さんの後ろに、木の箱が置いてあるんですけど、これ忘れ物じゃないですか?」
すると運転手は、バックミラー越しにこちらをチラリと見た。
その表情は、純粋な驚きを示しているように見えた。
「え?なに言ってるんですか?お客さんが後生大事に抱えて入ってきたんじゃないですか」
運転手はそんなことを言い出す。
「いや、僕もってきてませんよ」
「ええ?!そうですか?でも、私ちょうど交代したてで、お客さんが最初なんですよ、今日。もちろん交代時に掃除も確認もしているので、そんなはずないですよ。お客さん持ってきましたよ」
「いやいや、持ってきてないよ。最初から車の中にあったよ」
どうも話が食い違う。
そのタイミングで、ちょうど車が信号で止まった。
運転手が後部座席を振り返り、木の箱を確認すると同時に、驚愕の表情を浮かべた。
「あ、違う!お客さん、持ってきてないですよ!!あれ?え?!なんで、そんなこと思ったんだろう……」
運転手は顔面蒼白になって自問自答を始める。
驚いたのは担任である。
「え、どういうことなんですか?」
そう尋ねたところ……
——————
そこまで聞いたところで、女性陣が小さな恐怖の声をあげる。
「ええ、怖い!」
「なんで運転手さんがおかしくなっちゃってるの?」
「怖いよぉ」
その反応を見て、彼は相変わらず真面目な表情を崩さずに小さく頷いた。
「そうなんだ。おかしくなってるんだよ、何かが。で、ここからが本当におかしくなるところなんだけど……信号が変わって、車が出るってところで……」
その瞬間だった。
マンションの玄関ドアが開いて、「ただいま〜」という呑気な声が聞こえてきた。
お酒がなくなって、買い物に行っていた男子が戻ってきたのだ。
ずいぶんいいタイミングで帰ってくるな、とMさんは思った。
玄関とリビングの間には内扉があって、お互いの様子は見えないのだが、雰囲気で察するところがあったのだろうか、
「まだ怖い話してんの?」
呑気な声でそう言いながら、その男子は玄関で靴を脱いで、廊下に上がってきたようだった。
と、そのとき。
ゴン!
ゴロゴロ……
何かとぶつかって、床に転がる音が聞こえてくる。
そして。
「いてて……!」
買い出しに行っていた男子が苦悶の声をあげる。
「何?!誰??玄関に木箱置いてるのさぁ!」
怒りの声を上げた男子のその言葉に、リビングは一瞬にしてパニックに陥った。
「ええ?!」
「ちょっとお前!!」
「え??」
皆が一斉に立ち上がり、玄関に続く内扉を開ける。
おそらく、相当なパニック状態だったのだろう。
廊下には電気がついていたのだが、家主の男子が間違えて一度消してしまう。
「おい、消すなよ!!なんだよ!?」
その声に家主がもう一回電気をつけると、ちょうど廊下の真ん中あたりでその男子が脛を抱えて「いっててて……」と苦しんでいる。
彼は怒りの表情を浮かべながら、リビングの面々に苦情を申し立てる。
「いたずらだとしても、廊下に木の箱を置くやつがあるか!!」
「え……どれ?」
「だからこの木の、あれ?」
その男子は、キョトンとした表情を浮かべている。
彼の視線の先には、何もなかったのだ。
とりあえず事態を収拾するために、彼に事情を聞く。
「お前さ、帰ってきて何かに当たったの?」
「ああ、帰ってきてゴンって。行く時なかった木の箱がそこにあってさぁ。中に何か重いもの……壺か何か入ってたのかな?ほら、ここ見てくれよ」
そう言って彼がズボンの裾を捲り上げると、すねに何かが当たったような真っ赤な痕が残っている。
生々しい傷跡だった。
「でもさ、そんな木の箱、ないんだけど……」
皆が一瞬押し黙る。
すると、担任の話をしていた男子が、「俺、この話するのやめるわ……」と沈んだ声で言った。
「……うん、そうしよう」
「え、なになに?」
痛がっている彼だけが、蚊帳の外だった。
リビングに戻った後も、彼は事情を教えて欲しそうな素振りを見せるが、その場にいる誰もその話をしたくはなかった。
改めて説明することで、尋常ならざる出来事が起きてしまうのではないか……という恐怖感に満たされていたのだ。
だから、「いや、なんでもないよ」などと誤魔化していたのだが、もちろん彼はそんな言葉に納得することはない。
「なんかさぁ、痛いし訳わかんないんだけど」
思い返すと、確かに何かがゴロンと転がった音はした。
実際に、その男子も足をかなり強打したらしく、ものすごく痛がっている。
そのタイミングで、家主の男子がトイレに行きたいと言い出した。
ただ、妙にモジモジしている。
「あのさ……トイレ行くのに一回廊下に出なきゃいけないんだけどさ……怖いから、バカなこと言うんだけど、トイレまで誰かついてきてくんないかな?」
「ああ、気持ちわかるから、ついていくよ」
担任の話をしていた男子が一緒に立ち上がる。
そして二人は再び内扉を開け、廊下に出ていった。
ほんの数秒後のことだった。
「うわ、うわ、うわ!!」
驚きの声を上げながら二人がリビングに駆け戻ってくる。
「ええ?!なになに??」
女性陣の言葉にすぐには返答せず、二人は一生懸命足の裏をはたいていた。
二人は靴下を履いておらず、裸足だった。
「どうしたの?」
「何か、ジャリジャリしたものを踏んだ!!砂みたいなもの!!」
先ほど廊下に出た時には、そんなものは見あたらなかった。
そう指摘すると、彼らは「でもこの感触が」と言いながら足をはたく。
「……何これ?なんかついてるじゃん」
その様子を見ていたMさんは、思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
よくみると、二人の足の裏には、石灰みたいな白いものがびっしりと付いていた。
まさか。
でも。
頭の中に嫌な想像が駆け巡る。
Mさんは自分でも意図せず、こんな言葉を漏らしてしまった。
「……それ、骨壷なん?」
その言葉をきっかけに、その場はさらにパニックに陥ってしまった。
ただ、混乱しすぎたのが逆に幸いしたと言って良いだろう。
二人が清めるつもりなのかなんなのか、台所で足の裏を日本酒で洗っている光景があまりに間抜けだったので、思わず笑い声が漏れてしまったのだそうだ。
そのことで何か空気が変わったような感覚があり、そのあとは何も起きなかった。
「……もっとも、その話してくれた彼は、『俺、この話、誰にも言わないわ』って神妙な顔をして言ってて、彼とは今も付き合いがあるけどそれ以降の話は何もしてくれません。タクシーでその後何があったかはわからないけど、知らない方がいい話なんじゃないですかね」
Mさんはそう言っていた。
そして今でも、折に触れて車の後部座席にもし木の箱があったら……と思ってしまうため、Mさんはタクシーには乗らないようにしているのだそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第4夜(上)」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第4夜(上)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/651252508
(35:30〜)
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