使えばいいのに【禍話リライト】

Mくんは、小学生の時にあったというある出来事をきっかけにして、地元の中学校ではなく少し離れた別の中学校に進学することを余儀なくされた。

きっかけとなったのは、Nという男子である。
彼は、誰からも好かれるような好人物だった。
性格もよく、スポーツも勉強もそこそこでき、コミュニケーション能力も高い。
何より人を惹きつける天性の魅力のようなものがあり、彼の周りにはいつも人だかりができていた。
Mくんも仲が良く、時折お互いの家を行き来していた、というのだが。

ある日、Mくんはいつものように、Nの家に遊びに行った。
Nの家は金持ちで、家そのものもかなり広い。
だが、嫌味のない性格だったので、そのことに特に引け目を感じたりするようなことはなかった。
その日、MくんはNの家で、彼が新しく買ったというゲームを一緒にやっていたのだという。
しばらくゲームに興じていたのだが、ふとMくんは尿意を覚えた。
これまでNの家には何度か出入りしたことがあったのだが、実は、トイレを借りるのはその時が初めてだった。

「ちょっとトイレ借りるわ」
「ああ」

ゲームを続けるNを残して、Mくんは立ち上がる。

「出てすぐそこだから」

そう言ってNは、廊下の先の扉を指差す。

あそこがトイレか。

「わかった、サンキュー」

礼を述べてトイレに向かい、ドアを開ける。
すると、ドアを開けてすぐのところに、スリッパが揃えて置かれていた。
そのこと自体は、別に訝しむべきことではない。
ただ、前述の通りその家はお金持ちで、便座にもシートがついていたり、色々と小洒落た感じなのに、スリッパだけが病院のビニールスリッパのような、異様に貧相で草臥れたものだったのに違和感を覚えたのだ。

まあ、トイレだからかな……?

突っ込むほどのことでもないが、Mくんはそれが妙に気になって、結局スリッパを履かなかったという。

床もカーペットが敷いてあるし、別にいいか。

Mくんはスリッパを使わずに用を足し、トイレから出てきて洗面所で手を洗って、部屋に戻った。
コントローラーを持ち直し、ゲームを再開する。
すると、ボソッとNがこう言った。

「スリッパ使ってもいいのに」

あれ、と思った。

Nはもちろんトイレに一緒についてきたわけではない。
トイレの中のことは、この部屋からは見えないはずだ。
ましてや、監視カメラがあるはずもない。

なんでわかるんだ……?

そう思ったが、小学生なのですぐに忘れてゲームに集中する。
しばらくすると、Nのお母さんが帰ってきた。
どうやら買い物に行っていたようで、台所に荷物を置いた後、Nの部屋に顔を出した。

「いらっしゃい」
「あ、お邪魔してます」
「麦茶のむ?お菓子買ってきたよ」
「ああ、すいません」

お母さんはお盆に飲み物とお菓子を乗せて戻ってくる。
用意してくれたのは、普段自分の家では食べないような、ちょっといい洋菓子屋で売っているお菓子だった。
そのお菓子と麦茶をテーブルの上に置きながら、お母さんがぽつりとこんなことを言った。

「スリッパ使えばよかったのにね」

……ん?

お母さんが帰ってきてから、NもMくんも一切スリッパの話などはしていない。
それどころか、トイレに行った話もしていないのだ。

再び違和感がむくむくと大きくなっていき、Mくんは、前も食べたこともあるおいしい洋菓子だったのだが、気持ち悪くなってしまい、早々にお暇して帰宅したそうだ。

家に着くと、こちらでもMくんのお母さんが買い物に行ったようで、玄関が開かない。
そうした場合には、所定の場所に置かれた鍵を使って家の中に入ることになっており、ブロックをどけて鍵を取り出して玄関を開錠した。
ガラガラ、と音を立てながら玄関の引き戸を開く。

すると。
玄関ホールの床の上に、一揃いのスリッパが置いてあるのが目に入った。

病院のスリッパのような、無機質で草臥れた、ビニールスリッパだった。

先ほどNの家で見かけたものと、全く同じであるように見えた。

Mくんは動転したからか、スリッパをつかむとよくよく観察することはせず、そのまま庭に向かってポーンと投げ捨てた。

ええ?!
同じに見えるけどな……
車で先回りされたのかな?

そんなふうに考えているうちに、お母さんが「ただいま」と言いながら玄関の引き戸をガラガラと開けた。

あ、怒られる。

咄嗟にそう思った。
スリッパはおそらく、庭の門扉の辺りに転がっている。
敷地に入ってくればいやでも目に入るだろう。

ところが。

「どうしたの?玄関でぼーっとして」

そう言うだけでスタスタと上がっていってしまう。

何も言われない?
あれ?

Mくんはお母さんの後ろを追いかけていって尋ねてみる。

「なんか、今なかった?玄関の外に」
「へ?何もないよ?何言ってんの」

それだけ聞くとMくんは玄関の引き戸を開け、庭を見回す。

確かこの辺りに飛んで行ったはず、という場所にも、それどころか庭のどこにも、スリッパは影も形もなかった。

ええ?!

ゾッとしたMくんが放心状態で家の中に戻ってくると、お母さんがその様子を見て、「何やってんの?」と声をかけてきた。

「何って、いや……」
「お腹すいたの?今日はカレーよ」
「や、カレーはいいんだけど……」

ええ?
疲れてんのかな……小学生だけど。
それともおかしくなったのかな?
意味がわかんない!

混乱したMくんは、とりあえず聞いてみようとNの家に電話をかけた。

電話をかけると、すぐに受話器が上げられた。

N本人だった。

ところが。

電話を取るなり、Nはずっと大爆笑していて、全く話にならない。
取った瞬間から、ゲラゲラゲラゲラ、腹を抱えるようにして大笑いしている。
その後ろから、Nのお父さんとお母さんの大爆笑がかすかに聞こえてくる。
ヒーヒー言いながら笑っているようだ。

いずれにせよ、一切会話にはならない。
諦めて電話を切ると、再びお母さんがMくんに尋ねる。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「今Nくんに電話したんじゃないの?」
「うん……まあ、明日会うしね」

とりあえずこれ以上何もできないので、Mくんはその日に起きた出来事をそれ以上気にしないようにした。

明日Nに聞けばいい。

そう思っていたのだが。

翌日から卒業まで、MくんはずっとNに無視され続けた。

周りはそれに同調するわけではないが、何せNの印象が良すぎるため、相対的にMくんの立場は微妙なものになってくる。
結局気まずくなって、彼の行く中学にはいけない……と思うに至り、Mくんはついに進学する中学校を変えることになった。
そういうわけで、小学校時代の友人たちとのつながりもすっかりなくなってしまったため、あれがなんだったのか、今でもMくんにはわからないままだそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第26夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第26夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/641529209
(35:57〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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