「現 場」【禍話リライト】
ネット上の知り合いであるIくんが、急に何の脈絡もなく、こんなことを言ってきたことがある。
「そういえば、何の情報もない看板を見て、怖い目にあったことがあるんですよ」
全く想像することもできないその語り出しに興味を惹かれた私は、「どんな話しですか?」と聞いてみた。
それは、こんな話だった。
大学生の時に、Iくんたちは、酒に酔った勢いで、景色のいい展望台に深夜に向かったことがあるのだという。
行きはくねくねと道が蛇行する山道にやられ、Iくんは酒が回ってしまい、酒酔いなのか車酔いなのかわからないようなグロッキー状態になってしまったのだという。
そんな思いをしながらようやくたどり着いた展望台は、景色が綺麗という触れ込みに違わず、本当に物凄く綺麗だった。
「おお、いいとこじゃん」
夜風に当たっているうちにIくんはだんだんと気分が落ち着いてきて、酔いもおさまってきた。
計4人でそこに向かったのだが、他の面々も酔いが覚めてきたように見える。
しばらく夜景を眺めたあと、トイレに向かってみると、最近建て直されたばかりのようで、洗面所も含め物凄く綺麗だった。
「水も冷たいし、顔でも洗おうや」
そう言ってジャバジャバと水を浴びて顔を洗うと、ずいぶんと気分は良くなった。
「だいぶスッキリしたな〜」
「じゃあ、帰ろうか」
来た道を戻るのも嫌だったので、反対方向に下っていく道を進んで、自分たちの住む街に戻ることにした。
それが間違いだったんです、とIくんは語る。
展望台の駐車場を出て、何個目かのカーブを曲がったところで、看板が見えた。
大きな目立つ立て看板だったので、車内に乗っていた全員が、一瞬、なんだろうと目を奪われた。
Iくんはその時、助手席に座っていた。
そこまでの山道に立て看板は一つもなかったので、内容が気になったのだそうだ。
ヘッドライトに照らされて、何が書いてあるかがはっきりと見えた。
その白い立て看板には、縦書きで「現 場」と大きく書かれていた。
「現」と「場」の字の間に、妙に大きな隙間があった。
マジックで手書きされているようで、崩れた字体ではないものの、クセのある文字だったという。
看板は、カーブを曲がってすぐに見えなくなった。
現場って?
え?
Iくんが皆に、今の看板見たか?と言おうとするのとほぼ同時に、後部座席の二人が声を発した。
「いやいや、何だあれ?!」
「やっばいな、気持ち悪いな!?」
運転手もその声に同調し、「気持ち悪かったよ、なあ?」とIくんに水を向けてきたので、Iくんも同調した。
「そうだなあ、気持ち悪いな」
その言葉に運転手が反応する。
「変な看板でな」
「“現場“って書いてあったよ」
「なんの“現場“?って話だよ、なあ」
前の座席の二人が、そうやって盛り上がっていると、後部座席の二人が話に割り込んできた。
「そんなことより、もっとあったろ?
「そうそう、何でこんな時間に子供がいるんだって話だよ」
「子供?」
思わず運転手と顔を見合わせる。
運転手も後部座席の二人の言葉に、思い当たる節がないようでキョトンとした顔をしていた。
前の二人の反応から、何のことだかわかっていないようだと判断したようで、後部座席の二人はさらに話し始める。
「その、“現場“の看板の前に、子供が膝ついて座ってたろ?」
「そうそう、あれ幼稚園児くらいだぞ」
「だな。幼稚園児が着る服着てたよ」
「ええ?!いなかったよ??」
Iくんと運転手が声を合わせてそう反応する。
すると、後部座席の二人が呆れたような声を上げた。
「何言ってんのお前ら?」
「いやぁ、いたでしょう」
真剣なトーンで、「こんな時間に子供がいるのはおかしいから、戻った方が良くないか」などと言っている。
「いやいや、看板しかなかったでしょ?」
「そんなことないって。子供が膝ついてたって」
「そりゃ本当なら普通じゃないけど、いなかったでしょ」
「いたよ」
「そうそう、シクシク泣いてたぞ」
後部座席に座っているうちの一人、Jがそう言うと、車内は水を打ったように静かになった。
一瞬の静寂ののち、運転手が反応する。
「……いやいや、見えたの一瞬なんだからシクシク泣いてたかなんてわかんないでしょ?」
すると後部座席のもう一人も、「そうだよ、シクシク泣いてるかはわかんないよ。俯き加減だったけど、泣いてたかどうかさえわかんなかったよ」と応じる。
車内は混沌とした雰囲気になっていた。
運転手とIくんは、看板しか見ていない。
後部座席の一人は、看板と座っている俯いた幼児を見た。
Jは、看板と泣いている幼児を見た、と言うのだ。
微妙に話が食い違っている。
ただ、夜で、かつ一瞬で通り過ぎてしまったのだから、常識的にいえば泣いてたかどうかなどわかるはずがない。
しかし、Jは譲らない。
「いや、あの子泣いてたよ。めっちゃ泣いてたよ」
「いや、それはないよ。パッと見ただけだろ?幼稚園の格好をした子供が俯いてるのはわかったけど、シクシク泣いてるのはわかんないよ」
後部座席の二人が、言い争うような雰囲気になってきた。
だんだん興奮してきたもう一人の友人が、車内の電気をつけて、「お前さあ……」と言った直後に叫んだ。
「え?!お前!!お前!!」
言葉がうまく出て来ないようだ。
運転手も急ブレーキをかけ、「何何?!」と言って後ろを振り返る。
Iくんも同じタイミングで後ろを振り返った。
Jが、泣いていた。
目がありえないほど充血していて、真っ赤になっている。
そして、滂沱の涙を流しているのだ。
ボロボロ、という擬音が相応しい涙の流れ方だった。
ところが、である。
Jの口調は、泣いている風ではなく、先ほどと変わらずごく普通なのだ。
「その子めちゃくちゃ泣いてたよ。わかったんだって、俺は」
その様子と話し方で、残りの皆の間に共通認識が形成された。
——これは、やばい。
後部座席のもう一人は電気を消し、前の座席の二人は何事もなかったように前に向き直って、車を再度発進させた。
「泣いてたよ」
「まあまあ、な」
「だからシクシク泣いてたんだって」
「……なんか理由があるんだろ」
とりあえず山から離れようという一心だった。
Jは周りが何の反応もしなくなっても、ずっと同じことを主張し続けていた。
「泣いてたよ、あの子。どんな気持ちなのかなぁ」
山道を下り、自分たちの地元に戻ってきたところで、急にJが静かになった。
「うわ、こいつ寝てるぞ」
「ええ?!」
Jは、突然ぐっすりと眠ってしまったようだった。
「寝ちゃってるな……」
仕方なくJの家まで送っていくと、Jは半覚醒のような状態でふらふらした足取りではありつつも、部屋に入っていった。
翌日。
Iくんたちは大学でJに会った。
Jの目は泣き腫らしたように真っ赤になっていた。
「朝起きたらめちゃくちゃ目が腫れてるんだけど、何だろうこれ……」
どうやらJ本人は、全く覚えていないようだ。
「俺、展望台出たらすぐ寝ちゃったけど、何かあった?」
「……いや、ね?」
「うん、何もなかったよ……」
結局Jには何も話せなかった。
そして今に至るまで、Jにその時のことは話していないそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第16夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第16夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/665805270
(25:01頃〜)
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