行き止まりの家【禍話リライト】

工場勤務をしているという、Wくんから聞いた話。

少し前のこと。
一年間の短期契約で、とある大きな工場に勤めていたWくんは、その日、その工場で仲良くなった同僚の家に何人かで行って、酒を飲んでいたのだという。
体育会系のノリの明るい雰囲気の飲み会で、みんなワイワイ楽しんでいたのだが、つけっぱなしにしていたテレビの深夜番組で、アイドルが怖い体験を話す……という企画をやっていたため、ひととき皆がその様子に釘付けになった。
ただ、語られている体験談は大したものではなく、死んだおばあちゃんが出てきてどうこう……というような話ばかりだった。
それを見ていた同僚の一人が、大袈裟にため息をついて芝居がかった調子でこんなことを言い出した。

「はぁ、ショボいな。俺ならもっと怖い話知ってるぜぇ」

そう言って怖い話を始めるのだが、当人が酔っ払っていることもあり、全然怖くない。

「なんだ、そんなの全然じゃねえか。俺は……」

次に話し出したやつも酔っ払っていたため、話がグダグダだった。
無理もないのだ。
元々話し上手でもない上に、用意していたわけでもない。
思い出し思い出し話しているから、話が矛盾していたり、飛躍したりもざらだ。
ただ、そのグダグダな話に突っ込むのが楽しくなってきて、場の雰囲気は大きく盛り上がっていたようだ。

ところで、その場には、衆目の一致する一番話し下手の同僚がいた。
小林というその男は、コロコロ太っているいじられキャラだった。
本人もそれを受け入れているところがあり、何かの話のオチに使われることも多かった。

「よし、トリはお前に任せる!」

Wくんを含め、話が一巡したところで、誰かが小林をそうやって指名した。
普段なら、「えー、俺っすかぁ」くらいの戸惑いを見せるものだが、そのとき小林は珍しく「わかりました」と冷静に答えた。

「俺、女の子から一個だけ怖い話聞いたことあるんですよ」
「おお、そうか!」
「それは期待できる!」

周りはいい加減に持ち上げて、小林に話を促す。

「えーっと、この話の登場人物は、匿名で言うとAくん、Bくん、Cくん、Dさんで……」

それを聞いた皆は、内心登場人物が多いな、と思った。
もう少し整理してくれないと、話がこんがらがってしまいそうだ。
しかしそこはあえて突っ込まずに、ふんふん、と話を聞く。

「この話はDさんから聞きました」

なら、DさんをAさんにしたれよ。

Wくんもそう思ったが、あえて言わなかった。
このレベルで突っ込んでいたら、話が進まないのだ。
小林は辿々しくも話し続ける。

「うーんと、廃屋があって、そこに行こうって話なんですよ。そこはやばい廃屋で」
「おお」

Wくんは、内心、「やばいって、何が?」とは思ったが、そこも我慢して、みんなが言い出したら突っ込もうと心に決めた。

「で、そこに行ったんですよね。車止めて。車入れないような狭いとこなんです、そこ。そんで、Aくんいいライト持ってたんで照らして、Bくんは前に前に行っちゃうやつなんですね。ずんずん先に行って。Cくんが、『度胸あるな。俺絶対行けないわ』って言ってついていくんですよ」

Dさん出てこないじゃん。
分けた意味、ある?
まあ、本当に聞いた話だからこうなっちゃってんだろうな……小林らしいや。
Wくんはそんなことを考えながら話を聞いていた。

「で、『度胸あるなお前。こんな怖いとこなのに』とCくんがBくんに言ったら……」
「ちょっとごめん!“度胸ある“とか、“やばい“っていうけどさ、何がやばいの?そもそも」

流石に先輩が我慢できずツッコミを入れると、小林は、ああ、と言って説明を加える。

「そこは聞いたところによると女の子が死んでて。自殺か事故かちょっとわかんないって感じになって……」
「誰が?」
「警察が」
「ああ、なるほどね。いまいち主語がなかったからな。ところで女の子が死んだってのは、どうやって死んだわけ?」
「あの、首とか痛めて」
「寝違えたみたいに言うなよ。首吊りとか、首を切ったとかか?」
「そこは警察が関わってるんでよくわからないですけど」
「何なんだよ、スカスカないわくだな」

ポツリと真面目な先輩が漏らす。
そこはあんまり聞いてなかったようで、小林は「まあまあ」などと言っている。
いまだにDさんは出てこないが、まあDさん視点だから仕方ないのかな……とWくんは思っていた。
小林はツッコミを気にするそぶりもなく話し続ける。

「それで、家について。あ、その家は平屋だったんです。二階がないんですよ」

そこから、A、B、Cの各人が、屋内でどういう行動をしたかを、不必要なほど詳細に語り始める。

……おいおい、いつになったら怖いことが起こるんだよ。

Wくんが呆れ半分にそう思った、そのときだった。

クライマックスが唐突に訪れた。

「……で、そうしたら奥に子供部屋があって、死んだ日のそのままになってるんですよ!!」

キメ顔で話を止める。

へ?これがクライマックスなの?

