(怪談手帖)傘化け【禍話リライト】

誰のものかわからない傘というのは、あまり良いものではないとよく言われるが、それは今も昔も変わらないのかもしれない。
昔、といっても戦後くらいのことだそうだが、ある集落で青年団をしていた人からこんな話を聞くことができた。

ある晩秋の頃の、土砂降りの日。
集落の近くの沼から、この雨にぬかるんだ地面に足を取られて落ちたと思しき、見知らぬ男女の死体が浮いた。
当然大騒ぎになって、動ける青年団は動員され、Sさんはその一人として参加していたのだそうだ。
あれこれの雑多な連絡を任されたSさんは、雨の打ち付ける中、方々を駆け回って、ようやくひと段落したところで、沼へと向かう道の途中にある休憩所で一服していた。
そこは掘建小屋のようなもので、集落の人間たちはそこを雨除けだったり、乗合の車を停める目印だったりと、さまざまな用途で利用していた。
その小屋の入り口のところには傘立てがあり、誰も彼もが手持ちの傘を突っ込んで置いていったり、あるいは勝手に持っていくような、共有の傘置き場として使われていた。
その日、強い風雨に自らの傘の骨を折られたSさんは、濡れた体を乾かしながら、傘置き場から自由に使えばいいか……と考えつつ、沼から上がった仏さんの様子や、後処理のことなどをぼんやりと思い浮かべていた。

そのとき、入口の方からベシャと音がしたのでSさんがそちらを見ると、いつの間にかそこに誰か立っていて、傘立ての傘のうちの一本を広げようとしていた。
乏しい灯りの下でよくわからないが、背丈からして子供のようだ。
半端に開いた傘の下から、草履か何かを履いた小さい剥き出しの足が見える。

「おいどうした?」

声をかけたが返事はない。

「なんやお前、雨宿りか?」

無言である。

傘を開きかけて、それにすっぽり身を隠すようにして、ただじっと佇んでいる。

「誰や?傘畳めよ」

やはり答えない。

Sさんは、無視されていると思ってムッとした。
それどころか、開き掛けの傘をぱっぱと揺らすので、散った雨粒がSさんのところまで飛んできそうな有様だった。
元々気の短いSさんは、揶揄われていると思い苛立った。
もちろん、こんな大変なときに……という気持ちもあった。
そしてSさんは、「おい」と言いながら立ち上がり、いささか乱暴に傘の先を掴んで取り上げようとした。
すると、傘がペシャッと潰れたのだ。
骨が脆くなっていたのか、傘はいとも簡単に潰れてしまい、中にはなんの手応えもない。
傘をさしている相手がいなければならない部分は、ぐしゃっと潰れてペシャンコになっている。
訳もわからず傘の下を見ると、足は出ている。

血の気の薄い、青白い細い足だった。

うわ、と思わず手を離すと、傘の下から唐突に。

「北から入ったらしい」

子供の声だ。
固まっているSさんの前で繰り返す。

「北から入ったらしい」
「本当は3人いたらしい」

北?
3人?
何が?

舌足らずの子供のそれなのに、奇妙なほど抑揚がない声だった。

「事故じゃないらしい」
「心中らしい」

頭が追いつかない。
そんなSさんをよそに、それは潰れた誰かの傘の下から、小さい足だけを出したまま、折れた、バサついた傘を震わせて。

「心中らしい」
「心中らしい」
「心中らしい」

繰り返しながら、ぺしゃぺしゃぺしゃと、拍子を取って踊るように、土砂降りの雨が叩きつける外へと出ていった。
傘から出ていた足が一本しかなかったことにその時に気がついたSさんは、気が遠くなった。

その後。
男女の死体の他に、沼の底から子供も一人浮いてきたことを聞かされた。
どうも状況から推察するに、誤って落ちたのではなく、皆で入水したのではないかとも言われていた。
誰も顔を知らない、見ず知らずの余所者だったという。
Sさんは底冷えのするような気持ちになって、それ以上のあれこれはあえて聞かなかったという。

待合所に現れたものと、沼の仏との関係は、不明のままである。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第11夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

禍話X 第11夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/659636896
(51:33頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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