(甘味さん譚)ポリタンク【禍話リライト】

「これは怪異じゃないんですけど」

という前置きで甘味さんが教えてくれた話だ。
とある山奥に、作業小屋だか山小屋だかが使えなくなった場所があることを知った甘味さんは、早速その小屋に泊まる計画を立てた。
着いてみると、小屋の奥にある、布団などを入れていたのだろうと思しき押入れの戸が完全に閉じていた。
甘味さんの経験上、こういう使われていない建物の中で襖が閉じているのは、あまりよくない傾向なのだそうだ。

何だろうと思いつつも、確かめないわけにはいかない。
仕方なしに戸を開けると、中に比較的新しめのポリタンクが並べられている。
廃墟になった以降に運び込まれたような半透明の代物で、中に水がいっぱいに入っているのがわかった。

……非常用に置いているものかな?

しかしこの山奥で、何が「非常事態」なのかはわからないが、水を溜めておくのは何らかの役に立つのだろう。
そう納得しつつ、ポリタンクを観察する。
20リットルは入るだろうポリタンクが4個、並べて置かれていた。

なんでこんなところにあるんだろうな?

そう思いつつ側面をあらためると、マジックでこんなことがデカデカと書かれている。

「農薬」

え?本当?

確認のため、ポリタンクの蓋を開けてみる。
しかしそこにあったのは濁った水だけで、どうみても農薬の類ではない。
にもかかわらず、全部のポリタンクに「農薬」と書いてあるのだ。
それも、マジックで殴り書きされたものである。

そもそもこれは農薬ではない。
だが、よしんば元々は農薬用だったとしても、近くに農薬が必要なものはなさそうである。
畑もないし、こじんまりとした菜園のようなものすらもない。
農薬などいらないのだ。

そもそもこのポリタンク自体が、農薬を入れるものではない。
それを使って散布しようにも不可能だった。

何だ?これ。
変なの。


帰宅後に甘味さんは、この廃墟のことを知り合いの廃墟好きに話してみた。
すると彼は、面白がってその廃屋に行ったのだという。
彼はそこで写真を撮ってきて、甘味さんと顔を合わせた時にその写真を見せてきた。

「本当だ、あったあった」

そう言いながら見せられたその写真を見て、甘味さんは、あれ、と思った。
甘味さんの記憶では、間違いなく「農薬」と油性マジックで書いてあったのに、なぜか写真に写っているそのポリタンクの横の文字には、さんずいが足されていて、「濃薬」と書かれていたのだ。

「何?濃い薬って。私が行った時は普通に「農薬」だったよ」
「そうだよなぁ。変だね」

いずれにせよ、誰かが書き足したことは間違いない。
一体誰が書いたんだろう、と2人は首を捻った。

そのあとしばらくして、甘味さんたちから話を聞いた別のやつが、その小屋に行った。
すると、ボロボロの紙がポリタンクの上にセロハンテープで留められていて、そこにはこう書かれていたそうだ。

「劇薬だから絶対飲むな」

しかし、実際にそれを確認した3人は、どうみてもそれは水だったと主張する。
水そっくりの毒物、などではない。
相当に汚れていたので、飲めばお腹を壊すだろうが、それだけのことだ。

「誰かがあの水を本当に農薬だと信じ込み続けているんだな、と思ったんです」

甘味さんはそう語る。
いずれにせよ、あまり会いたいタイプの人ではなさそうなので、甘味さんは以降、その小屋には近づかないようにしているそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第27夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第27夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/642853862
(21:06〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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