皆が呆気に取られる中、「ああ……家具とかが、そのままなのか?」と先輩が尋ねる。
すると小林は我が意を得たりとばかりにうんうん頷いて、こう答える。

「そうです。それをみて、みんな精神的におかしくなってしまって」
「待て待て」
「早いよ」

皆が一斉にツッコミを入れる。

「そりゃ嫌なのはわかるよ。生活感が残ってたら怖いよな?でもチキンすぎないか?」
「怖かったんですよ。みんなウワーって飛び出していって、AくんBくんCくんが」
「うーん、でもみんな発狂して飛び出すほどじゃなくないか?」
「え?怖くないですか?死んだ日のままなんですよ」

小林は真面目にそう言う。
Wくんはその真面目な様子に、あまり揶揄うのも良くないな、と思い、慎重に言葉を選ぶ。

「まあまあ、わからなくもないけど……でも、お前の話だと、Bくん度胸あるはずじゃん?」
「でも、死んだ日のままなんですよ?女の子も」
「ええ?」
「うん?」
「何いった?!」

唐突な言葉に皆が驚く。

「えーっと……死体がそのままってこと?」

小林は相変わらず真面目な顔で答える。

「警察がそりゃ処理をしますよ。だから、別のとこにあるはずなんすよ。でもそれがそのままあるわけですから、そりゃおかしくなりますよ」
「うわ、こわ!!」
「つまりその、部屋を開けたら、死んだ日の様子が再現されて、そこにあったってこと?」
「そうですよ」
「おいおい、それ言えよ!!お前、それはみんなうわってなるよ」
「首を吊ってたか、首を切ってたか、それはわからないですけどね」
「……とにかく、死んだ直後みたいな状況が目の前にあったわけだ。それは怖いね」
「それはダメだよ……」
「ええ。だから、ほんともうAくんもBくんもCくんも普通じゃない状況になっちゃって」

そこでWくんは、どうしても突っ込みたくなって、こう言ってしまった。

「Dさんはどうしてんだ?その時」
「Dさんは、部屋の中でAくんとBくんとCくんがくるのを待ってたんですって」
「……何言ってんの?」

それと同時に、今までの不自然さになぜか得心がいくところもあった。

ああ、そうか。
だから廃屋についた瞬間から、話が始まってんだ。

だが。
そうだとすると。
小林にこの話をしたという女は、一体?

「……いや、おかしいよ。誰から聞いたんだよ、その話?」

Wくんが我慢できずにそれを聞く。
すると小林は、やや苛立ったように興奮した口調で答えた。

「だーかーらー、夏にそこに連れて行かれて、置き去りにされちゃったんですよ。そこで俺、そこにいた女の子に教えてもらって」

その瞬間だ。
小林は座った姿勢のまま、後ろにばーんと倒れて、泡を吹き始めた。

慌てたWくんたちは、救急車を呼んで、小林は緊急搬送された。
幸い後頭部をちょっと打ってたんこぶができたくらいで、脳に異常は見られなかった。
しかし少し様子がおかしくなってしまい、見舞いに行ったWくんたちが何を話しても、「怖かったでしょ?」しか言わなくなってしまったらしい。

結局、小林はしばらく入院が続くことになり、工場への復帰には時間がかかりそうだ、という話になった。
しかしWくんは、話もさることながら変わってしまった小林がどうにも恐ろしくなり、契約期間は残っていたが早くにそこを退職し、別の工場に移ったそうだ。


ちなみに、後々分かったことなのだが、その廃屋は地元で有名な場所だった。
元々は流行っていた住宅団地がどんどん荒れて、今ではポツンとその家だけが残されている。
その家があるのは、バスの終点の近くで、折り返しのためにその廃屋の目の前の駐車スペースでバスの運転手たちは休憩していたそうだが、休憩中に何者かに窓を叩かれるという事案が頻発して、今はそこでバスの休憩は行わないことになっているそうだ。
そこは団地の行き止まりなので、行き止まりの家と呼ばれているという。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第27夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第27夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/642853862
(50:10〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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