たしかめおばさん【禍話リライト】

東京のどこかの公園だという。
そこは普段は明るくて綺麗な公園なのだが、夜になると人が少なくなり、雰囲気も若干暗くなる。
だが、Uくんはその時まで、特にその公園について嫌な噂を聞いたこともなければ、嫌な印象もなかったという。

大学時代の時のこと。
サークルの部室で駄弁っていると、後輩が来て開口一番こんなことを言い出した。

「P公園で酷い目に遭いましたよ」
「おお、どうした?」
「夜、公園通りかかった時に急に尿意を催しましてね。おしっこ行ったんです」
「ああ、あそこのトイレ綺麗だしな」
「で、男子トイレに入っておしっこをしていたんですけど、終わってから、何気なく後ずさるような感じになったんすよね」
「うんうん」
「そうしたら、なんか踏んだんすよ。クシャって」
「紙?」
「そうです。裏返ってたんで何の紙かわかんなくて、拾ってみたんす。したら、『使用禁止』って書いてあったんですよね」

どう見ても、この小便器のことじゃないよな……
ってことは、目の前のこの個室が使用禁止ってことなのかな?

そう思った後輩は目の前……彼が用を足していた小便器のすぐ後ろにある個室に目をやった。

扉は閉まっている。

他の個室は空いているのにな……

そう思って、目の前の扉をチョンと押してみると、さしたる抵抗もなく扉は開いた。
試しに中に入って水を流してみるが、特に問題なく水が流れていく。
紙も備え付けてある。

何だよ、普通じゃん。

そう思って再度紙を確かめてみると、よく見るとそれは手書きで書かれた文字だった。
ワープロで書いたようなきっちりとした字で、その几帳面さが逆に気持ち悪い。

なんかすげえな、この人……
まあ、いいや。

ゾッとした後輩は、紙を床に置いて手洗い場に向かった。
そして手を洗って、トイレを出ようと振り向いた時だった。

トイレの入り口に、女が立っていた。
垢じみた格好をした、初老の女だった。
獣のような、すえた臭いが漂ってくる。
女はニチャ、と音をたて、口を開く。

「あんたぁ、入ってないだろうな?使用禁止の個室に入ってないだろうなぁ?」
「……入ってないですよ」

女が一歩足を踏みだすと、臭いは一層キツくなる。

「入ってないだろうなぁ?」
「入ってないですって!」

後輩は女を跳ね除けるようにして、トイレから飛び出した。
そのまま脇目もふらず公園の出口に向かったのだが、女も後をついてくる。
結局、公園を出るまで、後ろからずっと大声で呼びかけられ続けたそうだ。

「入ってないだろうなぁ!!」と。


「……本当に怖くって、俺、散々な目に遭いました」
「それは怖いなぁ」
「警察は何をしてるんだ!」

その時はそれだけの話だったのだが。

それからしばらくして、Uくんがサークルの部室に行くと、大学院の先輩がいて、「このあいだ、P公園のトイレに行ったときに怖いことがあって……」などと話していた。

先輩も、例のトイレの話を後輩から聞いたようで、そのことを覚えていたのだという。
先日、たまたま夕方にP公園を通りかかったときのことだ。

普段はかなり多くの人がいるのに、なぜかその日に限って人がほとんどいない。
ふうん、と思いつつ公園に入り、ぶらぶらと歩いていると、トイレが目に入った。
その公園はかなり広いので、何ヶ所かトイレがある。

ここ、ひょっとしてあいつの言ってたトイレかな?

怖いもの見たさもあり、そのトイレに近づいていくと、中から声が聞こえてくる。
女性の声だ。
ただ、声の聞こえてくる場所に問題があった。
男子トイレから女性の声がするのだ。

え、これマジじゃねえの?

好奇心を抑えつつ、トイレの近くまで行ってそーっと中を覗く。

髪の毛がボサボサの、ボロボロの服を着た初老の女が、そこにいた。
腕を組んで、ドアの閉まった個室を睨みつけながら、叫んでいる。

「出てくるなぁ!!出てくるなぁ!!」

個室に向かって、倦むことなく同じ言葉を繰り返す。

「出てくるなと言っているだろうが!!」

うわ、これ、完全にやばい人だ……怖い怖い。

ダメダメ……と呟きつつそっと振り返り、トイレを離れようとした、その時だ。

閉まっていた個室のドアから、ギィー、ギィーと音がし始めた。
誰かが中にいて動かしているようだ。

そこで先輩は足を止める。

あれ?
中に人いてが困っているなら、やめてくださいとか、警察呼ぶぞとか言いそうなものだ。
もし中に人がいるとして、その人はこの女になんで何も言わないんだろう?
助けも求めないし……
ええ?これやばくない??

そう思いつつ、もう一度トイレに近づいて、中を覗き込んでみた。
どうしても気になったのだ。

「出てくるなって言ってんだろうがぁ!!」

相変わらず同じ調子で叫び続ける女。

ギィー、ギィー。

個室ドアの開閉音。

その音に混じって、かすかに笑い声が聞こえる。
ほとんど声帯を使わない笑い方だ。
ただ、空気が揺れているだけのような……

うわ、怖い!!

先輩はそのまま逃げてきたのだそうだ。

結局そこは使うべきではないだろうということになり、以降そのトイレを使うことはなかったのだが。


卒業から15年ほど経った、一昨年のこと。
Uくんは久しぶりに同窓会で東京に行ったときに、その公園に通りかかった。
くだんのトイレは、そのままの姿で、その公園に残っていたそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第27夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第27夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/642853862
(41:07〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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